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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第25話

 メドハギは外套競争グァイリスのトレーナーになった。生徒から尊敬されているとは言えないが、仕事に支障はない。昨日はクリスと他の職員らに歓迎会をやってもらったし、元一級という経歴のおかげでプロ選手ともうまくやれている。

 それなり、否、上々と言えるまでの溶け込みっぷりである。

 コミュニケーション能力が特別高いというわけでもないのだが、大陸中を旅した様々な経験が活かされているのだ。


 だが、全てが順調かと言うとそうではない。実のところ、事態はかなりひっ迫している。


「一体どうしたのだこれは……本番まで10日だろう? 昨日は調子が良さそうだったのに……」


 クリスが呟く隣でメドハギは苦い顔をした。


「ユオちゃん大丈夫……?」

「はぁっ……はぁっ……!」


 ユオが荒い息を繰り返して地面に膝を付いた。

 本番を意識して飛んでみろ、というメドハギの指示でユオとエイダが併せを終えたところだった。

 呼吸に合わせて肩が上下し、長い黒髪が汗に濡れて肌に張り付く。明らかな疲労状態で発汗の割に肌が青白くなっている。


「はぁはぁ……少し休めばある程度は回復……するので、気にしないでください……」

「そ、そうなの……?」


 ユオのプレーは悪くなかった。

 タイムが落ちたわけでもなく、普通にゴールすることができた。だがゴール後のこの異常なまでの疲労の色にクラブメイトが心配そうな顔をする。


「ほらほら、他の子は自分の練習! サボるなよ!」


 クリスが檄を飛ばし、生徒達が各自の練習へ向かっていく。

 赤褐色の土で作られたコース。いつものゴール地点である教会の前にはメドハギとユオだけになった。


「……」


 メドハギは考える。

 彼女の身体は特別。クリスやエイダとは違う身体構造をしている。

 おそらく彼女はそのことに気づいていないのだろう。

 知っていたならこんな無様な姿を晒すことも無く、学生レースの中位程度で躓くことも無かったはずだ。


 教えるべきか。本来ならば同じエルフである母親が教えることなのだが。


 抜けるほど青い空をサングラス越しに見上げた。


「……ごめんなさい」


 視線を正面に戻すと、ふらふらと頼りなく立ちあがったユオがやってくる。


「あん? 何が」

「……今日のハギさんはずっと怒っているみたいでしたから……私が不甲斐ないからですよね……」

「ユオ」


 ユオは俯きがちにお腹を抱え込む。


「せっかくトレーナーになってくれて、環境も変わったのに……本人である私が何も変われないんじゃどうしようもないですよね……」


 小さな唇が震え、輝いていたはずの銀色の瞳がくすんでいくように思えた。きっと今の彼女は誰が見ても『自信が無い』状態だと思うだろう。


 メドハギは鼻を鳴らす。


「そうだな、正直言ってがっかりだ。慰めてもらえるとでも思ったか? 『そんなことないよ』ってヨシヨシするとでも? 同情を誘ってまるで何かの被害者みたいに弱者を演じる……そんなやり方は弱虫、卑怯者のすることだぜ」

「そ……そんなつもりじゃ……」

「じゃあ何故謝る。お前はわざと手を抜いて俺を困らせようとしたのか?」

「そんなわけないです……!」

「なら謝るな。一生懸命やってんなら胸を張れ。何が悪いって顔で堂々としてろ」

「……っ」


 ユオは唇を噛んで黙り込んだ。目じりいっぱいに涙を溜め、突けば一気に決壊しそうだ。


「だああああもうっ! ウジウジウジウジしやがって! そんなに悔しいなら言い返せよな、説教だ! 来いっ!」

 今にも泣きだしそうな女の子に詰め寄る姿など他の者には見せられない。クリスに見つかればそれこそメドハギがお説教されてしまう。


 メドハギはユオの手を取ってコースの内側へ連れて行く。


「もう次の組が飛び始めているからな、ここは危ない」


 教会に伸びる直線の道の上空に人影は無い。何もない空の方を見て言った。


 ×××


 練習場の中央にはコース生成に使われる石造りの儀式場がある。魔術的意味のある塔やアーチなどが集合し、淡く光を放つ白亜の城の様に見える。しかし、当然機能は伴わず土で作る街並み(コース)と同じくハリボテである。魔術的に重要なのは形なのだ。


