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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第28話

 シドール校は学問、スポーツ、芸術、あらゆる分野においてトップクラス。高等部だけでも生徒数2400人を誇る中高大一貫の私立校である。

 都市部の好立地ながら敷地内に植物園や畑、図書館に天文台、いくつものグラウンドを有し、この学校で学べない学問は無い、と言わしめる程充実した環境を持つ。


 男女共にクリーム色のシャツに黒いネクタイ。男子はスラックスで女子はチェック柄のスカートという服装。制服姿の若者達が第3グラウンドのスタンドに溢れ返っていた。


 スタンドの下。選手が出入りする薄暗い通用口でメドハギとクリスがグラウンドの空中を疾走する学生たちを見上げる。


「まさか週に2度もここに来ることになるとはなぁ」

「懐かしくて良いではないか」

「それ本気で言ってんのー?」

「ふふ、俺たちにとっては少々過酷だったのは事実だ……だが、それでも今となっては確かに良い思い出。苦い経験も含めてな」

「随分と達観しておいででクリスさん。もしここに通っていた時代に戻れるってなっても俺は断るな」

「それは俺もそう」


 揃って笑う二人。


「楽しそうですね、お二方とも」


 そこへ1人の教師が現れた。控えめなヒール音と共に鼓膜を震わせたその声に、2人の背筋は反射的に伸びた。

 つばの広い三角帽子に深緑のローブ、絵本に出てくるような、いかにも魔女といった姿の老齢女性。


「「こんにちは、ハリントン先生(教諭)!」」


 子供の頃に猫に引っ掻かれたことを大人になってもトラウマとして憶えているように、2人はこの魔女に対してこのような態度になってしまうのだ。


「提携の件、本当にありがとうございます!」

「いえいえ……生徒達にとって最善の選択をしたまでですよ」

「正直なことを申しますと、地元の名門校との結びつきがあるだけで対外的にこれ以上ないアピールになります。新参のクラブにとってこれ以上のことはありません。本当にありがとうございます」

「ほほほ、逞しく立派に成長されたようで、私も嬉しいですよ」

「あの……それでこの後は本気で……?」

「えぇ、あなた方にとっても良いアピールとなりますでしょう? 失礼……何か言いたそうな顔ですね、メドハギ・ブラック」


 ハリントンはメドハギの顔と彼が肩から下げるスポーツバッグを交互に見た。


「いや、あのですね……」


 クリスはクラブ運営の事情を知っている風だったので、自分は余計なことは言わない方が良いだろうという判断で静観を決め込んでいたのだが、ハリントンはだんまりを許してくれない様だ。


「記者連中まで入ってるなんて聞いてないんですけど」

「今日はオープンスクール。入学希望者とその親たち、そして世間にわが校を知ってもらう為の機会なのです。記者の方々がいらっしゃるのも当然ですよ。勿論、学校側は全ての記者をチェックしていますから低俗な雑誌記者は立ち入りできませんので、その点はご安心を」


 名門校ともなればただの学校見学会でもちょっとしたお祭り状態になる。

 流石に出店が並んだりはしないが、国内外から見学者が殺到し、警備員の数も通常の数倍になる。身なりの良い親と子供たちが進路を選ぶためにやって来ているのだ。


 学内の見学は午前で終了し、午後からはクラブ活動の見学となっていた。特にこの第3グラウンドで行われる外套競争グァイリスの公開練習の人気は圧倒的で、スタジアムの座席はほぼ満席。特別に用意された記者席にはテレビクルーの姿まである。


「男女それぞれで模擬レースを開催しますが、あなた方の代表選手は3名だけですか?」

「はい。デビュー戦を終えた選手は4名おりますが、今日は男子2名とユオ君だけということで……」

「おやまぁ、随分と自信がおありなようで……あなた達も我が校の卒業生、シドールの選手の手強さは知っていますね?」

「え、えぇ……私としましてももう1人出場してもらいたかったのですが、断られてしまいまして……」


 合同練習という形で招待されたフレイザーズは数名の選手を参加させてほしいとのことで、メドハギが生徒3名を連れてきた。

 ラルフ、ニコラス、そしてユオだ。

 よく4人でいるところ見かけるので、3人しかいないことをメドハギは不思議に思った。

 肩まで伸びた栗色の髪の毛にタレ目の青い瞳。

 エイダは不参加らしい。


(シドール相手に良い成績を残せるとしたらユオ以外ではアイツしかいないと思っていたんだがな……)


