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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第27話

 山の手の別荘地近くにあるフレイザーズ・クラブから都市中心部レダまでは車で40分。平日の昼過ぎとあって高速道路フリーウェイは空いており、シドール校には1時間ほどで到着できそうである。


「やっぱ金持ちの私立校だしお嬢様とかいっぱいいんのかな⁉」

「普通にいますよ。元貴族家系も多いですし、大企業の跡取り、政治家の息子なんかは当たり前で医者や弁護士の子供はごくありふれた存在です」

「ひゅ~う興奮してきたなニック! 俺、リッチなお嬢様といけない恋に落ちちまうかもしれねぇ!」

「僕はむしろ憂鬱ですよ……どう考えても僕らは場違いですし」

「僕ら、だぁ⁉ 確かにオッサンはいかにも金持ってそうにねぇし場違いだろうけどよ、俺は違うぜ! 今日は靴も磨いたし香水だってつけてきている! 気品に満ちているんだ!」


 ブチリ、と運転席で何かが切れる音がする。


「うるっせぇし、臭ぇんだよ! てめぇどんだけ香水ふってんだ! 車内が甘ったるくて胸焼けしそうだぞこら!」


 メドハギは声を荒げて手回しハンドルを回して窓を開ける。


「はぁこれだからオッサンは……この香水、流行りなんだぜ」

「知るかそんなこと! あとテメェ、シートにジュース零すなよ⁉」

「これ社用車だろ? オッサンの車じゃねぇじゃん」

「今は俺が運転してるから俺のもんだっ! 大人しくしてろ!」


 ルームミラー越しに赤目・赤髪の少年ラルフを睨みつけるが、ラルフは口笛を吹いて知らんぷりを決め込んだ。


「ハギさん、前見て運転してください」


 助手席のユオが注意を促してくる。


「あああクソ! 何で俺がガキ共の運転手なんだよ! お前らバスで行けよな!」


 メドハギはユオ、ラルフ、ニコラスの三人を連れてシドール校へ向かう。

 昨日、突如として決定されたシドール校との合同練習。それに参加するため、メドハギは運転手として駆り出されたのだ。


「どうせハリントンが言い出したんだろうなぁ……またあのババアに会うのかと思うと気が滅入るぜ……」

「私の移籍の件でしょうか……」

「多分な。お前は特待生って立場だから簡単にクラブを辞められねぇし、辞めさせるわけにはいかねぇ。どんな屁理屈で外部のクラブに指導を任せるのかと思っていたんだが……まさかこんな強引な方法とは……」


 外套競争グァイリスの選手は出稽古を行うことがある。

 選手が個人的なコネクションを通じて外部クラブや所属選手と合同で併せや訓練を行ったりすることだ。

 だがこれはあくまで特別な例。

 スパーリングパートナーをあてがうように、数日間だけ併せに参加することはあっても、長期にわたっての合同練習はまずありえない。

 ライバルであるはずの他所のクラブと馴れ合うことになり、クラブとしての体裁も良くない。加えて、誰が指導をしたのか、事故発生時の責任はどこにあるのか、など余計な問題が起こりかねないからだ。


 メドハギが現役の頃は稀にあったことだが、当時においても諸事情から出稽古という文化はほとんど死滅していた。


「シドール校にとってうちは外部クラブだが、長期休暇期間に合宿所として利用すること、定期的な模擬レースを開催することを条件に正式に連携していくんだとさ。これで俺たちフレイザーズとシドールは本番のレースでは敵でありながら協力し合う関係になったってわけだ、奇妙だがな」

「なるほど……つまり、私の所属をシドールから移すことなくハギさんや皆さんと練習できる、と……すごい。流石ハリントン先生です……ほんの2日で問題を解決するなんて!」


 メドハギは鼻で笑った。


「何がすごいもんか。学生リーグだから権利関係が曖昧だと思って無理やりに屁理屈を通しただけじゃねぇか。学生選手の出稽古なんて聞いたことがねぇぞ。まして出稽古を正式なものにするなんてほとんど反則技だ。プロだったらまず許されねぇよ」

「だからすごいんじゃないですか。針の穴を通すミドルシュートですよ」

「法の網目を潜ったんだよ」


 口では嫌味を言うものの、メドハギも彼女の手腕に舌を巻かざるを得なかった。

 2日で提携をまとめ上げたのも確かに感嘆すべきことだが、何よりも驚くべきは『フレイザーズにとってのメリットが何もない』点だ。

 この連携でシドール校のクラブは長期休暇期間に校外での練習場所を確保し、プロの指導を受けた外部選手と模擬レースをする権利を得た。対して、フレイザーズはどうだ。

 一体何を得たのだろうか。


(考えてもしゃあねぇか。きっと会長オーナーが上手くやったんだろ)