 二人は儀式場に入場し、手近な石段に腰を下ろす。


 ユオは相変わらずソワソワと落ち着かない様子で目を赤く腫らしている。


「ユオ、大事なのは自信を持つことだぜ。どんなに怖いことでも強い敵がいても、俺ならできるって心底思えたなら勇気が湧いてくるもんだ」


 言いながらメドハギはキャンプ用バーナーとカップでお湯を沸かし始める。


「たまにここでサボってるから便利グッズを隠してるんだ。クリスには内緒な」


 悪びれもせず言うと、石段にはコーヒーとどこから取り出したのか缶入りのクッキーが並んだ。


「砂糖なしでコーヒー飲めるか? 俺はコーヒー党だから紅茶はねぇんだ。今度はココアとかも用意しておくからよ」

「あの……いえ、はい……」


 何が起きているのか分からない、と顔に書かれているようなユオを無視してメドハギはコーヒーに口をつける。


 苦みと香りが口に広がる。


「うん、美味い」


 酒と同様、銘柄や焙煎度合いなど細かいことに頓着は無い。それでもコーヒー党なのだ。


 ユオはカップを受け取りはしたものの、口をつけずに両手で握っていた。

 それを横目で見つつメドハギが「さて」と切り出す。


「ユオよぉ、今の飛行スタイルはどうやって身に着けたんだ?」

「小さい頃にいたリトルクラブとか、シドールで……」


 メドハギは返答があったことに内心ほっとしていた。泣きそうなまま黙り込まれたら、こっち泣きたくなりそうだったのだ。


「そうか、窮屈じゃね?」

「窮屈、ですか……?」

「あぁ、俺も入学したばっかの頃、ハリントンにしごかれて基礎だなんだと教科書通りの飛行をしていたんだ。でもな、俺には合わなかった。俺は魔力量が特別多いわけでもなかったから上り詰めるには人と同じことをするわけにはいかなかったんだ」

「だから挑発飛行を……?」

「なんだ知ってんのか、あ、調べたとか言ってたな……まぁそうだ。勝つためにあらゆることを試した。世間の奴らはあまり理解しようとはしなかったがな……」


 サングラスの奥の瞳が遠くを見る。


「とにかく、自分に合ったスタイルってのが大事だと思うのよ。ユオ、お前はどうなんだ? まだお前の飛行をたくさん見たわけじゃねぇが、前の方に付ける先行策がかなり多い。何か勝算があってやってんのか? その作戦が一番合ってんのか?」

「……ある程度スタミナを温存して好位をキープすることはレースの王道だと習いました……残した魔力をラストスパートで解放する、多くの選手がこの戦法なので……」

「確かに王道はそうだ。だがな、実際のレースにおいて王道の飛行で勝てる奴ってのは力押しで勝てるくらい魔力量に恵まれた奴だけだ。先行策ってのはそこそこのペースで順位を維持しつつラストスパートで再加速する必要がある。並みの選手じゃ運次第で勝ったり負けたりするのがせいぜいだ」


 ユオはようやくカップに口をつけた。砂糖抜き(ブラック)が得意ではないのか一瞬渋い顔をした。


「これは……ある意味、呪いだと思ってる」

「呪い、ですか……?」

「王道の飛行をして勝つ。他を寄せ付けず、実力を見せつける古典的クラシックなスタイルこそ最も品格がある飛行だって考える奴は今でも多い。事実、1級の上位層なんかは今でもそのスタイルが多いから、参考にしがちだ」


 だがな! と力強く付け加える。


「先行策をしなくちゃならない、なんてルールは無い! 自分には何ができるのかを知り、自分の得意な事で勝負した方が勝率は絶対的に高い! 弓の名手がわざわざ剣を取って決闘に挑む必要は無いだろ? ユオ、お前はまず自分の武器を知れ、自分には何ができるのかを考えるんだ」


「私の、武器……」


 ユオはカップの黒い水面に視線を落とした。


(先行策自体は悪い作戦じゃねぇ、好位につけることは確かに有利。それは当然だ。だがユオ、気づけ。お前の武器はそれじゃねぇだろ。俺はお前を勝たせると約束した。こういう風に飛べと指示することは簡単だ。でもそれじゃあ失敗する。お前自身が気づき実行しなくちゃ意味が無い)


 唇を尖らせ、しばらく考え込むような素振りをしたユオがおそるおそる言う。


「……柔軟性……?」

「馬鹿! 違ぇよ! 爆発力だ、爆発的なお前の加速力! 今さっきもエイダとの併せで見せただろうがっ! あの異常なまでの加速だよ!」

「そ、そうは言ってもですね……私は体質のせいなのか大量の魔力を使うとすぐにダウンしてしまうんです……ハギさんも分かっていたからこそペース配分を掴む練習をさせていたのですよね?」

「はぁ? 俺がそんな眠てぇことさせるわけねぇだろ。昨日、遅いペースで飛ばせたのはただの確認だ」

「確認、ですか? 一体何の……」

「お前の言う体質ってやつの確認だ。そして確認は既に終了した」


 一呼吸を挟んで、メドハギは後頭部を掻きながら言う。


「お前、自分では抑えているつもりだろうが、レース後半になるにつれて僅かにペースが速まってるのに気づいてねぇだろ?」

「え……」

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