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10話 予想外の強さ

「ヴァン……グレアンドル……ッ!」


 私はギリッと彼の目を睨め付けた。


 とんだところを見られてしまった――。

 と、私が思うと同時にすでにことは始まっていた。


 先んじて動いていたのはケヴィンで、瞬時にヴァン・グレアンドルの背後へと回り込んでいた。このような場合におけるケヴィンの行動パターンは熟知していたので、それに応じて私も合わせる。


 ケヴィンは間違いなくヴァン・グレアンドルを殺す。


 裏の私たちを見られて生きて帰すわけにはいかない。サイレントキリングが基礎スキルにある私たちイルドレッドの者は、暗殺の際、必ず背後に回り込み対象の口元を手で塞ぎ、ナイフでその首の頸動脈を瞬時に掻き切る。


 すでにヴァン・グレアンドルの背後でケヴィンのナイフが抜かれているのが一瞬で見えた。


 ああ、残念ねヴァン。あなたとは例え仮初であっても元婚約者だったというのに。

 まさかこんな形でお別れだなんて。

 さようなら、馬鹿な男。


 と、そんな風に思った直後。


「うぐ!?」


 小さくうめき声をあげたのは、まさかのケヴィンの方だった。


「やっぱり間髪入れずに消しにくるんだな。しかも相当に恐ろしい手練れ具合。これで執事だと言うのだからイルドレッド家というのは本当に恐ろしい一族だ。ルフェルミア、お前はその中でも最も有望な娘らしいな?」


 ヴァン・グレアンドルはナイフを首元にあてがう寸前のケヴィンの腕を掴みながら、そう言った。


 あの早さのケヴィンの腕を掴んでいる……?


 これは何?

 一体何が起きているの?


 確かにヴァン・グレアンドルは近衛兵の師団長としてそれなりに高い実力があるのは知っているけれど、でもそれは常識の範疇での話。

 私たち、裏社会の人間の動きについてこれるはずが……。


「お嬢様ッ!」


 一瞬、呆けてしまったが瞬時に私のやるべきことを思い出す。

 ケヴィンが失敗したのなら、私がコイツを(ころ)さなくては。


 私はケヴィンが動いた時、その行動に合わせる為に両脚へと魔力を流し込み脚力の身体強化魔法をかけておいた。その脚力で瞬時にヴァン・グレアンドルの目前まで距離を詰め、私の右手の平を彼の胸元、心臓部へと合わせる。


 この魔法は禁呪とも呼ばれる破壊魔法。生き物の体内に高密度の魔力を強引に流し込み、その魔力を引っ張ることで内側から破壊する名前すらない魔法。

 この魔法は必殺だ。


 内部で心の臓を破壊し、一見何もされていないように見えるが必ず、相手を音もなく死に至らしめる。

 ナイフよりも確実に正確に相手を殺す。

 これが私のサイレントキリングスキル。これまで多くの命を奪ってきた最速で最善で最強の魔法。


 死になさい、ヴァン・グレアンドル――。


 そう、心の中で呟きながらチラリとヴァンの目を見ると、これまで見たこともない酷く悲しそうな表情をしていた。


 何故そんな泣きそうな顔をしているの?


 殺されるのが怖い?


 それとも――?


 その直後。


「きゃあッ!」


 声をあげてしまったのは私。

 何故なら突然、私の右手が燃えるような熱を帯びたからである。

 更にはそれだけに留まらず、同時に激しい頭痛にも襲われ強烈な眩暈までも引き起こした。


「すまないルフェルミア……」


 一体……私の身に、何、が……?


 何故か謝罪するヴァン・グレアンドルの言葉が耳に届くと同時に、私の意識はそこで途絶えた。



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