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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第4章・レンズに映るもの
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第40話

 ほとんど誰にも打ち明けたことが無い話をしているというのに、スラスラと言葉が出てくるのが不思議だった。

 師匠せんせいとの出会いは今でもメドハギの心に深く刻まれている。特にここ数年は思い返すことが多かったからかもしれない。コメディアンがジョークをスムーズに話せるように脳内でシミュレーションをするのにも似ている気がして、メドハギは少し恥ずかしくなった。


「———それからも大変な事は続いてな、『生き抜く術を身に着けよ』とか言ってクマがいる山の中に一週間放置されたり、中々イかれた教育を受けたもんさ。師匠せんせいはかなり適当な性格で、常識も加減も分かってない人だった」

「それは、すごいですね……」


 古代エルフに近い師匠せんせいのエピソードが衝撃的だったのか、ユオはドン引きしている様子だった。


「黒目の俺が魔術を使える、って見抜いたのは師匠せんせいだった。あの人も詳しいことは分からなかったみたいで、多分、『ワシの血を輸血したことで体質が変わったんじゃろ』って話だ」

「そんなことあり得るんですか?」

「多分あり得ねぇだろ。ユオの血を黒目の誰かに輸血したところで急に魔術が使えるようになると思うか? そんな簡単なことに学者が気づかねぇはずはねぇ、一体どんな奇跡が起こったんだろうな」


 サーカスにいた頃も踏まえて語ったのだが、存外ユオは平気そうな顔をしている。


「エルフにはヒト以上に解明されていない部分が多い。特に魔術的な部分はな、疑似魔術路もその一つだ」

「特別って感じがするので悪い気はしませんね」

「人と違うところがあるってのは、つまり個性があるってこった。どんな形であっても個性があるってのは良いことだな」


 酔って愚痴を零すように、あるいは観念して自白するように、メドハギは自身の過去を打ち明け続ける。


「それで、15歳でシドールに入学ですか?」

「あぁ、飛行術も叩きこまれていたからレースは得意だったんだ。面接はボロボロだったと思うんだが、実技試験一本で合格できた。スポーツ奨学生として入学できたのは財布的にも大助かりだったよ」

「私も似たような感じでした。面接対策はしたんですけど、お金持ちの名門校ってことで気後れしてしまって上手く答えられませんでした……」

「面接官の中にハリントンはいたか?」

「はい、確かにいたと思います」

「あの人は厳しいがゆえに基準がブレねぇ。勉強が得意な奴は勉強ができれば良い、スポーツが得意な奴はスポーツができれば良い、ってそういう風に考えてるんだろうな。最低限のマナーや品格については口うるさいが、そういう教師はあの学校じゃ珍しい方だ」

「ハリントン先生が助けてくれた、と?」

「俺の想像だとな」

「ハギさんの時もハリントン先生がいたんですか」

「あぁ、入学してからも随分助けられたよ。在学中にプロ挑戦できたのもあの人のおかげだ」


 車はフレイザーズ・クラブの前を通り過ぎる。クラブに明かりは点いておらず、クリスは既に帰宅したようだ。

 林の中の一本道を車のヘッドライトが照らす。


 この先は別荘地。林は騒音対策にもなっているのだろうが、それよりも別荘地としての特別感を演出させる装置のようである。一般社会とは切り離されている感じが金持ちにウケるのかもしれない。


「入学してからは普通の学校生活だな、特別なことはない」

「学生でプロだったんですから普通ってことは無いんじゃないですか」

「楽しいこともあったし大変だったこともあった……、でもそんなのは誰でも経験する普通の事だろ? あ、前に言ってた俺の初体験のエピソード聞きたい? あれは2年の時———」

