37話 続けての珍客
宝石商の遣いの男、フェルベルトが屋敷を去ってすぐにエレナが応接室へと戻ってきた。
そして不思議そうな顔で私にこう問いかけてきた。
「ルフェルミア様。あの頭のおかしな無礼者に対してよく笑顔で対応されましたね。こちらは客だというのに発言の端々が失礼千万でございました」
エレナが代わりに怒ってくれていたがそれも当然か。
「そもそも三つ分の代金を既に渡しているのに何が選択肢ですか。しかもルフェルミア様が奥ゆかしいから二つで良いと言ったというのにそれでも欲深などと言い捨てて……。私が代わりに怒りそうでしたよ。あのかたは後で旦那様の方からきつく言ってもらうよう話しておきましょうか?」
「いえ、大丈夫よエレナ。あの人はああいう冗談が好きなだけなのよ、きっと」
「……もう、ルフェルミア様はお心が広すぎます。以前も奥様から虐められていた時だって――」
なんだかんだ、あの婚約破棄の晩以来エレナはすっかり私の味方だ。
でも彼女は本当に私を気遣ってくれるとても良い侍女だ。ただし仕事には恐ろしく真面目でケヴィンへの当たりは少し厳しいらしいけれど。
「あ、そうそうエレナ。ケヴィンにも今日あったこと、伝えておいてくれるかしら?」
「ケヴィン様にもですか?」
「ええ。彼、最近忙しそうだから私が中々会うのもね」
「ケヴィン様は実に優秀なおかたですが、時折り仕事をサボる癖がありますからね。わかりました、ルフェルミア様のことが気になって仕事にならないのでは困りますから、私が今日あったことを伝えておきますね」
さて、これでとりあえずは問題なし、と。
私はエレナにお礼を告げて自室へと戻った。
先日、ヴァンとデートのようなものをした日から三日目の今日もリアン様は屋敷にいない。あれから連日、就職活動で忙しくなってきたから帰りが遅くなると言っていたからだ。
それでも夜はドウェイン様よりも早く帰ってきて、必ず私の部屋に一度はきて、お話しをする。本当にマメなおかただと思う。
「はあー……すっかり忘れていたわね。定期報告」
自室のベッドにドボンっと身体を預けて私は呟いた。
この屋敷に来てから約一ヶ月と半分近く。
我が父、ガゼリアは父でありイルドレッドの首領でもある。
父からの任務で私は今回このような仕事をしているわけで、基本は一ヶ月以内に仕事が片付く場合の定期報告はいらないのだが、ミッション猶予が長入り場合は一ヶ月たびに定期報告を入れる義務がある。
それを放置すると調査人がチェックにやってくるのだが、私は基本どんなミッションも一ヶ月以内にこなしていたのでこのルールを少し忘れかけていたのだ。
「危なかったわー。あのフェルベルトさんって人、凄くわかりやすかったから助かったわ」
先ほどの宝石商の遣いの者という男がまさにそれだったのである。
端々にヒントはあった。
まず初めの挨拶でのお辞儀の動きも独特な癖が素人ではないし、私のことをお嬢様呼びするのもイルドレッドの関係者がほとんどだ。
おまけにフェルベルト、という偽名もまたわかりやすく、フェル=ベルトとは私たちイルドレッド家において任務の失敗に近い意味のニュアンスがある。
フェルはずり落ちる、ベルトはそのまま。ベルトがずり落ちているという状態は暗殺者にとってとても危険な状態だ。そんなザマでは足元をいつすくわれてもおかしくないぞ、という皮肉をこめて任務失敗を隠語でフェル=ベルト、と言う。
「その段階で薄々勘づいていたけれど、極め付けは選択肢ね」
四つから選べ、というのは任務の状況を簡潔に伝えるための私たちだけの手段だ。
あの時の指輪の数だが、ゼロを選んだ時点で任務失敗、続行も不能。救援も要する、となる。
一つを選んだ場合、任務難航中。
二つを選んだ場合、任務順調に進行中。
三つを選んだ場合、任務完了、もしくは完了間近となる。
あの男、フェルベルトが欲深だと言ったのはおそらく一ヶ月以上経つのに順調だと言い張る私の傲慢さに対して、欲深だと言ったのだろう。
何故なら、任務が難航だと言えば報酬が減らされるからだ。
「とりあえずこれでガゼリアお父様には納得してもらえるでしょ」
おそらくケヴィンの方にもなんらかのアクションがそのうちあるだろうけれど、私が任務進行中と私が言ってあるなら特に追及はないだろう。今回のミッションは時間が掛かることぐらいお父様もわかっているはずだし。
「それにしてもちょっと気になるのはリアン様なのよね。彼、一体いつもどこへ就職活動しているのかしら?」
私との婚約がまだグレアンドル家として完全同意ではないとしてもほぼ暫定的に決まってから、彼は就職活動に尽力し始めた。
しかしその内容だけは決して私には言わない。
稼業柄、どうしてもそういうのが気になってしまうのだが、下手な動きをしてヴァンに迷惑をかけるのもまずいし、リアン様のことは特に気にしないようにしていた。
「なんにしても今日はミゼリアもドウェイン様もいないし、適当にお茶でもしていようかしらね」
などと思っていたら、再び私の部屋の扉をコンコンっと叩く音。
今度は誰かしら。
「はーい、入っていいわよー」
私が適当に返事すると、扉を開けて現れたのはまさかの人物。
「こんにちは、ルフェルミアさん」
グレアンドル家唯一の令嬢、プリセラ・グレアンドルがそこにはいた。




