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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第4章・レンズに映るもの
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第41話

「持ち家、ハギさんこの家に住んでるんですか?」

「いいや持ってるだけ、今は格安のウィークリー物件に住んでる」

「どうして……ここ、すごく良い場所ですよ? 静かで街も近いですし職場クラブはすぐそこですし」

「俺にとってこの家は墓みたいなもんだ、誰も墓に住みたいとは思わねぇだろ」

「お墓、ですか」

「勘の良いお前なら気づいてるとは思うが、師匠せんせいはもういない。シドールの入学が決まった頃、突然消えたんだ」

「え……」

「別れの言葉も書置きも無し、ある日、学校から帰ると身の回りの品が無くなっていて、それ以来帰ってこない」

「事件とか、そういう感じでもないのですか?」

「想像できねぇな、殺しても死なないような人だったし……ともかく、このクソ広いボロ家で学生時代を過ごしたんだ」


 卒業し、本格的にプロの選手として活動し始めたメドハギは首都に移ることにした。


「当時は今みたいに栄えてなくて、ただの山でしかなかった。練習場も遠いしここに住み続けるメリットなんてねぇからここを手放したんだよ」

「一度売ったんですね」

「でも、それは間違いだったんじゃないかって次第に惜しくなってきてなぁ、22歳、引退直前に買い戻したんだ……それがよ、地上げ屋の奴らここが別荘地として開発されるってことを隠してやがってよ、結局300万ライカもかかっちまった」

「うわぁ……」

「その時に作った借金は今も残ってるが後悔はしてない。高い墓を建ててやったと思ってるからな」

「そういうことですか」

「もしかしたらいつの日か師匠せんせいが帰ってくるかもしれない、ほとんど諦めている癖にそんな風に思っちまってな、帰る場所、居場所を用意してあげなきゃ気が済まなかった」


 墓だと思いながら家を用意する、矛盾していて合理的ではなかったが、レース界から干されかけていたメドハギには必要なことだった。

 レース界という居場所を失くしつつあった当時の彼は、いなくなってしまった師匠せんせいと自分を重ねていたのだ。


「帰る家がある、自分が居ていい場所がある、それはすごく大事なことだと思うんだ」

「……」


 中に入る気は起きず、メドハギは塀の手前から家を見上げて言う。


「でも、もういい。5年って時間とお前と出会ったことで踏ん切りがついた。近々手放す予定なんだ」

「よ、良くないです!」


 声を上げてユオに腕を掴まれた。


「ハギさんにとってもこの家は大事な居場所の一つなんですよね⁉ だったら絶対に手放しちゃダメです!」

「ユオ……」


 意思を感じさせる瞳にメドハギは気圧されてのけ反った。


「ここはハギさんの原点、復讐の出発点じゃないですか! あなたは強い、私が会った誰よりも強くてかっこいい大人なんです! だから…………そんな諦めるようなこと、言わないでください!」


 師匠せんせいは消え、レース界からは追放された。家族も故郷も無く、咲く場所を失った男に残ったのは燻るような怒りだった。


 自分を痛めつけたサーカス、黒目を蔑む社会、エリート意識に塗りたくられたレース協会とそれを取り巻くマスコミ。

誰もが自分を認め、無視できない存在となり『ざまぁ見ろ!』とサングラスを外して高笑いする日を夢見た。

『お前らが見上げる男は、実はこんなに下の人間でした』と明らかにするのがメドハギの復讐だった。


 しかし、残された怒りは発散する機会を失い、いつしか形骸化していった。

 熾火のように高温ではなく、さりとて完全に鎮火するわけでもなく、ただ漠然とした苛立ちが胸に留まり続けた。


(復帰は何度も考えた……でもそんな都合の良い方法なんて無くて、俺が戻れる場所は隙間ほどのスペースも無かった)