「いえ結構です」


 表情が消え失せたユオがハッキリ断る。


「お前が言い出したんだろうが、引いた目で見るなよ」

「年齢を知っただけでもちょっと気持ち悪くなりました」

「まったく……でもお前が聞きたい話なんて多分無いぞ? 思い出すことと言えばハリントンのシゴキがきつかったって事くらいで、あとのほとんどは馬鹿話ばかりだ」


 メドハギは車を徐行させ、別荘地を流す。

 何せ、ここまでやって来たのは5年ぶりだ。知らない邸宅も多く、道だって変わっている。目当ての場所までの道を慎重に探す。


「それで、卒業してからは……?」


 ユオの声色が僅かに沈む。

 ユオが真に聞きたがっている話はここの辺りにあるのだろう、と察しが付く。


「そのままプロのレーサーを続けた。調子良く勝ち続けたのは初めの方で、中期じゃ勝ったり負けたりを繰り返してた……『神に愛されし悪童』って異名も名前負けだぜ」

「以前、ハギさんの戦績を調べました。不自然なほど長期間に渡ってレースに出場していませんでしたよね、それって……」


 躊躇うようなユオの言葉の続きを、メドハギが言う。


「干されたんだ。正確には干され始めたのがその時期だ」


 外套競争グァイリスは貴族コミュニティで広まったスポーツという性質上、競技には品格が求められる。サッカーやバスケットボールの選手のように試合中にトラッシュ・トークをする者はおらず、対面記者会見フェイス・オフで相手選手を挑発することも基本的に許されない。


 東方の武道のような厳格さを持つ外套競争グァイリスにおいて悪童メドハギの存在は異質そのもの。

 ゴールを通過し優勝が決まった瞬間に手や拳を突き上げる行為は礼に失するとされているが、メドハギはお構いなしに全力で観客にアピール、記者会見でも私生活でも大暴れ。真向勝負が美徳とされる中、レースの度に手を変え品を変え、相手を苛立たせるレースを展開させた。

 勝ちに貪欲過ぎる姿勢は品格を損なうとされ、この世界で評価されなかった。次第に出場機会は減り、レース界はメドハギを半追放状態に追いやった。


「それでも、怪我をしているわけでもない選手がずっとレースに出てこないのは不自然だ、って噂されるのが協会は怖かったんだろ、たまにレースに出させてくれたよ」


 そこでメドハギは勝ち過ぎた。

 協会がメドハギに当てがったレースはどれも難しいものばかりで、はるかに格上の選手を相手にしなければならなかったが、メドハギはそんな中でも勝利を重ねていった。


「協会が無視できないほど勝ち続けていたら、いつの間にか1級になってた」

「あれほどの戦績なら当然ですよ、むしろ遅いくらいです。普通ならもっと早く1級に昇格できていたと思います」

「だよなぁ! ったく、そんなに俺の態度が気に入らねぇならルールに加えとけってんだ。パフォーマンスや挑発行為は禁止ってな」


 忌々し気に吐き捨てるが、その顔はどこか他人事だ。メドハギ自身が遠い過去の愚痴であることを認めてしまっているのだ。


「1級に上がってからは単純に相手が強くてな、当時の俺の実力じゃ敵わねぇ奴がゴロゴロいてコテンパンにされたよ」

「それでも、1級に上がってから何度も優勝しているじゃないですか」

「まぁ最後の方はな、しばらく1級で戦ううちに俺も強くなって、戦い方を覚えてきたんだ。相手が強ければ強い程挑発って効かないんだ~とか結構勉強になったぜ」

「参考にならな過ぎる……」

「あと1級のトップクラスともなるとどこか化け物じみている奴が多い。『体重をここまで落とさなきゃレースで勝てない』って自分ルールを信じ込んでミイラみたいな身体で出てくる奴とか、車に轢かれて肩を脱臼した状態で出てくる奴、人をぶん殴ることに何の抵抗もない狂人とか、イかれた奴が多かったよ、『皇帝』だって病的にストイックだった」

