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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第24話

「で、出た! メドハギ・ブラックだ!」


 UFOでも発見したかのような声を上げた記者達が駆け寄る。


「そのサングラスは……あなたはメドハギ・ブラックさんで間違いありませんね⁉」

「いかにも」

「何故ここへ⁉ トレーナーとしてカムバックするとの噂がありますが!」

「まったくもってその通り、おい写真は構わねぇがイケメンに撮ってくれよな。あ、グラサンだからイケメンかどうかなんて分からねぇか、はっはっは!」

「お、おぉ! その不敵な喋りはまさしくメドハギ・ブラックだ!」


 色めき立つ記者と余裕な態度を示すメドハギとは裏腹に、クリスは額に汗を浮かべて唇を舐める。


(頼むから余計なことは言ってくれるなよ)


「仕事が残っているから手短に頼むぜ? んで、何が聞きてぇんだ?」


 フラッシュが連続し、サングラスのつるに反射する。

 ペグは一度咳払いをして落ち着いた後、取材を始める。


「これは意外な対応……では! あなたは5年前に突如姿を消したわけですが、その真相をお聞かせ願えますかな?」

「貴様、どの立場でそのようなことを!」

「良いよクリス」


 メドハギの引退の真相はクリスにも分からない。

 だが時期を考えれば『例の噂』が関わっているだろうということは想像に難くない。そして、その噂をまるで真実かのように報道したのは目の前にいるメディア連中なのだ。

 自分たちで追い込んでおきながら白々しい質問をする彼らにクリスは眉を吊り上げた。


「真相つってもなぁ……俺はただ旅に出ただけだしなぁ……」

「……はい?」

「南から東へ、そして北の方を通って大陸中を見てきたのよ。面白ぇ旅だったぜ? 現地で日銭を稼いで渡り歩くってのも良い経験だ。看板持ちに現場作業、飲食店。遠洋漁船にも60日乗ったがあれはマジでキツかった~、稼げるが命がいくつあっても足りねぇ。ま、おかげで魚を食べられるありがたみは分かったけどな~。おい兄ちゃん! カメラ仕事に飽きたら俺に連絡しなよ。稼げる仕事紹介してやるから」


 メドハギはカメラ男の肩に手を回して笑う。写真フィルムを巻き戻して取り出すベルが愛想笑いをした。

 ペグの顔が困惑に歪んでいく。


「いえあの、そんな話を聞きたいのではなく……」


「飯は南の方が断然美味かったかな。スパイスが効いてて食材も豊富……あ、別に北の食文化を否定したわけじゃないぜ? 差別的な味覚とか書かないでくれよな、はっはっは!」

「い、言い方を変えます! 5年も旅から帰らなかったわけを教えてください! 当時のあなたは一級で活躍し最高順位は95位! 思い付きの旅でその地位を捨てるとは考えづらいですよ!」

「男には……旅に出たくなる時があるもんよ」

「ふ、ふざけやがって話にならない……あなたは! 当時、『戸籍の偽造』と『無戸籍』疑惑がありましたよね⁉ 公文書の偽造は重大な罪です。逮捕と世間の非難が怖くて逃げだしたんじゃないんですか⁉」

「無戸籍だぁ? バカ言ってんじゃねぇよ、無戸籍でどうやってパスポート取るんだ? 会社に登録する銀行口座はどうやって作るんだ、なぁクリス⁉」

「あ、あぁ……給料の振込先口座は既に確認してある」

「だとよ、記者ならちゃんと裏取りしやがれってんだ。ジャーナリズムを会社に忘れてきちゃった?」


 ペグの顔がみるみる内に真っ赤になっていく。


「火のないところに煙は立たないんだ! 真相は別にあったとしてもアンタの戸籍に問題があるのは事実のはずだ! そのせいで協会から睨まれレースを干された! そうだろ⁉」

「干されたんじゃねぇ、俺がこの世界を見限ったんだ」

「ちっ……あくまではぐらかすか……じゃあ何で戻って来た、借金があるらしいじゃないか」

「クリスに頼まれた。それ以外に理由はねぇよ」


 メドハギは冷静に、あくまで淡泊に答えた。


「どうして借金をした?」


 だが、この瞬間。

 メドハギの頬が僅かに引き攣り、ペグはその瞬間を見逃さなかった。


「おかしいよなぁ、一級選手の中位以上は十分にセレブなはず……若くして引退したとしても手元には莫大な賞金が残るはずだ。それこそ事業に失敗したり、ギャンブル中毒にでもならない限り、こんなクラブでトレーナーをしなければならないほど落ちぶれたりはしないはず……一体何があった?」

