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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第30話

 アイリーン・シャーガーは女子学生リーグのトップ選手である。圧倒的な実力と人気を兼ね備え、女王の称号をほしいままにする天才だ。


 公式レース全戦全勝という眩いまでの実績もさることながら、驚くべきはそのレーススタイル。

 スタートからゴールまで何人にも追い付かせることのない『逃げ戦術』を得意とし、全レースを全く同じ展開で勝利している。

 最初から最後まで誰よりも速く飛び続けたら勝てるじゃん、という誰もが一度は夢見る理想の飛行を完璧なる実績をもって体現しているのだ。


 故に、彼女と対戦した選手は皆、同様の感想を持つ。

 女王ではない、怪物だ、と。


 大人と子供、どころではない。オートバイと自転車、別物だ。

 一度彼女のプレーを間近で見た者は性能スペックの違いを思い知る。

 そして今、遠ざかる彼女の背中を見るユオもその事実を痛感していた。


(速すぎる……年上とはいえトップ選手はこんなに……?)


 同じクラブに属していても、アイリーンと併せたことはなかったし、本気の勝負などできるはずもなかった。

 彼女はハリントン指導の全体練習には顔を出すが、それ以外の時間は個人的に雇ったトレーナーやコーチ陣による自主練習に専念していたからだ。

 実力主義のこの学校で彼女に文句を言う者はおらず、ハリントンもそれを容認していた。


 まさに別格。クラブ内だけではなく国内の同世代では彼女の練習相手を務められる者など存在しないのかもしれない。


(もう見失う……)


 第3グラウンド、コースタイプ・市街B、距離3000メートル、出場者8名。


 スタートから30秒経過。集団の最後方を追走するユオの目にはアイリーンの姿が豆粒ほどに見える。


 ユオは、最初のコーナーを内側ピッタリに付けて建物の外壁を蹴った。

 どんなレース競技でもカーブ時に内側を通ることは定石だ。最後尾を飛行する利点は何と言ってもこの点にある。不利を受けづらく、効率的なコースを取れる。

 必ず先頭に追い付く、という意思を持って蹴った。

 そのはずだったのだが。


「ちっ、邪魔なのよ!」

「アンタがどきなさいよ!」


 ユオの前にアイリーン以外の6人が固まって飛行している。皆、アイリーンのハイペースに飲まれまいと探り合い、お見合いになっているのだ。

 団子の中で互いに肩や肘をぶつけ合い、土の建物を掠める熾烈なポジション争いが始まった。その後ろ下方向を行くユオは崩れた赤土の欠片を浴びてあっという間に泥だらけになる。


 逃げ・先行策が外套競争グァイリスにおいて持て囃されるのは戦術上の有利だけではなく、見栄えが良いという理由もある。貴族階級出身の昔の選手は泥だらけになって汚い姿を晒すのを嫌ったのだ。


(くだらない。敗北以上の醜い姿があるか……!)


 想定以上に前が詰まっているが、ユオはあくまで冷静にペースをキープする。

 最も重要な命題は勝利することにある。レース前から汗を垂らした少女にとって泥汚れなど些末なことだと考えていた。


「うっぜぇんだよっ!」

「肘どけろ!」


 集団は相変わらず怒号を飛ばし、身体をぶつけてポジションを奪い合う。


 空中を飛んでいるとはいえ、レースには高度制限があり、飛行できるスペースはそれほど大きくない。地上より5メートルから10メートルまでが本レースの飛行可能範囲だ。

 選手たちは5メートル範囲外に出た時点で反則負けとなる。


 残り距離が半分ほどになり、再び直線に向いた。

 見失いかけた先頭の背中が見える。こげ茶色のマント、アイリーンだ。

 目の前でバタバタとはためく選手のマントが輝きを放ち始める。徐々に加速して進出し始めている。


(まだ……まだまだ我慢。ここでスピードを上げたらスパートの時の魔力が足りなくなる)


 集団が速度を上げていく。スパートに自信が無い先行策を取りたがる選手は「このままでは届かない」と判断したようだ。


 少しずつ、少しずつ、先頭との距離を縮め、ユオとの距離が開いて行く。


(この先は最も幅の狭い路地裏エリア……ここを抜けたら勝負だ!)


 一団がジグザグの狭い道へ突入した。


「……」

「……」


 小さく背の低い建物が密集するエリア。薄暗く輝くマントの裏地が軌跡を描いて行く。


「……なに……」


 首を上げて、前方の上空を見るユオ。銀の瞳が大きく開かれる。

 吊り天井が落ちるように、いくつものマントの光がこちらに近づいてくるのだ。


(集団のスピードが落ちている⁉ 何で⁉)


 レースは終盤に差し掛かっている。先頭との距離は相変わらずある。

 ここを抜ければ最終直線。

 緩めのロングスパートをしかけるには絶好のタイミングのはずだった。


 だというのに集団は速度を落とし始めていた。


 ユオ自身は仕掛けていない。

 不可解、全くもって理解不能なことが起こっている。


 薄暗い中、他選手の表情が見える程接近した。


(何で……何で皆笑っているの……)


