23話 尾行者
尾行に気がついたのはこのカテドラル第一大王路に初めて辿り着いて、さきほどのデザート屋を目指していた時からだ。
人が多いせいで対象の顔ははっきり窺えないが、どうやら二、三名ほどで私たちの後をつけている気配がある。それは先のデザート屋でケーキを堪能していた間もずっと、その視線を感じ続けていた。
――殺意、ではないわね。
裏稼業に長く浸っていたおかげで人の殺意や敵意といったものを肌で感じ取れるようになっている私からすると、この尾行の相手たちからはそれらが一切感じ取れないことぐらいすぐにわかった。
が、しかし単なる好奇心で私たちを見ているようにも感じられない。
なんというか、見張られている、という感じか。
「それでね、ルフェ。今回のオペラがまた凄いんだよ。愛と殺意をテーマにした壮大なお話で……って、ルフェ、どうかしたかい? さっきから妙に視線が泳いでいる感じだけど」
「あ、いえ! ちょっと見慣れない景色と人の多さに圧巻としてしまって。やっぱり大王都は凄いところですわ」
危ない。やっぱりリアン様はめざといわ。
意識が彼に向いていないとすぐに気づいてくる。
「そういえばルフェの故郷のヴェルダース地方は自然の多いところだったと言っていたね。カテドラルの雰囲気に少し疲れてしまったかな?」
「そう、ですわね。あ、でも大丈夫ですわ!」
「うーん。じゃあ劇場へ行く前にちょっとそこの小路地にでも入ろうか? その通りなら人も少ないし、美味しいジュースが販売している隠れた名店あるんだ」
人が少ない小路地、か。
それは好都合かもしれないわね。
「美味しいジュースって素晴らしいですわ。ちょうど少し喉も乾いていましたし、リアン様がよろしいなら私、そちらのお店に行ってみたいです」
「はは、ルフェは素直で可愛いね。うん、わかった、じゃあ行こうか」
リアン様に手を引っ張られて私たちはその小路地へと入って行く。
周囲に視線を配る。
レンガ調の建物の合間に造られたこの小路地は、高い建物に囲まれた通りのせいで昼間だというのにここは少し薄暗い。
確かに人は少ないが、それでも全くいないわけではない。
私たちを尾行している者たちは、人ごみに紛れられなくなった為か、少し距離を取るようになったようだと私にはすぐわかった。
しかし何故私たちの後をつけてくるのかしら。
まさかこれがヴァンの言っていた私を殺そうとする何者かなんだろうか。
もしそうだとして、特に襲ってくる気配がないということはリアン様が無事でいるから、とか?
だからリアン様を殺すと私が逆恨みされて殺される、とかかしらね。
となると尾行している奴らはリアン様に関係する者たちってことになるけれど。
「ルフェ、そこのベンチで座っててくれるかい? 隠れた名店はすぐそこだから僕がジュースを買ってくるよ」
「あ、はい。わかりましたわ」
彼はそう言って早足でお店に向かって行った。
なるほど、あの小さな窓口がある一見普通のお家みたいなところが隠れた名店なのね。
「はい、おまたせ」
私は彼からジュースを手渡されると思ったらジュースはひとつしかない。
「あら、もしかしてこれは……」
「ここのジュースはサイズが大きいし、何よりカップルたちが好んで買うジュースなんだ。というわけだから一緒に飲もう」
やや大きめのサイズのジュースにストローが二本刺さっている。
もしかしてリアン様はこれをやりたかったのかしら。
可愛いことをしたがるのね。と、思いつつももしこれが本当のデートだったらこんな行為、外でなんて絶対できない。
「うふふ、わかりましたわ」
それが特に抵抗なくできるあたり、私はやはりリアン様とのデートを仕事の一環だと認識しているのだろう。
彼とうまく生活しなければ自分が死ぬ。それはつまりミッション失敗と同意義なのだから、そういう風に考えるのも当然か。
などと自分の感情に対してよくわからない分析をしていると。
「おい、お前たち」
唐突に現れた体格の良い二人組の男たちが私たちの前に現れた。
「いい加減に離れろ」
――こいつら、さっきまで遠目で見ていただけなのに。
と、私は特に驚く様子もなくそう思いながら彼らを見ていた。
そう、尾行していた二人がついに接触してきたのである。




