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31話 治安の悪い場所のあるあるよね

 ――それから。

 彼の手に引っ張られている最中の辺りの景色は決して素晴らしいものではなく、崩れた廃屋、野犬の群、スラムに住む非正規の人たち、適当に脇へと寄せられたゴミだらけの道などを眺めさせられながら歩かされた。


 ロマンチックの欠片もあったもんじゃないわね。


 リアン様とのデートに比べてしまうと、こんなのはデートと呼ぶのもおこがましい。

 いや、別にデートだとは言われたわけではないし私が勝手にそう思っただけなんだけれど。


 いえ、違うのよ?

 ヴァンのやつ、私とリアン様のデートの話をしたら突然こんなわけのわからない行動を取り出したから、てっきり彼が嫉妬してデートを真似してるのかなぁ、なんて思っただけなんだからね?


 ……いや、私は誰に何を言い訳してんのよ。


「ねえ、ヴァン。ちょっと、いい加減どこいくか教えなさいよ。さっきからずっと無言でひたすら歩いてて、わけわかんないじゃない」


「……むう」


 こいつは本当に口下手ね。

 まあナーヴァもそういう感じだったけれど、ね。


「もう少しで、着く」


「は? 着くってどこに……」


 私がそう問い掛けようとした時。

 ピタリ、とヴァンが歩くのをやめた。


「……五人、いえ、六人かしら」


「さすがだな。俺には囲まれてるということぐらいしかわからなかった」


 比較的建物が老朽していない旧住宅街のような狭い場所。

 周囲の敵意を私もヴァンも察知していた。


「なあなあ、兄ちゃんよお。えらくご立派なご身分だなあ? 可愛いねえちゃん連れてよお?」


「こいつらの服、やたら地味だよなあ? それにしちゃあ育ちの良さそうな顔をしてやがるし、もしかしてお忍びデートとかかあ!?」


 あきらかなチンピラ風の六名が姿を現し、私たちを煽ってくる。

 こいつらの言う通り、私もヴァンも今日はなるべく人目を忍ぶように黒っぽい服装で来ているから地味なのは当然なのよ。ま、私はいつも通りの仕事着でホワイトのドレープがきいたブラックスカートだけれど。


「お忍びデートってことはこいつら、結構なご身分なんじゃねえのか? 伯爵……いや、侯爵家とかな」


「あちゃー、そうなのか。それだったら兄ちゃんたち、運がねえなあ。俺たち泣く子も黙るデススネイク団に捕まっちまったとありゃあ、もうこれまでの生活には戻れねえと覚悟するんだなあ?」


「うへへ。男の方は家族に身代金! 女の方は……服ひん剥いて、そ、それから、ぐ、ぐひ、ぐひひひッ!」


 最後のデブの下衆な発言と醜く涎を垂らしたその面を見た瞬間、私は思わず殺意を微かに覚えた。

 確かに基本仕事以外での殺しは絶対したことがないし、する意味もないし、リスクも高いからやらない。だが、基本的に女を慰みものにしか考えない男だけは別だ。そういうクズには私とてしっかりと殺意、敵意を覚える。

 もちろん仕事でなければそういう相手を今までに殺したことはないが、半殺しくらいには何度もしたことあるのよねえ。そのたびに後始末をするケヴィンが嘆いていたっけ。


「なんだキサマらは。俺たちに何の用だ?」


 ヴァンが両手を広げて私を護り庇うように言い返している。

 ……いえ、これ違うわね。私がこいつらに手を出さないように、私を前に出さないようにしてるのね。


「何の用だ、って精一杯の虚勢、頑張るねえ! 確かに兄ちゃん、体格は良さそうだしいくらか腕に覚えがあるようだが、この人数で、更には女を庇いながらなんとかなるとでも思ってんのかい?」


「虚勢なんかじゃない。やめろ。怪我するぞ」


「あーひゃっひゃっひゃ! 怪我するぞぅーー!? みんなぁ、獲物を持ったかあ!? とりあえず男は意識無くすまでボコせぇ! だが殺すなよお!? 女はとっ捕まえて縛っとけ!」