 青、藍、緑、琥珀、紫、アッシュ、様々な色の瞳が一様にこちらを向く。


「潰れろ、ナイフ耳」


 ユオは反射的に室外機を蹴り飛ばす。


「ぐぅっ!」


 反作用で壁に叩きつけられ、蛇行しながら、必死に宙をかいて飛行姿勢を取り戻そうとする。

 集団が高度を下げ、後方下にいたユオを飲み込んだ。

 狭い路地を高速で移動する集団は更にその密度を高めた。


「アンタ、胡散臭いトレーナーと組んで良い気になってるんでしょ。その銀の目が気に入らないのよっ!」


 グシャ、と鈍く水っぽい音響く。


「あ……ぐっ、うぅっ……!」


 隣の選手の肘がユオの左目の辺りに突き刺さったのだ。


 ガクン、とバランスを崩し、地面に対して並行だった飛行姿勢が垂直になる。チリチリ、と路地の壁面にブーツの先が擦れ、鼻先に赤褐色の壁があった。


「アイリーン様に勝てるわけないでしょ。アンタはここで潰れるのよ」

「きゃははは! ワンチャンあるって顔が生意気なんだよねー、野蛮なエルフがあのお方に近づいちゃダメでしょ!」


 奥歯が悲鳴を上げるほど強く噛みしめる。


「あなた達は! 勝つ気が無いんですか⁉ 模擬レースなのにこんなことをして! 自分のベストを尽くせば良いのに、何で! 何で、私に構うんですかっ!」


 重たくなった左瞼を痙攣させてユオが叫ぶ。


「誰もあの方に勝とうとは思わない。皆、2位以下で順位争いしているの」


 包囲網は既に完成してしまった。

 前後左右、そして上、最後尾にいたユオはあっという間に囲まれた。


 90度回転させられて壁面ギリギリにまで追い詰められ、このまま追い込まれれば壁との激突は免れない。下方向に空いたスペースがあるが、既に高度制限の下限いっぱい。抜け出そうとして降下すればコースアウトで反則負けとなる。


 詰み、の一言が脳裏に浮かんだ。


「スパートする前にここで潰す! 二度と生意気な顔をするな黒髪クソエルフ!」


 再び、肘打ちが迫る。


 嫌だ。

 真剣勝負で負けるならまだしも、こんな形で負けるなんて絶対に嫌だ。


 ———だって私の復讐は、これからだから。


 やるべきことは初めから分かっていた。


 エルフの本能がそうさせたのか、危険に瀕したことにより、脳内物質が過剰分泌されて交感神経が刺激されたのか、ユオには分からない。

 ただ、この時、ドクンッ! とユオの心臓が跳ねた。


「道を開けろ腑抜けがああああああぁぁぁあっ!」

 

 絶叫と同時、路地の影が消失した。


 巨大な閃光が爆発し、あらゆる色彩が銀色に塗り潰された。


 漆黒のマントが唸りを上げ、白銀の稲妻がコースを切り裂く。

 いくつもの短い直線が紡ぐデタラメな軌道が、赤褐色の壁を削り取っていく。


 少女の顔が獰猛に歪む。

 ナイフで切り裂いたように大きく横に伸びた口、犬歯をむき出しにした獣の表情。


 そして———少女は更に加速する。


 光の爆発の中から一直線に飛び出した。

 景色が吹っ飛び、左目の痛みを置き去りにする。


「捉えた」


 そして銀色の怪物は、一発の弾丸となる。

 最強の怪物を打ち倒す銀の弾丸に。

 手を伸ばせば届きそうなほど至近に、標的を捉えた。


 自身の肉体すら追い越し、精神だけが先行していく感覚。

 色も風も鼓動も全てを抜き去る超自然的感覚。


 ———だが、


「素晴らしいですわ!」


 そんな感覚の中、その一言だけがハッキリと聞こえた。

 聞き間違えたのか、とも思ったが、違う。


 青い目の少女が右前方より、笑ってこちらを見ていた。


 ×××


 アイリーンはこみ上げる興奮を抑えきれなかった。


 はるか後方にいたはずの黒髪の少女が猛然と追いかけてきていた。それも見た事がないほどの速度で。


 練習も本番も区別なく、いつも通りの飛行をするだけだと思っていた。レースと言うより、タイムアタックに近い感覚を持っていた。


(エイダが興奮して私に語る意味が分かりましたわ!)


 だが、ある感情でもってアイリーンは認識を改める。


(今すぐ加速しなければ負ける、この女王わたくしがっ⁉)


 それは恐怖。敗北という未知の恐怖がアイリーンを突き動かす。


 アイリーンは魔術路を高速回転させた。得体の知れない追跡者から逃げ切る為、魔力を限界まで注ぎ込んだ。

 彼女の青い虹彩が輝き始める。深い青の大海と星空が融合したような色へと変質していく。

 それは妹のエイダとは比較にならないほどの魔力を示していた。


「素晴らしいですわ!」


 久しく忘れていた自分の本気、全開の出力。退屈を吹き飛ばしてくれる才能ギフトの予感にアイリーンは笑う。


「この速さ!」


 敗北の気配に身が震える。


「この魔力!」


 迫りくる膨大な力に当てられて髪が逆立つ。


「異常! 異常ですわ!」


 飛行姿勢を保つ筋繊維1本だって緩められない極限の状況。それでも尚、アイリーンはひたすらに笑う。


 銀の弾丸となった黒髪の少女がすぐ近くに迫っている。


 全力のハイペースで逃げて尚、負けるかもしれない。

 そう思うと、興奮が止まらなかった———。


「また、やりましょうね」


 ゴールである白線の直上に飛び込む瞬間、怪物が囁いた。


 楽しい時間ほどすぐに過ぎ去ってしまうもの。


 歓声が雨あられに全身を叩く。幾度味わっても飽きることのない最高の瞬間である。


 コース上に二人の怪物は既にいない。

 いるのは少女が二人。勝者と敗者だけ。


『女子・模擬レース! 優勝は……シドールが誇る! 最強最高の女王! アイリーン・シャーガ―だああああああぁぁぁ!』

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