21話 最愛の人【ヴァン視点】
全てはこれで終わったはず、だと思っていた。
それなのに――。
「くそ、くそッ! どうして、なんで! こんなギリギリになってから、また……ッ!」
だが、今日見てしまった。
リアンと挙式を行なうルフェルミアは笑顔で俺に手を振っていて、昨日までの予知夢はそれで終わっていた。
おそらくもう、ルフェルミアが死ぬことはないんだと、そう思っていたのに……。
「何故……何故今度はそんな死に方を……するんだ……」
昨晩、俺は全てをルフェルミアに打ち明けた。
そして彼女を生き存えさせる為にリアンとの共同生活と結婚を勧めた。彼女も半信半疑だったがひとまず納得してもらった。
その翌晩に見た新しい予知夢。
ルフェルミアは崖に自ら身を投げて、自殺を図っていた。
俺はそれを止めようとしたが間に合わず、遥か崖下の彼女は身体が奇妙な形にぐねりと捻じ曲がって、死んだ。
何故そうなったのか、全然わからない。
しかもそのリミットはなんとリアンと挙式を終えたその翌日。
「なん……なんだ、この夢はッ!」
ダンッと強く俺はシャワー室の壁を叩く。
こういう可能性も危惧はしていた。だからこそ、俺はなるべくルフェルミアに屋敷にいてもらう方向でリアンと婚約を勧めた。
今回の婚約破棄劇を行ない、結果リアンと結婚することでルフェルミアの生存が確定するルートの夢を見てからすでに一年も経つ。一年も同じ夢を見続ければこれが最善の未来だと、俺はそう信じて疑わなかった。
それなのに……ッ!
「こんな……あと三ヶ月しかリミットがない状態でまた俺は毎晩彼女の死を見させられながら、何度もやり直さなくちゃならないなんて……ッ!」
現実の時間が夢の未来に追いついてくればくるほど、可能性の幅は狭まる。
これまでは何年も先の話だと思っていたが、気づけばもう今がその時になっていて、新たな予知夢はもはや三ヶ月しか猶予がない。
こんな短い時間で彼女を救う方法をまたひとりで模索し続けなくてはならない。
「どうすればいいんだ、俺は。今度は何を、どうすればいいんだ? これからでも間に合うのか!? ここまではもう確定してしまった未来だ。もしここまでがもう取り返しのつかない自体なのだとしたら、俺は……俺がやってきたことは……ッ!」
悔しさで涙が出そうになった。
いや、それよりも彼女の幸せな顔が見れないことが何よりも悔しかった。
何故ならすでに俺の中でルフェルミアは家族の一部でもあったからだ。
誰にも言ったことはないし、漏らすことはないが、はっきり言って俺はルフェルミアに恋をしている。
もう随分と幼い頃から、俺はルフェルミアを好きだった。
予知夢で彼女を見るようになって何年も何年も彼女との時を過ごしているうちに、俺の心はルフェルミアに惹かれていった。
彼女と過ごす時間はいつもたったの一ヶ月ほどしかないが、その一ヶ月間で彼女と笑って過ごした日々だっていくつもあった。
時には彼女と口付けを交わしたことすらあった。
俺はルフェルミア・イルドレッドを愛している。
彼女の愛らしい小顔に強くて澄んだあの真紅の瞳。大海のように透き通るアクアマリン色の少しウェーブがかった輝くほど綺麗な細く長い髪。
そしてあの眩しい笑顔、優しい声。
その全てに、俺はとっくの昔から虜だった。
できることならリアンどころか、誰の手にも渡したくはない。それほどに彼女を愛している。
夢の女性に愛しているなど、とても恥ずかしくて死んでも言えないが、俺の心は事実、彼女に囚われている。
その愛の為だけに俺はここまで頑張ってきた。
だが、しかしもう過去は変えられない。
変えることができるのはまだ見ぬ未来しかないのだ。
――だったら俺がやることはただひとつ。
「あと、たった三ヶ月だろうが……抗ってやる……ッ! 絶対にルフェルミアを死なせはしないッ!」




