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32話 最強のふたり

「ち、ちくしょう! てめぇ、ダニーに何しやがった!?」


 チンピラのリーダー風の男がいきりたってヴァンへとそう怒鳴っている。


「いや、なにも」


「なんか毒針でも投げたんだろう!? 汚ねえ真似しやがって!」


 色々思うところがあるけれど、王女様然り正体不明の攻撃はどうして皆、毒針だと思うのかしら?


「もうこうなったら容赦しねえ。こちとらプライドとメンツで生きてんだ。てめぇらみたいなお上品なカップルにコケにされたら生きちゃいらんねえんだよ」


 と、その男が言うと、全員が持っていた獲物を捨てて、今度はそれぞれ真剣やナイフを取り出した。

 なるほど、今度は殺しにくるってわけね。

 さあ、ここからが本領発揮よヴァン。


「みんなぁ! こいつらぶっ殺せえッ!」


 全員が一斉にヴァンへと攻撃を始めた。

 さて、どうするのかしら。

 と、私が思っているとヴァンは初めて上着のジャケットの内側についている胸ポケットから、一本の短剣を取り出した。

 あの短剣、薄刃の割には強度が高いかなり良質なものだと私はひと目で理解した。


「あら? 殺っちゃうのヴァン?」


「殺しはしない」


「でもあなたが獲物を持つなんて初めてじゃない」


「あまり怪我はさせたくなかったが仕方がない。痛みくらいではどうにも引いてくれなさそうだしな。少し下がってくれ」


 なるほど、と私は頷き後退した。

 おそらくヴァンはそれなりの痛手と戦闘不能に陥れる気だ。

 となると短剣でかつあの人数を相手にするなら、きっとアレね。


「オラァ! 死んどけぇ!」


 男たちの凶器がヴァンに当たるその刹那。

 普通の人間なら何が起きたのか理解に難しいことをヴァンはやってのけた。

 ひとりひとりの攻撃を短剣でいなし、かつ獲物を持っているその利き手の方の腕の筋だけを全て狙って、切り裂いていったのである。


 その速さは私たち裏稼業の者たちと寸分違わぬほどに卓越された技術だった。

 私はそのことに少しだけ違和感を覚えていた。

 この動きは決して騎士団や近衛兵が会得するようなそれではないからだ。


「うぐあぁぁ……!」


「い、いてぇ! く、くそ、一体何が……?」


 男たちは全員獲物を手から落とし、切られた腕の筋からの出血に驚き、痛みに悶えている。

 だいたい獲物を持つ相手には筋切りが一番手っ取り早いのよね。


「すまない。だから怪我をするぞと言っただろう」


 ヴァンは相変わらず冷静に、蹲る彼らへとそう言い放つ。


「いてぇ、いてぇよ! 血が止まんねぇ! し、死んじまうぅぅぅ!」


 大の男がちょっと腕の筋を切られたくらいで情けないと私が憐れみの目で見ていると。


「すまないがルフェルミア。彼らを治してやってくれないか? お前ならできるだろう?」


 ヴァンがまさかの提案をしてきた。


「え、何、ちょっと本気で言ってるの? 私たちを襲ってきたのよ? しかも殺すつもりで」


「だが、殺されていない。もう罰は与えたしいいだろう。頼む」


「そうだけれど……はあ、わかったわよ」


 ヴァンは本当に甘い男なのね。

 一応近衛兵としての責任感とかからなのかしら。


「……ちょっとあなたたち、切られたところ見せなさい」


「ひ、ひぃ」


 なんで私に怯えるのよ……。


「……綺麗に切れてるわ。これならすぐくっ付くでしょ。止血だけしといてあげる」


 私は少し呆れ気味にチンピラどもの切られた腕に手を添えて、光属性魔力に切り替えて止血と痛み止めと自然治癒力上昇のヒーリング系魔法を流してやった。

 魔法とはいえ万能ではない。切れたものはすぐに元通りになるわけではないし、欠損したり死んでしまったものを戻す術はない。

 これは私の魔力の問題ではなく、魔法学としての基本であり、基礎だ。


「い、痛みがなくなった……」


 地べたで悶えていた五人が私の魔法で回復すると、全員驚いたような表情で私たちを見ていた。


「しばらくは安静にしていないと、切れた筋が綺麗にくっ付かなくなるから重いものとか持たないことね。あとそのデブは半日もほっとけば元に戻るから」


 とだけ私は告げた。


「ありがとうルフェルミア」


「仕方ないでしょ。あなたがそう命令したんだから」


「すまない。さあ、もう行こう」


 ヴァンが再び私の手を取った。


「お前たち、これに懲りたらもう悪さはやめておけ。もし次にお前たちの犯罪を見つけたらさすがに騎士団を派遣せざるを得なくなる。わかったか?」


 ヴァンは最後に彼らへとそう脅し文句を残し、彼らも大人しく「はい……」と頷いて、この場は拾集した。


 それから私はまた彼に手を引かれたまま、瓦礫の間を縫うように、スラム街を歩き続けた。


 しばらくするとスラム街を抜け、緑の広がる小高い丘になり、背の高い雑草の間を潜り抜けて更にしばらく歩かされた。

 一体どこまで行くのかしらと私が思っていると。


「見えた、アレだ」


 そう言われてヴァンの背中越しに目の前の景色を見て、私は思わず声をあげた。


「こ、これは……」



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