 未だ姿を見せぬクラブの会長オーナー。この大事を知らぬということはあるまい。

 出張先でこの一件をまとめたのはもしかしたら会長かもしれないな、と一介のトレーナーに過ぎないメドハギは上層部の思惑に思いをはせた。


「なんだよおい、渋滞か?」


 不意に車の流れが滞って停車する。


「レダの市制記念パレードが近いですからね。検問みたいですよ」

「面倒くせぇなぁ、オッサンどっか抜け道行こうぜ」

「今Uターンしたらめちゃくちゃ怪しまれるだろうが。それとオッサン言うな」


 一行を乗せたシルバーの小型乗用車は高速道路フリーウェイを下り、街の中心部に入った。


 レダ市中央区。ターミナル駅と官庁街を有し、高級路線の商業地でもある。レダ県はクラドア王国の第2都市であり、人口も2番目に多く、国内有数の商業都市として発展した。

 とりわけレダ市中央区のここオークストリートは高級ブランドショップがひしめくことで有名で、ここで買い物をすることが一種のステータスになるほどである。ちなみに地価は国内トップクラスだ。

 石造りにガラス張りの外観が並び、統一された青銅風の街灯が等間隔に設置されている。広告看板さえ色使いが規制され、この通り全ての外観が落ち着いた色に整えられておりブランディングの努力が感じられる。

 名前にもなっているオークの木は数10年前に落ち葉が汚いとの理由で全て伐採されたところがなんともおかしな点ではあるが、そのおかげもあってゴミ一つ落ちていない清潔な通りを作り出していた。


 前の車がゆっくり進むのに合わせて、メドハギもアクセルを踏む。


「先ほどの出稽古の話ですが、ブラック先生は現役時代そういった経験があるのですか?」


 車内の間を保つために気を使ったのか、ニコラスが後部座席から聞いてくる。


「まぁな、併せの相手が全員潰れたってんで、俺にまで話が回って来たことがある。大体2週間くらいだったかな。当時の俺は干され……レースの抽選に外れまくって時間があったからバイト感覚で行ったな……あ、ほらあれだ、あの看板のモデル」


 少し前のめりになって斜め前方、ビルの上部に設置された広告看板を指差す。


「え、ええええええぇぇぇ⁉ あ、あれは『皇帝』じゃないですか⁉」

「うっそだろ……あの『皇帝』の練習相手をオッサンが……ありえねぇ……」

「嘘じゃねぇよ。しっかしオッサン……随分格好よく撮ってもらったじゃねぇか。上手く皺を隠したな」


 興味無さげに言うと、学生たちは口を開けたまま固まってしまった。

 巨大な看板は高級マントブランド『ニャヴ・マーチ』の写真広告。モノクロでスタイルの良い中年男性がスーツにマント姿で堂々と掲げられている。


「ハギさん……本当に『皇帝』とお知り合いなんですか?」

「ユオ、お前まで疑ってんのかよ。1級だったしそれなりに有名人と会ったことあるのは当たり前だ」


 おぉ、と車内に感心のムードが広がる。


「ハギさん、あんた凄い選手だったんだな」

「皇帝と併せたことがあるだなんて、羨ましいです!」

「1級選手になると、ハギさんみたいな人でも美味しい思いができるんですね……」

「みたいなってどういう意味だこら」


 車をゆっくり前進させ、ため息を吐く。


(こいつら……レース界のレジェンドの名が出た途端見直しやがって! くそう、自分の人望の無さに涙が出る!)


 あまり自慢話や武勇伝を語ることはしたくないのだが、これで生徒達の尊敬の念が集められるなら、と情けない気持ちを抱く。


 ややあって、前方から警官が歩いてやって来るのが見えた。検問を終えた前の車がスピードを上げて走り去る。


「———っと、俺たちの番だ。大人しくしてろよガキ共。妙なことで捕まったら合同練習に間に合わなくなる。警官には愛想良くして損はないからな———」


 カンカン。


 言い終わるかどうかというタイミングで、警官が腰に下げた警棒を取り出して窓を叩いた。


「早く免許証出せ」

「あぁん⁉ テメェ、今窓叩きやがったなこら。免許証ぐれぇ口で言われりゃすぐに出すんだよ! 窓は開いてたんだからなぁ!」


 社内の子供たちの空気が一瞬で張り詰めた。愛想良く、とは何だったのか、メドハギが捲し立てる。


「それに今、『出せ』つったか⁉ 見せて『ください』だろうがよ! 俺とお前は友達か⁉ 俺は逮捕された犯罪者か⁉ 違うよなぁ、初めましてだよなぁ⁉ ならお互い敬語で対応するってのが筋じゃねぇのか、大人としてよ⁉ おぉう⁉」

