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29話 デートのお誘い?

「おい、ルフェルミア。ちょっと話がある」


 数日ぶりに顔を合わせたと思ったら、唐突にぶっきらぼうな物言いで私にそう言い放ったのはヴァン・グレアンドルだ。


「急に部屋に来たと思ったら突然なによ?」


「ここじゃ話せん。メモを渡す。俺が指定した時刻の俺が指定した場所に来てくれ。今日なら問題ないはずだ」


「あ、ちょっと!」


 ヴァンはそれだけを言い残し私に小さな紙切れを強引に突き付けて、私の部屋の扉をバタン、と閉めて行ってしまった。

 全く、あの男は本当にレディの扱いが雑すぎるわね。まあ屋敷の人間に見られると困るというのはわかるけれど。


 それにしても一体何の用かしら。

 まさかデートのお誘い、とか?

 いやいや、ないない。何を血迷ったことを思っているのかしら私は。先日リアン様とデートしたことが頭に残ってるせいかしらね。

 だいたいあんな奴にデートに誘われたって逆に困るし。

 あんな――。


『ルフェルミア。俺はもう、お前を死なせたくないんだ』


 真剣な眼差しで、私のことを……。


「ちょっとちょっと! 私ったら今何を考えたのよ!?」


 一瞬、ほんのわずかに自分の中で何かよくわからない感情が湧き立った。

 そんなこと、あるはずがない。

 そんなことが。


 ……。


 実際はおそらく予知夢の続きの話だろう。

 彼が私に接触してくるということはそれに関することしかないはずだ。

 それ以外に私に会う意味も理由もないのだから。

 今の私は先日のリアン様と見たあのオペラに心が浮ついているだけ。人生で初めて見たあの素晴らしいオペラに。


「お嬢様」


「ひやああッ!?」

「ぬおおおッ!?」


 突然背後から声をかけられた私は思わず変な声をあげてしまった。

 それに釣られて声をかけてきたケヴィンも声をあげていた。


「な、なによケヴィン! 驚くじゃない!」


「驚くって……お嬢様が私めを呼びつけたから、先ほどヴァン・グレアンドルがいらしていたその瞬間に、お部屋に入らせてもらったのではないですか」


 全く、これはケヴィンの悪い癖だ。

 彼も私もアサシンウォークと言って足音を消して対象に近づく技術を使う癖がある。ケヴィンは特にこのアサシンウォークが得意で、この私ですらその音に気づけないこともある。


「私にアサシンウォークで近づくのやめなさいよ……」


「つい癖でして。ですがいつものお嬢様なら自分のテリトリーに他者が入られた時点で気配を察知するではありませんか。当然、気が付いているものだと思っていたので私も逆に驚いてしまいましたぞ」


 確かにいつもの私ならケヴィンが例えアサシンウォークで近づいてきても、ある程度の範囲に来た時点ですぐに気配を感知している。

 感覚が鈍ったのかしら?


「それはまあよいとして、このような早朝から何用でございますかお嬢様? 私、早くしませんとエレナ侍女頭様に頼まれている朝の廊下とトイレのお掃除が終わりません」


 ケヴィンはすっかりグレアンドル家の使用人として馴染んでいる。

 こういう見ず知らずのところでもすぐに馴染むように立ち振る舞うのもある意味私たちのスキルだ。


「えっとね、ケヴィン。ちょっとお使いを頼まれて欲しいの」


「なんでございましょう?」


「カテドラル劇場で開かれているオペラのチケットを買ってきて欲しいのよ。もちろんお金は出すわ」


「ほう。先日リアン様と行かれたというところですな。もしや再びリアン様とご覧になられるのですか?」


「ううん、そうじゃなくて、ちょっとひとりでもう一度見てみたいと思って。だからチケットは一枚でいいわ」


「そんなにお気に召しましたか。ですがせっかくなら二枚ご用意した方がよろしくありませんか? リアン様と一緒に見られた方がよいかと。なにせお嬢様が初めて人を好きになったのです。記念として費用は私が持ちますぞ」


 ああ、そうだった。

 ケヴィンにも私はリアン様を好きになった、ということで話を作ってあるんだったわね。

 久々にケヴィンと話したから忘れかけていたわ。

 まあでも、ケヴィンが奢ってくれるならありがたくもらっちゃいましょ。

 別にリアン様と行かなくても売れば儲けものになるわけだし。


「あら、ほんと? それじゃあお言葉に甘えて二枚お願いしていい? 結構高いチケットだけれど」


「お任せを。たかが劇のチケットなんて知れた値段にございます」


「あ、そう。チケット一枚で金貨8枚だけど、それなら二枚お願いしちゃうわね。私はこれから着替えるから出て行ってね。じゃ、よろしく」


「え? 金貨8枚って冗談でございますよね?」


「そんなつまらない冗談なんて言わないわよ。さ、出て行ってちょうだい」


「き、金貨8枚は超高級な携帯サイズの魔道具、もしくは高純度の大きなミスリル銀が買えてしまう値段で、私のお給料の三ヶ月分近くはありますが……」


「あなた、さっきたかがって言ってたじゃない。私は嘘をつく男は嫌いよ。我々イルドレッド家の家訓にもあるでしょう? 仲間に嘘偽りはしないことって」


「そ、そうでございますがそれとこれとは……」


「ほら、早く。朝の掃除もあるんでしょう? 行ってらっしゃい」


「あ、あ、ちょ、ちょっとお待ちをお嬢さ」


 私はケヴィンを部屋の外に追い出して扉を閉めた。


 何やら外で「ぬおぉ……」みたいな鳴き声のようなものが聞こえるが放っておこう。ケヴィンが買えると言ったのだから、彼の言葉を甘んじて受けるのである。

 イルドレッド家の家訓を持ち出してみたものの、実のところ私もケヴィンに嘘ついてるけれどね。

 

 さて、そんなことよりさっさと着替えてヴァンとの約束の場所に行く準備をしなくちゃだわ。


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