それぞれの……
かつての貴族達もパーティーに利用していた一流ホテルの大広間。大勢の記者が詰めかけ、複数台のテレビカメラも設置が完了していた。
会見開始予定時刻が目前に迫った会場は緊張感に包まれていた。
壇上、その舞台袖にはスーツの男達が緊張の面持ちで待機している。レース協会役員をはじめとして魔外套総連元理事、レダ県知事らが顔を並べ、老舗高級マントメーカー『ニャヴ・マーチ』の社長の姿まである。
「いよいよですね、フレイザー卿」
ムスクの香りを漂わせた長身の男が声を抑えて言った。
オールバックに整えられた艶のある金糸の頭髪には白髪一本さえ無く、零れる白い歯は実年齢よりも若い印象を与えることに成功していた。
青い瞳が怪しく微笑む。
「そうだねぇ、ここに至るまで情報を抑えるのに苦労したよ。一部のタブロイドには嗅ぎ付けられたが協会は愚にもつかない噂話だと思ってくれたようだ」
フレイザー卿と呼ばれた老人が男に答えた。
こちらも年齢に反して若々しく、筋骨隆々であることがスーツの上からでも分かるほどで、禿げ上がってはいるが眼光は鋭く整えられた髭は力感を強調させていた。
「まぁワシの業務上の苦労など『皇帝』である君の心労に比べれば些細なものか」
「外国の貧乏貴族、しかも妾の子である私を『皇帝』などと……本物の貴族である卿に言われるのは些か面映ゆいです、それに、私は素知らぬふりをしているだけで良いのですから特別苦労はしていませんよ」
「本物、か」
フレイザー卿はスーツの右ポケットから金色のバッジを取り出して呟いた。
「失礼しました。そういった前時代的な価値観を排するためのこの計画でしたね」
「レース界は膿んでいる。選手の為、プロを目指す若者の為にとこれまで奔走していたが、膿は溜まる一方で出し切ることなど不可能だった。貴族崩れの協会役員だけではない、政治家たちは天下り先を確保するために必死、選手OB会は伝統の保護を叫び続け、スポンサーもそれに同調、マスコミは及び腰で協会の腐った部分に切り込まず、選手のスキャンダルを追い掛け回すだけ……。これではワシの残り人生をかけても改革は成就しない」
絨毯の模様が刻まれたバッジを握り込む。
「であれば、新たに創るしかない、ですね」
「うむ、我々のように肥え太った権力者ができるせめてもの贖罪だ」
舞台に司会者が登壇した。
初めに挨拶、そして会見中の注意事項が説明される。会見はじきに始まる。
「贖罪、というのはネガティブ過ぎませんか?」
「では他にどう言う? 今のレース界を作ってきたのは我々であり、不当な扱いを受けた若者への罪があるんだぞ、フランケル君」
皇帝は少し考え、
「我々は体制に背こうとしているわけですから、もっとこう『やるぞ!』っていう気合が欲しいですよ、そうですね……革命……いや、反逆……あ、そうそう、これが良い———」
皇帝は甘いマスクを悪戯心で歪めて、
「復讐、ですよ」
「少し大袈裟過ぎないか?」
「いえいえ、『復讐心こそ最大の原動力』ですから」
「はっはっは、それのどこがポジティブ⁉ それなら頭に『愛ゆえの』と付け加えよう! その方がもっとポジティブに聞こえる! はっはっは!」
司会の注意事項の説明が進み、舞台袖に集まった男達の空気感が一層引き締まる中、フレイザー卿の場違いな笑いが響いた。
「ところで、もう始めてよろしいのですか? 卿のクラブの生徒が出場するレースがもうすぐ始まりますよ、例のサングラストレーナーのデビューでもあるではないですか、少し会見を遅らせても」
「いや、このまま始めよう。彼の活躍はこれからも見れるだろうしねぇ、彼を信じているよ」
「随分な入れ込み様ですね、採用の時にも直接会ってはいないのでしょう? 元々面識がおありで?」
「ワシは彼のファンなのだよ」
「奇遇ですね、私もです。実は今言った『復讐心こそ~』って言葉、雑草の名前を持つ悪ガキの受け売りでしてね、昔、練習を手伝ってもらった時に聞いたのですよ」
「ははっ、だと思ったよ! 皇帝らしくない物言いだったからね」
「彼は、外套競争の次世代を担うに相応しい器だと思っていました……だからこそ、私は彼に惹かれたのです」
「過去形にするのはまだ早い、これより時代は大きく変わる」
この会見は事前に内容を伝えていない。完全なサプライズであり、事情を知る関係者には緘口令が出されている。
集まったマスコミは「何の発表だ」と高揚感を滲ませている。
皇帝はこめかみのあたりの髪を撫でつけ、フレイザー卿はネクタイを正した。
そして、司会が登壇者を呼び込む。
「さぁ、復讐の時だ」
無数のストロボの中、男たちは行く。