「……良いから免許証出して」


 一瞬、面食らったような顔をした警官だったが、すぐに態度を戻してあくまで堂々と検問を始める。


「ちっ……ほらよ」


 文句を言いつつ財布から免許証を出す。

 受け取った警官はジロジロと免許証とメドハギの顔を交互に見る。


「メドハギ・ブラック……変な名前だな。東方系か」

「何か問題か?」

「ただの世間話さ。そう邪険にするな。そのサングラス外して見せろ」


 観察するような不躾な視線を受け、ルームミラーを真下に向けてからゴーグル型のサングラスを外した。

 警官が目を細めたのを見てメドハギはすぐにサングラスをかけなおす。


「乗っている子供たちは何だ?」

「うちの生徒。俺は外套競争グァイリスのトレーナーだ」

「ふぅん……」


 あからさまに疑いの目を向けられている。ブラウンの瞳がやけに偉そうに感じられる。


「君たち、この男の人は知ってる人?」

「おいこら、俺を誘拐犯だとでも?」

「黙ってろ、私は今子供たちに聞いているんだ」


 問われた生徒達がそれぞれ答える。


「はい。私のトレーナーです」

「間違いありません。フレイザーズ・クラブです」

「この人、怪しく見えるけど確かにトレーナーっすよ。安心してよお巡りさん」


 何が気に入らないのか依然として警官はメドハギを解放しようとはしない。仏頂面で睨み続ける。


「問題ねぇなら早く通せよ」

「トランクの中を見せろ」

「前の車にはそこまでしてなかっただろ。何で俺に粘着する」


 警官は再び警棒で窓を叩いた。早く下りてトランクを開けろ、ということだ。

 メドハギは舌打ちをして降車し、後ろに回ってトランクを開ける。

 当然、見られてマズい物などない。生徒達の飛行用マントと応急キットが入っているだけだ。


 だが、警官は応急キットの箱を許可も無く開けるとニヤリと口の端を歪めた。


「正当な理由無く刃物等を携帯するのは違反だな」


 ハサミを摘まみ上げ、ぶらぶらと見せびらかすように掲げる。


「罰金300ライカ、だ」

「あ? ふざけるなよ。それはバンテージとか湿布を切る為のもので刃渡りは6センチ以下。銃刀法には触れないはずだ」

「確かに。だが軽犯罪法には触れる。言っただろ、正当な理由なく刃物は持ち歩いちゃいけないんだ。護身用と言ってもナイフを持って良い理由にならないように、手当が必要になった時の為って理由で刃物を持っちゃいけないんだよぉ。分かるかいお兄さん?」

「てめぇ……」

「おいおい殴らないでくれよ? 暴行と公務執行妨害の罪まで加算されるぞ?」


 これはただの嫌がらせ。この程度のことには慣れている。

 他人のことを同じ人間だと思っていないタイプだ。

 しかし警官の言う通り、ここでこの男を殴りでもしたらそれこそ思うツボ。

 大人しく引き下がるほかない。


 諸々の手続きを終え、後日支払いをするということでこの一件は片付いた。

 生徒達が乗る車に戻ったメドハギは警官に声をかける。


「おい悪徳警官。俺たちの前の車の運転手の瞳は綺麗だったか?」

「さぁな、いちいち覚えてない」

「警官らしい良い性格してるぜアンタ。だがな、俺はアンタの被害者にはならねぇよ。俺の領域テリトリーに踏み込んだことを後悔するんだな」

「魔術も使えんカスが偉そうなことを言うな。俺はただ違反者を取り締まっただけだ。ふふ、今度はハサミが見つからない様に奥へ奥へ、しまっておけ。その不気味な目のようになぁ」


 メドハギは車を発進させた。


「「「「……」」」」


 車内に葬式のような沈黙が流れる。


「その、大丈夫ですか……?」


 意外にも凍った空気の中で最初に動いたのはユオだった。妙に気遣いのある言い方である。


「大丈夫、大丈夫、こんなもん丸めてポイだから」


 メドハギは受け取らされた違反切符を丸めると、言葉通り窓の外に放り投げた。


「な、何しているんですか⁉ 反則通告を無視したら裁判所行きですよ⁉」


 後部座席のニコラスが信じられない顔で叫んだが、メドハギは笑顔のまま軽い調子で言う。


「俺の個人情報が書かれた書類にちょちょいとな、細工をしてきた」

「ま、まさか、魔術を使ったんですか? 燃やすとか⁉」

「んな危ねぇ魔術、簡単に使う訳ねぇだろ。子供の悪戯イタズラ程度のことだよ。お前らも小さい時やったはずだぜ、紙飛行機にほんの少しの風の魔術を加えて遠くに飛ばす遊びをよ」


 メドハギが何をしたのかを理解したようで、ラルフが豪快に吹きだす。


「ぎゃははははははは! あんたまさか、書類を吹っ飛ばすつもりか⁉」

「あぁ、アイツが書類を持って行ったパトカーの窓は開いていた。書類はバインダーを抜け出して術が切れるまで無秩序に空へかっ飛んでいくだろうぜ。今までやってきた取り締まりの書類もまとめて飛んでいくだろうから、きっと今頃大慌てだろう。見れないのが残念だ、ぎゃははははははははははははは! 痛快痛快! 例え俺の書類が偶然発見されたとしても、他の違反者の書類全てを回収することは不可能! 自分の失敗を丸ごと隠蔽するためにアイツは泣き寝入りするしかねぇっ!」

「ハギさん、アンタ最高だ!」


 大笑いするメドハギとラルフ。

 ユオは苦笑いをして、ニコラスは頭を抱えた。


「偉そうなポリスメンを馬鹿にするのは最高だなぁ! ハーッハッハッハァッ!」

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