「えぇ……トップ層はやっぱり常人離れしているものなんですね……」


 脱線した話を戻す為、ユオは一度咳払いをしてから聞いてくる。


「それで、1級になってからはどうなったんですか」

「お前の知る通り、ゴシップが引き金になって完全に干されて引退」


 メドハギは簡潔に言った。


「そこが分からないんです、もっと詳しく教えてください。ここに来てはぐらかすのは無しですよ?」


 花瓶を割った我が子を問い詰める母親のように見つめてくる。


「無戸籍だって噂は何なんですか?」


 シフトレバーを握る手にユオの右手が添えられる。

 決定的な問いにメドハギはゆっくり息を吸い込んで、


「さっき言ったように師匠せんせいは適当な性格だったんだよ」


 保険証は昔から持っていたし、学生時代には運転免許証もパスポートも取得できた。だからメドハギ自身、自分の戸籍に問題があることは知らなかった。


「シドールを卒業してしばらく経った頃、いきなり家に公安警察がやって来て取り調べられたのはマジでビビったよ」


 全てが終わってようやく知ったことだが、師匠せんせいは架空の養父を作り上げ、その子供としてメドハギを戸籍に編入していたのだった。

 だが、移民規制の強化や法改正などが重なった結果、過去の事例まで遡って捜査が行われ、メドハギの養父など存在しないことが判明した。


「家庭裁判所の審査もあったはずだけど、あの人はグレーな魔術が得意だったから変装して養父を演じていたんだろうな、もしくは怪しいツテを辿って養父の役を誰かに頼んだとか、そんなんだろう」


 つまり、養父の戸籍に編入されていたメドハギだが、その養父が存在しないとなり、当然メドハギ本人の出自も消滅し、証明するものがなにもなくなってしまった、ということである。


「ま、驚いたし、何やってんだとも思ったけど、あの人ならそんなミスもあり得るなって妙に納得しちまったよ、はは、それからは結構大変だったな、改めて家庭裁判所に行ったり、身分証全部を新しくしなきゃならなかったから」


 あっけらかんと言うメドハギに対して、ユオは何とも言えない表情で硬直していた。


「名前を変えることも出来たけど、ずっとブラックを名乗ってたし不満も無かったから、結局、存在しないブラック姓を引き継いだってわけだ。ちょっと複雑だったか?」

「な、な……なんでそんな面倒なことに⁉ 師匠せんせい? がちゃんとした手続きを取っていれば怒らなかった事故じゃないですか!」

「多分、師匠せんせいは無戸籍か外国籍だったんだろう、厳格な裁判所の審査を受ければ『クラドア国民でない者に養親の資格なし』って判断されるに決まってるわな、だから、俺を育てるにはそんな方法を取らざるを得なかった、俺はそう思ってる」


 ユオの両親が娘の為に、と一芝居打ってメドハギを試したのと同様に、師匠せんせいもメドハギの為に、と行動した結果のはずだった。

 感謝こそすれ、憎んだことなど一度もない。


「じゃ、じゃあ! 私が聞いた他人と入れ替わってるって話は何なんですか⁉ ローラさんが言ってたんですけど」

「ローラ? どこのローラ? どうせデマが広まったんだろ、少し前まではギャング達がホームレスに小遣い渡して戸籍を取得させ、後ろ暗い連中に高値で売る『戸籍ロンダリング』が横行してたからな。戸籍に問題があるって聞いてそれと混ぜた推論で物を言ったんだろ」

「じゃあ、ハギさんはハギさんってことで良いんでしょうか……?」

「当然だ、もっとも国民保障番号は変わっちまってるから一件の以前と以後では別人と言えなくもねぇが……」

「良かった……」


 ユオは襟の辺りをぎゅっと掴んで呟いた。


「ありがとうな…………安心しろ、俺はメドハギ・ブラックだ」


 そうして2人を乗せた小型の社用車は目的の場所に到着した。

 山の傾斜が平に均された土地にいくつもの館や邸宅が立ち並ぶ、金持ちの棚田のような光景。周りの敷地内の芝は綺麗に刈り取られ、庭木がハート形や犬の形に剪定されている家もある。

 清潔さと景観を金で手に入れたこのエリアだが、その一角だけが不自然に荒れている。


「着いたぞ、ここを実際に見てもらいたかった」


 降車した2人は古い木造建築の邸宅を見上げた。


「ハギさん、ここは?」

「俺と師匠せんせいの家」


 芝は伸び放題で、外壁は一部がボロボロに朽ちかけており、近くに鳥の巣でもあるのか屋根には白い斑点模様が無数に散らばっている。


「今は誰も住んでないみたいですね、窓とか玄関にも板が打ち付けてあります」

「そうだな」

「でもなんで放置されているんでしょうか、掃除すればまだ住めそうなのに、勿体ない」

「まったくもってその通り」


 メドハギは痛いところを突かれた、と苦笑する。

 それを不思議そうに見るユオに告げる。


「これ俺の持ち家なんだよね」


 根無し草、風来坊を気取った悪童のどうしようもない未練。それがこの家だ。

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