「「おう!」」


 リーダーらしき男の合図と同時に五名が一斉に襲い掛かってきた。

 私は何もできないと思われているのだろう、あくまで目標はヴァンだけのようだ。

 ひとり残ったデブが私の方を見てジリジリと間合いを詰めているのがわかる。なるほど、女を攫ったりするのはあのデブの仕事なのね。

 

「加勢、いる?」


 私が小声で尋ねると、


「いや、問題ない。お前は手を出すなよ。殺しかねん」


 っちぇ、つまんないの。

 別に殺さなくたって痛めつけるくらいやりたかったのに。っていうか仕事以外で殺しはしないって前にもヴァンに言ってるのに。

 ま、でも、ここはヴァンのお手並み拝見といきましょ。

 彼の強さも一般人レベルで見たらとんでもないし。


「なーによそ見してんだあ!? ほーら、まずはそのどたまに一発、どーーーんッ!」


 ハゲた頭の筋肉質な男が太めの木の棒でヴァンの頭めがけて、振り下ろそうとしている。


「って、は? あれ?」


 ヴァンはそれを見もせずに右手の人差し指一本で受け止めていた。

 って、いや、ちょっとさすがに規格外すぎない!?

 いくらヴァンが強いからって魔力もほとんどなくて魔法も使えない男が筋力だけでそんなことできるの!?


「俺は脇腹もらったぜーーーッ!」


 別の男が今度はヴァンの左脇腹目掛けて、ボロボロで刃がほとんどない剣で叩こうとしている。確かにあれなら斬れはしないだろう。だから叩いてダメージを狙っているのね。


「って、あ? な、なんだ!?」


 しかしヴァンはそれを避けようとも手で防御しようともせず、そのまま脇腹で受けた。

 ヴァンのあの部分には特に何も入っていない。

 どうやら普通に筋力だけで堪えたみたい。

 うん、普通に化け物だったわ、ヴァンも。


「何やってんだてめぇら、どけ!」


 残った三人がそれぞれ獲物を持ってヴァンに襲い掛かるも、そのどれもがヴァンによっていなされ、受け止められ、まともにダメージが入ることはなかった。


「ぐ、ぐひひッ!」


 そうこうしているうちに私のすぐ背後にまであの一番気持ちが悪いデブが近づいていたが、私はあえて気づかないふりをしていた。

 ずっと悩んでいたのだ。

 ギリギリまで引き寄せてから、このデブをどうやって料理しようか悩んで悩んでワクワクしていたからである。


「つっかまーえたッ!」


 そしてついにそのデブがまるでカエルのような動きで飛び跳ねて私の身体目掛けて手を伸ばしてきた。

 ああーーッ。素晴らしいほど怖気が走るわ。


「しまッ……ルフェルミア!」


 ヴァンがデブの動きに気づいたのがやや遅れ、不味い、という顔をしていた。でもこれは仕方がない。

 何故なら私が少し意図的にヴァンから後退して、デブの方へと私自ら近づいていたからである。


「いやぁッ!」


「ぐひひひひッ!」


 私はデブにわざと両腕を掴まれ、わざとらしく悲鳴をあげてみた。

 そしてその直後である。


「どぅわぁあぁあぁあぁあーーーッ!?」


 私の両腕を掴んで数秒後、デブが奇怪な叫び声をあげながら口から泡を吹いて失神した。


「な、なんだ!? おい、ダニーどうした!?」


 このデブはダニーって言うのね。

 そのダニーは今もぶくぶくと泡を吐き出しながら身体をびくんびくんと痙攣させて失神している。


 あー、気持ちいい。

 やっぱ下衆な男や屑な男には痛い目に合わせてやらないとダメよね。基本、女を舐めて掛かってるし。

 などと思っているとヴァンがじと目でこちらを見ている。

 私はサササっとヴァンの背後付近までまた駆け寄り、


「殺してないわよ。闇魔法の猛毒魔力を私の掴まれてた腕からほんの少し流し込んだだけだから」


 と、小声かつにっこりと笑顔で伝えた。



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