 いない者のことを考えてもしょうがない。模擬レースとはいえ勝負は勝負。名門校に引けを取らないというところをみせつけなければならない。


「非凡な才能を持っていると聞いていましたので期待していましたが、残念ですね。ですが、男子の2人はコールさんが指導されたとか、お手並み拝見です」

「ははは……お手柔らかに……」

「ブラックさん、アップルトンさんはそちらでお世話になって日が浅いですから、今日は彼女の実力を測るくらいしかできないかもしれません。トレーナーとして彼女に何をしてあげられるのかを考える機会となるでしょう」


 トレーナーとしての歴はハリントンの方が圧倒的に長い。メドハギが生まれる以前から指導をしているのだ。

 だが、メドハギは挑発的にサングラスのブリッジを押し上げて言う。


「今となっちゃ、俺の方がユオのことを知っている。指導を手放したことを後悔して吠え面かくのはハリントン教諭、アンタの方かもな」

「こ、こらハギ! 何てことを!」

「ふ……楽しみにしています。それでは失礼」


 ローブを翻し、ハリントンは去っていく。


「そろそろ男子レースが始まるぜ。声でもかけてやりな。アイツらはお前の事信頼してるみたいだしな」


 小言を言われる前に話題を逸らす。


「あ、あぁそうだな。誇り高い我が教え子を勇気づけてやらねば」


 上空にラルフとニコラスの姿が見えた。準備運動に余念がない。勝つ気満々といった雰囲気。


「勝てると思うか?」


 苦い顔をしたクリスが聞いてくる。


「無理だな。ここの生徒が普段の練習に使っているコースでよそ者が実力を発揮できるとは思わねぇ」

「……意地が悪いぞハギ。コース条件など些細な問題、実力不足だとハッキリ言ってくれれば良いものを」

「はっ、負け戦だと分かっていながら無邪気な生徒を励まそうとしているトレーナー様に、そんなヒドイこと言えませぇん」

「もう良い。貴様は貴様の仕事をしろ。模擬レースはすぐに始まる」


 クリスはハリントンと同じ方向へ歩いて行った。


「俺の仕事ねぇ」


 誰もいない通用口で呟いた。

 かつては選手として、今はトレーナーとしての職務と責任がある。


「これは本当に必要なことなのか……はぁぁぁ…………」


 魂がまろびでるほど深いため息を吐いて、スポーツバッグに手を置いたメドハギも歩き出す。


 廊下を少し歩いてやって来たのは女子用クラブハウス前。


 たかが高校生に更衣室とシャワールーム以上のものは贅沢過ぎる気もするが、シドールの生徒はこの施設を当たり前に利用する。

 ドリンクバーがあり、軽食を摂ることもできる豪華な部室のようなものだ。


「さーせん、ユオ・アップルトンをお願いします」


 ここは男性立ち入り禁止の空間で、用がある場合は扉の前に立つ女性警備員に呼んできてもらう必要がある。

 少しあって、扉の奥からユオがやって来た。


「ハギさん、本番まで時間がありますがどうしましたか?」


 ユオは身体にフィットする伸縮素材の黒い長袖シャツに白地に黒のラインが入ったレギンスを着ていた。その上にいつもの黒いマントも羽織っている。

 概ね、このような恰好が外套競争グァイリスにおけるユニフォームである。


 一見するとマント以外は競馬の騎手ジョッキーのような恰好。

 プロ選手ならばもう少し凝った衣装での出場が認められ、スポンサーや個人の好みによって自由に選択できるのだが、学生選手は大体決まったデザインのものを着用する決まりだ。


