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36話 奇妙な来客

 コンコン、っと早朝から私の部屋の扉を叩く音がした。


「ルフェルミア様にお客様がお見えになられています」


 侍女頭のエレナが来客を伝えてくれたようだ。

 私はわかった、と返事をしすぐに着替えて応接室へと足を運んだ。


「やあやあ、これはこれは、はい。初めましてルフェルミア・イルドレッドお嬢様」


 牛革製のソファーに深く座り込んでいた身なりのよい少しでっぷりとした中年の男が、そう言いながら立ち上がって私へ挨拶を交わす。


「どなたかしら?」


 全く見たことがない男だ。


「はい。実はわたくし、この近隣で宝石商を営んでいる()()()()()()()()()()()でして。名のるのが遅れました。フェルベルト・カノープスと申します」


 フェルベルト……。

 まさか。


「私は宝石商に用事なんてないけれど?」


「はい。そうなのです! 実はこのたび、リアン様が我がオーナーのもとでお買い物をされまして。わたくしはあなた様へのプレゼントとしてこちらをお待ちするようオーナーから言われましてございます」


 人の話をあまり聞いていないわね、この人。


「リアン様から?」


「はい。ご結婚前にお贈りする一種のエンゲージリング、だそうでございます」


 そう言うとフェルベルトは大きなトランクケースをテーブルの上に乗せ、パカっと開いてみせた。

 中には色とりどりの宝石であしらわれた数々の指輪が並べられている。


「リアン様曰く、これはあくまでおまけだそうで、正式な物はまたルフェルミア様とお二人でお決めになられる、とのことだそうです。ま、つまりこちらはエンゲージリングの予備品でございますな」


 エンゲージリングの更に予備ってどういうことなの。初めて聞いたわ。

 でもこの宝石と指輪はどれも質がいいわ。

 ぶっちゃけ全部欲しい。


「ご興味深々のご様子で。手に取ってごゆるりとお確かめください。お代は既にリアン様より頂戴しておりますゆえ。この中から三つまで選んで良いとのことでございます」


「え、三つもいいの?」


「はい。三つ分のお代を頂いているとオーナーは仰っておりましたので」


 どれを見てもひとつ金貨2枚以上はする代物ばかりね。やっぱりリアン様の金銭感覚は狂ってるわ。

 というかグレアンドル家が狂っているのかも。

 それにしてもヴァンは近衛兵になってから四年以上も仕事を続けているしお金があるのはわかるけれど、リアン様の財源はどこなのかしら。


 ミゼリアやドウェインお義父様からお小遣いを貰っているにしてはさすがに多すぎる。

 まあでも、とりあえずそれはいいとして。


 ……三つ、ね。

 私はまず適当に指輪を手に取ってみようと思い、手を伸ばそうとした時である。


「はい。ひとつだけ注意点がございます」


 フェルベルトがまるで遮るように少し声を大きくした。


「三つ、選べますが三つ、選ばなくともよろしいのです。一つでも二つでも良いのです」


 私は黙ったまま、彼の言葉に耳を傾けた。


「言っている意味がおわかりになられますか? ルフェルミア()()()


 言っている、意味ね。


「確かにわたくしのオーナーはリアン様より三つ分のお代金を頂いております。それはつまり購入する指輪がゼロから三つまでの、四つの選択肢があるとも言えます」


 選択肢、か。


「指輪を一つも買わない、一つ買う、二つ買う、三つ買う。どれを選択するか、とても、とても重要なことですねえ、はい。選択というものは何回もできないからこそ重要な意味を持つのだと思いますねえ、はい」


 ああ、やっぱりそういうこと。

 もう確定ね。

 こんな馬鹿な選択肢を普通の宝石商が提示してくるわけがない。


「あなた様がここでわたくしめに何かを語って言葉の意味を探るのはマナー違反。そんなことは常識でございますよね、ルフェルミア()()()?」


「ええ、わかっておりますわ。フェルベルト様。私はそういうマナーだけはダンスよりも得意でしてよ」


 私がそう答えると、彼はニコっと笑って両手を広げて指輪を選べとジェスチャーで見せた。

 さて、っと。

 問題はどれを選ぶか。


 私は少しの間考えながら様々な指輪を手に取り、まじまじと眺める。


「……決めたわ。このブラックオニキスリングとアクアマリンリングの二つにするわ」


「なるほど、お目が高い。そのブラックオニキスもアクアマリンもまたとない一級品。その二つを選択、でよろしいのでございますね?」


「ええ。そう()()()()()伝えてちょうだい」


「……かしこまりまして、ございます」


 フェルベルトはにっこりと笑顔のまま、トランクケースの蓋を閉じた。

 彼が帰る気配を出すと、応接室内の隅の方にいた侍女頭のエレナがそっと近寄ってきてフェルベルトのカバンを持とうとしたが、彼はそれを結構、と断っていた。


「いやはやルフェルミアお嬢様は思っていた以上に欲深なのでございますね」


「ごめんなさい。私もこういう性分ですから」


「……はっはっは。さて、お話はこれまでです。わたくしめはこれにて失礼致します」



 彼はそう言いながら、エレナに先導され屋敷を出て行った。



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