 メドハギは不貞腐れて今の今まで放浪していたわけではない。過去に何度もプロの試験を受けなおしていた。が、結果は全て不合格。レース界は彼が戻ることを許さなかった。


「そんなの、メドハギ・ブラックじゃないです!」

「……っ」


 だが、クリスと目の前の少女が変えてくれた。

 クリスが椅子を用意し、ユオがその席に座り続けることを許してくれた。

 そうして、燃えカスのような感情に再び火が付いた。

 選手としてではなく、トレーナーとして。

 復讐の機会を掴みなおしたような気分だった。


「なぁユオ、俺は何も諦めてなんかいないぜ? ただ形が変わっただけなんだ。いじめられっ子のエルフのお前が俺の代わりに復讐を果たしてくれるんじゃないか……お前の飛行を見た時そう思ったんだ、でも、今は違う、俺はお前が成長していくのが嬉しいんだ。俺の代わりとしてじゃなく、お前が道を切り開いていく姿を見てるとスカッとした気分になるんだ」

「ハギさんは、それで満足だと?」

「あぁ充分———」

「嘘です」


 ユオがキッパリと遮った。


「メドハギ・ブラックはそんな言い訳をしません! 言葉をこねくり回して無理やり納得するなんて、そんなの嘘です!」

「それはお前の中での俺だろ? そんな風に言ってくれるのは嬉しいけどよ、俺自身はもう———」


 ギリギリで言葉を飲み込んだ。

 言葉を探していると、ユオが顔を覗き込んでくる。


「ハギさんは何で自分のマントを使わないんですか?」

「は……」

「練習の時はいつもクラブの備品のマントを使っていますよね? シドールでのエキシビションレースでも自前のマントを使っていませんでした。本当は持っているのに、あえて使ってないんじゃないですか?」

「……」

「そんな拘り、未練や後悔が無い人が持っているわけないですよ。ハギさんは諦めてなんかない、形が変わったりもしてない!」


 メドハギは観念するように息を吐き、天を仰いだ。


「参ったな……」


 見上げた夜空には雲の切れ間から星が見えた。都会の明かりが遠く空に近い為、サングラス越しでもハッキリ見えた。


「俺のマントは特注でな、糸から織り上げた一点物で、職人のじいさんは死んじまってもう二度と手に入らないし、修復も出来ないんだ。それに……あれは俺が学生の時に金貯めて初めて買ったマントなんだ」

「大切なものなんですね」

「あぁ、『このマントで頂点に上り詰める!』……そんな風に息巻いてたっけ……ったく、つくづく女々しい男だな俺は、家にマント、執着してるものが多過ぎる」

「物を大切にすることは良いことです、それに、初志を貫徹しようとするハギさんの強さの表れのようです」


 苦笑するメドハギは大げさに両手を広げて言う。


「あ~クソッ! 今日はなんて日だ、ケツの穴を見られた気分だぜ」

「私は気にしません」

「俺が気にするんだよ」


 メドハギは全てを伝えた。これまでの自分をさらけ出した。

 肩が軽く感じ、胸のつかえが取れた気分だった。


「ハギさん、私、絶対に勝ちますから」

「……おう」


 だと言うのに、メドハギは迷っている。

 メドハギは借金返済の為、この家と土地を早急に売却する計画をヤンに進めてもらっている。今の居場所を失うくらいなら、と決断したのだ。


師匠せんせい、俺はここまで来て迷ってるよ。もし今あんたが目の前にいたなら『なよなよするな!』って喝を入れるんだろうな……あんたに似たエルフのガキにまで叱られたぜ)


 メドハギ・ブラックの復讐がどんな過程でどんな結末を迎えるのか、彼自身にも分からない。


「それにしても約束が一個無くなってしまいました、まぁでももう一個の方があるし良しとしましょう」

「え? 何、何の話? 俺、他に約束なんてした?」

「ハギさんは約束を守る人だから楽しみにしてます♪」


 ただ、

 雨はすっかり上がっていた。

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