17話 伝えられた未来。課せられた制限
「話が長くなった。とにかくお前はこのまま、またグレアンドル家で過ごせ。お前が生き延びることがグレアンドル家が平和に過ごせる方法でもあるんだからな」
「それはどういう意味よ?」
「……ここからは俺の予知夢の範疇外だが、お前が殺された後の世界はおそらくグレアンドル家や俺にとってどうしようもなく酷い世界になる、と思っている。だからこそ俺の予知夢はお前の死に際でいつも終わる。これをなんとかしろと俺の予知夢が告げているのだろう」
「それはそうかもしれないけれど、私だって仕事があるのよ! もう帰る予定だったし!」
私は布団から飛び出そうとした。
こんなところでいつまでものんびりなんてしていられない。本当ならあの日の晩には古郷のヴェルダース地方への向けて出発する予定だったんだから。
「駄目だ、お前は帰さない」
ベッドから降り立とうとした瞬間、ヴァンに私の腕を掴まれた。
「ちょっと、離して!」
「駄目だ。お前を離すわけにはいかない」
彼の真面目で鋭い眼光が私の瞳を射抜く。
その瞬間、僅かとはいえドキっとさせられてしまったことに腹が立った。
「は、離してよ! 私は帰らないとなの! ケヴィンのことも心配だし……ってそうよ、ケヴィンは一体どうしたの!?」
「あの執事には薬で眠ってもらった。いくら卓越した素早さがあろうとも腕を掴んでいれば、俺の力なら無理やり睡眠薬を嗅がせるくらいはできるからな」
確かにヴァンの筋力は凄い。近衛兵の師団長なだけあって体術と剣術には優れている。私ももし、魔法無しでこの男と対峙して戦闘したらただではすまないだろう。
けれど私には絶大な魔力、魔法がある。それだけで私はどんな男にも魔物にも負けないんだ。
でも、そういえばどうして私の魔法はあの時、発動しなかったのかしら?
「その目は魔法でなんとかしようと考えているな? それも無駄だ。俺の背中にはお前が得意とする強力な魔法の、数多のパターンのアンチマジックの刻印が彫られている。お前だけに対応するまさに専用のアンチマジックだ。お前が使う一部の得意魔法だけは俺には一切きかない」
そうか、この男は予知夢で私の使う魔法を知り得ていたのね。
そうだとしても私の魔力タイプは様々に変化させられるというのに、まさかそのほとんどのパターンのアンチマジックを刻印しているというの?
それだけでもとてつもない数があるというのにッ!?
そんなの……そんなの!
「そんなの、変よ! なんでそこまで……」
「仕方がないだろう。そうでもしないと俺があっさりお前に殺されてしまうからな」
「だったら……!」
「筋力をあげる魔法で俺と物理戦か? それならある程度お前も戦えるだろうが、俺はお前の行動パターンも熟知しているぞ。まず間違いなく俺は負けない」
く、な、何よそれ!
卑怯すぎないかしら!?
「とりあえず落ち着け。お前には休養も必要だ。あの場でお前の意識を昏倒させる為にリペルマジックも胸元に仕込んでおいたからな。その後遺症でまだ頭痛が残っているだろう」
リペルマジックの魔道具まで仕込んでいたのね。魔法を無効化して、更には指定した魔法を発動させる魔道具。だから私はあの時、気を失わさせられたのか。
それにしてもリペルマジックの魔道具すら準備していただなんて、本当に用意周到すぎるわ。
けれど返ってこれらのことが彼の言葉の信憑性を増しているのも事実だ。ここまで対策されるなんて、確かに未来を知らない限りできないもの。
「落ち着いてくれ、頼むから。あまり騒ぐと屋敷の者たちも起きてしまうだろう。俺がお前の部屋にいるのがリアンとかにバレたら少し面倒だ」
そういえば今は一体何時頃なのかしら?
この部屋が薄暗いせいで、私が気を失ってからどのくらい経っているのかさっぱりわからなかったわね。
「今はまだお前が倒れた晩の深夜だ。しかしもうじきに夜が明ける。夜が明ける前にあの執事をここへ連れてくるから、お前から説明をして、あいつには帰ってもらってくれ」
「は、はあ!? 一体何をどう説明すればいいのよ!?」
「それは任せる。とにかくお前はこのままうちで過ごし、リアンとの結婚までの婚約生活を送ってもらう。リアンと挙式を行なう三ヶ月後のあの日まではひとまずお前は存命できるはずだ」
「そんな勝手なこと……ッ!」
「俺の予知夢はこうしてたどり着いた現実に伴い、日々改ざんされていく。この先お前がどうなるかはお前の近くで見守っていないと対処ができない」
「それはそうかもしれないけど……」
「ルフェルミア。俺はもう、お前を死なせたくないんだ」
ヴァンは顔を近づけてまっすぐな瞳で私を見てそう告げた。
「次は間違えないと、そう俺は毎回心に決めている」
ッ!
前世でのあの人の言葉。
「夢の中ではいくらでもやり直しができる。だが次の現実は一回限りの勝負だ。間違った行動は全ての終わりに繋がる。だから、次は間違えられないと俺はいつも胸に刻んでいる」
ああ、そういう意味、ね……。
でもその言葉で私は何も言い返せなくなってしまって、反抗する気力を奪われてしまった。
「最後に言うが、当然リアンを殺すのも駄目だ。その場合もお前は必ず何者かに殺されてしまうパターンが多い。わかったな? とにかくお前は今後、裏稼業は禁止だ」
結局私はもう暗殺禁止ってことなのね。
「はあ……とりあえずわかったわよ……」
そうして怒涛の夜は幕を閉じたのだった。




