34話 私は何を。
「うわあ……」
思わず感嘆の声をあげてしまったが、これには誰しもがそうなるだろう。
千年大樹の根本、その場所で腰掛けてから幾ばくかの時が流れ日が完全に落ちた瞬間。
大樹の葉のあちこちで小さな円形で鮮やかな、七色の光の玉が浮かび上がったのである。
「すごい……なにこれ……」
「これはな、アルカンシェルフライという小さな昆虫の集まりでな、この時期だけ特有の七色の光を放つ蛍のような昆虫だ。アルカンシェルフライは絶滅危惧種なのだが、この千年大樹の周りにだけはまだ数多く現存しているんだ」
「そう、なんだ……私の地方でも蛍はたくさんいたけれど、こんな光を出す昆虫は初めて見たわ」
「ふふふ、凄いだろう? しかもこの光り方をするのはこの夏から冬へと季節が移ろうこの時期の、更に日暮直後のこの時間だけという超限定的なシロモノだ。事前に知っていなければまず見ることはほとんどない」
「そうなのね……本当に、凄いわ……」
夜空に浮かぶ満天の星々にすら匹敵する、いえ、それ以上のこの光景に私は目が離さずにいた。
彼は……ヴァンは私にこれを見せたいが為にこんな場所に呼び出したのね。
「ルフェルミア、よく聞いてくれ」
大樹に目を奪われていると、その隣で腰掛けていたヴァンが突然私の両肩に手を添えて真剣な眼差しをこちらへと向けてきた。
吸い込まれそうなほどまっすぐなその瞳に、思わず私の心臓が大きく鼓動する。
「俺はお前に伝えておかねばならないことがある」
「は、はい」
ヴァンのあまりにまっすぐな眼力と言葉に、思わず声が上擦り畏まってしまった。
「俺はな、ルフェルミア。俺はお前のことを」
嘘嘘嘘、やっぱりこれ告白なの? ど、どどど、どうしましょう!? って、何を慌てているのかしら私は。別にこんなやつに告白されたからってなんでもないでしょ。告白とか初めてされるわけじゃないんだし。いやでも彼は普通の男じゃなくてナーヴァの生まれ変わりなわけだからやっぱりちょっと特別っていうか。あーだめだ頭回ってないわ!
「お前のことをその」
私はなんて答えればいいのーーーッ!?
「とても大事な妹だと、思っている」
……ん?
「……はい?」
「お前がリアンと結婚すれば俺たちは義理の兄妹だ。義妹になるのは当然だが、普通に血の通った妹のプリセラと同じ以上に大切な家族だと思っているんだ」
あー、そういう告白なのこれ。
「だから俺はお前に幸せになってもらいたいし、裏の稼業から完全に足を洗ってもらいたいんだ。これは別に予知夢のこととか関係なく、だ」
「はあ……そう、ですか」
「ん? なんだ? なにかガッカリしていないか?」
「してないわよ別にッ!」
私は思わず顔をぷいっと背けた。
「だから長生きしてほしい。つまりは……」
「あーはいはいわかった、わかりましたよ! だからあなたの言うこと聞いとけってんでしょ! 言われなくてもちゃんと聞きますよーっだ! もう離してッ!」
私は両肩に乗せられていた彼の手を振り解いて、私は体ごと彼から背を向けた。
この雰囲気にしてリアン様に嫉妬してるように見せかけておいて、結局はリアン様とくっつけって、何よそれ、意味わかんない!
そりゃ予知夢のことがあるから仕方がないのかもしれないけど、だからってこんな……こんな風に私を喜ばせておいて……。
……。
……。
何を、考えているのかしら私は。
こんな考え方、まるで私がヴァンのこと……。
「……すまない」
後ろでヴァンが謝っている。
その謝罪がどういう意味なのか、私にはいまいちよくわからなかった。
それからほどなくして、アルカンシェルフライの光は消え、辺りが本格的に暗闇に閉ざされ始めてきた頃、ヴァンがそろそろ帰ろうと言ったので私は無言で頷いた。
ベグラム地区を出るまでは彼が手が引いてくれた。私はその手を拒みこそしないものの、彼が何も言わなかったので私も特に会話をすることはなかった。
スラム街を抜け、だんだんと大王都カテドラルが見えてきた辺りで私は彼と別れた。人目につくと不味いからだ。
その頃には、
「ルフェルミア、お前なら全く問題ないと思うが暴漢や通り魔には注意するんだぞ。間違って殺したり大怪我させないように」
「うるさいわね、わかってるって言ってるじゃない」
と、いつものようなやりとりができたので少し安心した。
私はひとりでの帰路で少し考えた。
ヴァンはもしかして本当に伝えたかったことを伝えていないんじゃないのだろうか、と。
なんというか、ヴァンは一見無骨で無口で何を考えているかわからなそうな表情だが、よくよく観察すると喜怒哀楽が割とわかりやすい。
私がリアン様とのデートの話をしている時は明らかに不機嫌な気配が出ていたし、最後の妹発言の時は何かこう……言いたいことを飲み込んでいる、というか、平たく言えばあえて嘘をついた、ような感じだった。
じゃあ彼は最後のあの時、千年大樹の根本で一体何を伝えたかったのだろう。
いくら私の魔力が絶大でも人の心までは見透かせない。
だから魔女王ルミアも苦労したのよね。
と、前世の私を思い出して苦笑いしたのだった。




