16話 ヴァンからのお願い
「まあ、あの人が普通じゃないのはわかるけれど、だからと言って犯罪者にするなんて……」
「いや、違うんだ。これでも軽犯罪程度に抑えた。俺が誘導しなかった場合、ただ殺人を犯す程度には収まらない驚くほどの極悪人になっていた」
「そういえば言ってたわね。私を殺すのもミゼリアお義母様の手の者だとかなんとか」
「ああ。だがそれだけじゃない。もし俺が何もしなかった場合、ミゼリアお母様はプリセラを産んで数年後にはドウェインお父様をまず手にかけていた」
「ど、どうして?」
「ドウェインお父様に多額の金を無心したからだ。そしてミゼリアお母様は金の為にドウェインお父様を殺害する計画を組んで実行した。その後、公爵家の未亡人となったお母様はグレアンドル家の名を使い更に大きな犯罪組織に加担しどんどんと悪に手を染め、多くの無垢な少年少女を奴隷として売買する、とんでもない極悪人になっていた。ちなみにこのパターンでも俺とお前は婚約し、そしてお前は殺された」
それは……確かにやばいわね。
「でもそれ、結局原因はお金じゃない。だったらあなたがギャンブルと酒漬けにしたら意味なくない?」
「違う。酒とギャンブルに溺れるくらいならまだ大したことのない額で済むことがわかったからこうしている。お母様にギャンブルをさせずに放っておくと、闇オークションでわけのわからない超高額の宝石や装飾品、ドレス、魔道具などの物品に散財する。依存体質なのだろうな。そうなった場合、その時の借金は今の比ではない。俺も借金の額を見た時、最初は目が飛び出る金額だった」
な、なるほど。
ヴァンはこれでもマシな方向へ導いたというわけね。
それにしてもミゼリア・グレアンドルって女は相当に頭のネジがイカれているわね。
「更には俺がコントロールし、お母様の借金をそれなりに信用できる貴族らへと誘導したから、お母様はやや多くの借金を負っているとはいえ、それでもまだ表面上グレアンドル家は穏やかにやれている」
なんということだろうか。
とんでもない話になってきてしまったと私は空いた口が塞がらなくなってしまった。
「ついでにその軽犯罪の方向性によって、お前たちイルドレッド家が我が家のリアンに目をつけ、そしてこの婚約話になる流れを作った。無論、この形でなくともお前は必ず俺の婚約者として現れはした。だが、その場合100%、お前は殺された。この形がベストだったわけだ」
「とても……そんな、信じられないわ……」
「信じてもらえるとは思っていない。だがこれだけは言っておく。お前はこのままグレアンドル家に住み続け、そしてリアンと結婚してもらう。ついでに裏稼業からも足は洗ってもらう」
「な、なんでよ!?」
「俺が最近見た予知夢では、それならお前は生き続けられるからだ」
「……裏稼業から足を洗う理由は?」
「リアンがめざといからだ。お前がリアンと婚約するまでは良いとして、その後、リアンと正式に結婚するまでにお前が裏の仕事で暗殺を続けた場合、どこかのタイミングでリアンに目撃される。すると、どういうわけかリアンの知り合いのような者が必ずお前を殺しにくるのだ」
「何よそれ……私が報復で殺されるって? はッ! 舐めないでよね。これでも長年この仕事をやってきているのよ。殺意を持つ相手が近づけばすぐに反応できるわ」
「そうだろうな。だが月夜の晩、俺には気づかなかっただろう?」
「そ、それは……」
「それは俺に殺意がなかったからだ。だが、実際はお前が殺される理由も方法も、俺には詳しくわからない。予知夢はいつもお前が死ぬと必ずそこで終わってしまうからな……」
そういうことか。
つまりヴァンの予知夢は私が殺されるまでの時間制限付き。だからその後の事象が知り得ないのね。