「黒が好きなんだな。髪の色とのコーディネートか」

「はい、あまり派手な物は好みではありませんし」


 袖の辺りを撫ででやや恥ずかしそうに言った。


 入場時間には間に合わせる、との旨を警備員には伝え、メドハギはユオを連れ出す。なるべく人の少ないところへと。

 メドハギは歩きながら言う。


「クラブハウスの雰囲気はどうだ?」


 メドハギの言葉にユオが震える唇を押さえつけるように笑う。


「正直、いたたまれないって感じです……。はは、いつものことなので慣れてますけど、外部クラブの指導を受けることが生徒にも知れ渡ってるみたいで、スパイが何してるって雰囲気ですかね……」

「ははっ、そいつは最高だな」

「最高……ですか?」

「だって皆がお前を敵対視してるんだろ? そんな状況で勝ったら気分爽快だぜ! レースが終わって負けた奴らを煽り倒せるって考えたらワクワクしてくるだろうが!」

「煽り倒すって……わ、私はそんな風には」

「お前言ったよな。復讐したいって」


 おたおたと煮え切らないユオに、メドハギはあえて冷静に言う。


「自分が幸せに生きること、自尊心を回復し過去にとらわれず生きることが最大の復讐だ……そんな生っちょろい事を言う奴は冷静ぶったクソ野郎だ」

「……」

「ユオは許せるのか? お前を馬鹿にしてゴミみてぇに扱い、尊厳を踏みにじった奴らとこれから仲良くやって行こうって気になるか?」

「それは……違います」

「だよな、俺もそうだ。相手を徹底的に叩きのめし、敵対したことを後悔するほどの苦痛を与えること。それこそが復讐なんだ。お前は優しいから俺みたいに挑発することはしないだろう。だがな! 心の中で嘲笑え、中指を立てろ! 『どうだ、これが私の力だ! 思い知れ雑魚共!』ってな」


 メドハギは身振り手振りを交えて言った。決して大げさなことを言ったのではない。かつての自分、そして今の彼女にもそれ位の強い感情が必要だったのだ。


「そして……楽しめ。復讐を楽しむんだ」


 いっそ口笛でも吹いている様な軽い調子で言った。


 シドールの敷地は広い。しかし、見物客が多く集まる日でも、探せば人目につかないスポットは意外と多い。

 高等部校舎・屋上。普段は施錠されていて生徒は立ち入りできないエリアである。

 かつてのメドハギが授業をスキップする時によく利用した場所だ。


 復讐についてを話す2人はマントで空中に浮かび、校舎の外から一息で到着した。見晴らしがよく、先ほどまでいた第3グラウンドがよく見える。


「そのスポーツバッグ。マントが入っていたんですね……」

「まぁな……よし、ここで良いだろう」


 スポーツバッグを地面に置いたメドハギは手を叩いて叫ぶ。


「はい、バーピージャンプ50回!」

「え……はい……?」


 突然のトレーニング開始コールにユオが目を丸くする。


「準備運動だ! バーピージャンプ、腿上げ、ダッシュを2セットずつだ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 準備運動なら入場してからの慣らし飛行で十分では……」

「馬鹿野郎! 慣らしでも魔力は消耗するんだ! 疑似魔術路に必要なのは心拍数! これからお前は本番開始までに魔力を温存しつつ、心拍数を適切なところまで上げなければならない! 大丈夫だ! お前だけにしんどい思いはさせない、俺も一緒にやる!」


 オープンスクールでの模擬レース。

 この話をクリスから聞かされた時、メドハギはほくそ笑んだ。

 ユオに自信を持たせる、絶好の機会だと確信したからだ。

 本番までの猶予はなく、迷っている暇は無い。

 躊躇するユオを無理やりに説得し、今日この場に引っ張ってきた。

 今の彼女に必要なもの。それは自信。

 このレースで勝ち、本番の踏み台とするのだ!


「はぁっ、はぁっ! 苦しいか⁉ その苦しさ、辛さをレースにぶつけろ! 上昇する心拍数はお前の想いの強さだ! 全てを叩きつけ、ムカつく奴らのケツを蹴り上げるんだ! ふははははははははははははは!」


「いっつも何の相談も無く、いきなり振り回す……はぁはぁ……っ、今はあなたのケツを蹴りたい気分ですよっ!」


 第3グラウンドから花火が上がる。どこまでも青い空に火薬が炸裂した。

 男子の模擬レース開始の合図だ。

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