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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第26話

「初めはただの癖かとも思ったんだがな、やっぱりそうだった。エルフだから当然と言えば当然だ」

「分からないのですが、ハギさんが何を言っているのか……」


 ユオは心臓を鷲掴みにされたような気分になっているのだろうな、と容易に想像ができた。本人が知らない自身のことを他人が知っている様な、奇妙な感覚に陥っているはずだ。

 メドハギも体験したことなので気持ちはよく分かった。


「魔術路ってあるだろ? 魔術師が持つ肉体に流れる見えない器官。通常その円環を通さなければ魔術は使えねぇしマントだって操作できねぇ……だが、例外があるんだよ」


 エルフだ、とメドハギはユオを指差す。


「エルフはヒトと違って魔術路を介さず、魔術が行使できる」

「そんな……非常識なこと私できませんけど……」

「いや、できる。現にお前は既にできている。魔術路ではなく血管を通して疑似的な魔術路を構築しているんだ」

「け、血管……⁉」


 そしてメドハギは自分の知っているエルフの『疑似魔術路』のことを説明し始める。


 古代エルフは、人の街から離れた森の奥地に集落を築いて生活する狩猟採集民族だった。ヒトが農耕を始め、科学を発展させる間もエルフは原始的な生活をひっそりと続けてきた。

 獲物が獲れれば腹を満たすことができ、獲れなければ我慢するしかない。安定や安心など皆無と言える生活。エルフは長命故にある時代では不老の研究と称しヒトに狙われ、ある時代では頑丈な奴隷として扱われてきた。

 そうして古代エルフは人間社会との距離が近づき、次第にその数を減らしていくことになるのだが、事実として彼らは近代までの長い間、独自の文化と生活を連綿と続けてきた。


 エルフがヒトと比べて長命だから可能だったのではない。

 そこには別の理由があったのだ。


 それこそが『疑似魔術路』である。


 魔力を魔術路で加速させることで魔術は使える。だが、燃料ガソリンが無ければ車が動かないのと同じで魔力が不足すれば魔術は使えない。

 例えば、今まさに自分を殺さんと腹を空かせた雌熊が突進してきたとする。逃げられる状況ではなく、狩猟活動の疲労により魔力も少なく撃退する程強力な魔術は放てない。

 絶体絶命。

 そんな過酷な状況を打破する為に開発された奥の手こそが、『疑似魔術路』なのである。


 魔力の加速装置である魔術路を血管系にて再現する技。


 血管は魔術路よりも太く丈夫で、心臓ポンプによってより早く全身に血液を巡らせる。血流の中に魔力を込めるのである。魔力は加速すればするほど大きなエネルギーとなる為、血管系を使った妙技は魔力路よりも強大な力を使うことができたのだ。


 疑似魔術路、それはエルフが獲得した生存能力なのである。


「私にもその力があるのですか」

「あぁ、お前が初めに見せたとんでもねぇ加速は疑似魔術路によるもののはずだ」


 ユオの飛行ペースが速まってしまう癖があるのもこの為である、とメドハギは考える。

 レース中は壁を蹴ったり、障害物を乗り越えたり強度の高い全身運動を余儀なくされる、息は切れるし、酸素を運ぼうとして鼓動はどんどん速くなる。心臓が活発に動くという事はそれだけ魔力は漲り、マントに流れる魔力が多くなり、結果として速度は速くなっていく。


 ユオは無意識に疑似魔術路を構築している、とメドハギは確信していた。


「で、でも、エルフにそんなことができるなんて……お母さんにも聞いたことが無くて、正直すぐには飲み込めないというか……」

「知らないのも無理はねぇさ。お前の母ちゃんだって現代に生きるエルフだ。現代に生きるエルフってことは古代エルフじゃねぇ、狩りをして生きているわけじゃねぇだろうし、どこかで技術の伝承が途切れちまうのも当然だ。お、そういえばユオん家の親は何をしてるんだ?」

「パン屋です」

「そうか、今度買いに行くよ」


 説明を終えた頃には二人のカップは空になっていた。


「つまり、お前の武器とは疑似魔術路を使った圧倒的な加速力、それをレースにどう活かすかは、お前次第だぜ」

「私の武器……」


 唇を少しだけ開いてユオが呟いた。


 その姿を見たメドハギは少しだけ昔を思い出す。


 シドール校へ入学が決まったことを報告し、自分よりも大きく喜び、涙を浮かべた師匠せんせい。力強く抱きしめられて黒髪と長い耳が自分の鼻に当たってくすぐったかったことを覚えている。


『ハギ坊は立派になった。儂の教えもこれにて終いじゃな』


 いつも軽い調子でいい加減なことばかり言うのに、声を震わせるものだから面食らった。


「ハギさん」

「ん、何だ?」


 声をかけられハッと我に返る。


「……ハギさんは何でそんなに………………」

「何だよ、モジモジしやがって。便所ならここに無いぞ」

「違います! そんなことが聞きたいのではなくて……も、もう良いです! 本当に行きたくなってきた気がするので失礼します!」


 ユオがコース地下道をパタパタ走っていく。


「ハギさん」


 だが、中途半端に止まってこちらを振り返った。長い黒髪が遠心力でふわりと広がり、銀色の瞳が少し細くなる。


「……ハギさんがトレーナーで良かったと思います……。また色々教えてくださいね」


 そう言うと、さっきより速いスピードで走り去った。


「急にデレやがって何なんだよ。やっぱり若い子のことは分からん……」


 正直、今の彼女にしてやれることは多くない。本番まで僅か10日。基礎トレーニングをしたところで急激に強くなったりはしない。

 伝えるべきことは伝えた。ヒントも与えた。

 あとは彼女を信じるだけ。


 メドハギは天を仰ぐ。


「あ~……自分が出場するより緊張してきた……ユオの奴、本当に分かってるかな……」


 彼女に足りないものは、おそらく自信だ。


 才能と技術もある。努力もしているし、メドハギと出会った強運も持っている。自分の力を信じることさえできれば次のレースを取りこぼすことなど考えられない。

 だが、『自分を信じろ』と安いセリフを言ったところで何の役も立たないだろう。

 貧乏人に『金が人生の全てじゃない』と言ったところで何の気休めにもならないように、どれだけ言葉を重ねても彼女の自信が回復することはないはずだ。それほどまでに彼女は傷ついているのだ。


 言葉が意味を為さないのなら、彼女を変えられるのに必要なものは行動、あるいは経験しかない。

 彼女が自信を持てるような成功体験が必要だ。

 トレーナーとしてできることがまだあるのかもしれない。

 そう考えてフ―、と長い息を吐いた。


「生徒を気に掛けるとは、ハギもトレーナーらしくなってきたものだ」

「うおおおおおお⁉ クリス! テメェいつからそこに⁉」


 突然声があって振り返ると、石段の上すぐ後、石柱の影に暗い肌の長身の男が立っていた。何故か不気味なほど良い笑顔だ。


「おい、良く聞けハゲ? 緊張ってのはアイツを気にかけているってことじゃねぇ。俺は自分の初めての教え子がポカして俺の経歴に傷をつけねぇか、と緊張しているだけなんだ…………だからよぉ、その生温かい笑顔を止めろ!」

「誰も、まだ、何も、言っていないぞ?」

「ふん……出来の悪い教え子を持つと苦労するって話だぜ……んで何の用だ。サボりとか言うなよ? 生徒の相談を受けるのも立派な仕事だ」


 誰かに向かって言い訳するメドハギ。


 そして、クリスは何故か目を輝かせて知らせを伝えた。


「シドール校と我らがフレイザーズ・クラブが外套競争グァイリス振興を目的として提携することになった! さしあたって、明日、シドール校オープンスク―ルのクラブ紹介にて合同練習をすることとなったのだっ! お手柄だぞハギっ!」


 メドハギは抑揚の無い声で呆れたように言う。


「会話下手かよ。はぁ、もう1杯コーヒーが必要みてぇだな」

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