「……別に大したことは無ぇよ。旅行で散財し過ぎただけだ。派手に遊んだからなぁ」

「ほう……日銭を稼ぐ旅で豪遊したと? 嘘だな、やっぱり問題は国を出る前にある」

「それを調べるのがお前らの仕事。情報源ソース探してあちこち掘ってなハイエナ共」

「こ、このガキがっ」

「ハギ、そろそろ戻ろう」


 荒い息を立てるペグをよそに、クリスがメドハギを連れて立ち去ろうとした。


「では、我々は仕事がありますので失礼します。これ以上ここに居座るつもりならば警察を呼びます。その覚悟がおありならばどうぞそのままで」

「うわーなんて嫌味な言い方! お前昔からそういうとこあんな」

「うるさい、貴様が戻ってきたせいだ」


 ここはあくまでクラブの建物内。強引な記者といえど勝手は許されない。

 だが、悪童メドハギの態度がペグのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。


「……んな」

「あ? 何か言ったかハゲのおっさん」


 赤を通り過ぎ、どす黒い顔をしたペグがロビーを踏み越えると、


「舐めるなよクソガキがあぁぁぁっ!」


 メドハギ向けて突進をしかけてくる。


「何も分からず終われるか! せめてそのダせぇサングラスを奪ってテメェの瞳を国中に晒してやるっ、今までどの記者も撮れなかったテメェのその瞳をなぁっ!」


 即座に動いたのはクリスの方だった。ボクサーのように左手を前にファイティングポーズを取る。


「落ち着け」


 静止を求めるメドハギの声が、何故か弾んでいた。


「おっさん、これな~んだ!」


 突き出したメドハギの右の掌に何かが乗っていた。円柱状の薬入れ(ピルケース)のような形で側面から半透明の黒いシートが数センチはみ出している。


 メドハギのサングラスに手を伸ばしかけたペグはそれを見た途端、動きを止める。


「ネガフィルムの金属筒パトローネ……」

「そう、正解♪」

「そんなものが一体なんだって……はっ! お、おいベル! カメラは⁉」


 ベルが首から下げる自身のカメラを掲げる。


「なに怒鳴ってんすか、普通にここにあるっすよ」

「違う! フィルムだ! 今、巻き戻したフィルムは⁉」

「それならジャケットの内ポケットに……え……あれ……ない」


 ペグの沸騰した顔が急激に冷えていく。

 その変わりようが面白かったのか、メドハギは邪悪に口の端を歪める。


「この廊下はこの時間日当たりが良いよなぁ」


 彼が今何をしようとしているのかを理解したクリスは額に手をやって「やれやれ」と首を振る。


「ば、バカ! それには別の取材の写真も入ってるんだ! や、やめろ!」


 メドハギはフィルムの端を摘むと、


「誰のサングラスがダせぇだと? いいか! 俺の目の秘密を知りてぇなら決死の覚悟で来やがれ! ここは俺の領域テリトリー、薄ぎたねぇ卑しいハイエナ如きが近づいて良い場所じゃねぇんだよ!」


 思い切り引っ張った。


 半透明のフィルムがバラバラと床に散らばり、全てのフィルムが引き出された金属筒パトローネを床へ叩きつけた。


 ネガフィルムは光の当たらない部屋で規定の液剤を用いて現像する必要がある。

フィルムは表面に光が当たることで画像を焼き付けるのだが、構造上、光を多く取り込むほど画像は黒くなってしまい、反転してプリントした場合、白一色の写真になってしまう。それを防ぐための容器が金属筒パトローネなのだ。つまり、フィルムは長時間光に当ててはならないのである。


「こうなっちゃ写真はもう使い物にならねぇなぁ」

「ふ、ふざけるなよ! こんなこと許されねぇぞクソ野郎!」

「許してもらわなくて結構! 人のこと嗅ぎまわっておいて噛みつかれたら被害者面か? 狙う相手を間違えたな! 芸能人のケツでも追っかけているのがお似合いだぜ、ぶわっははははは!」

「……」


 やり過ぎだ、と本来ならばたしなめる必要があるというのに、クリスは馬鹿笑いを上げるメドハギをただ見ていた。

 記者に掴みかかる瞬間を収められたフィルムを消す為にメドハギが動いてくれたから、ではない。

 感謝の気持ちが無いわけではないが、そんなことよりもクリスには気になることがあった。


(まるであの頃の……)


 街で再会した時、5年ぶりに会うメドハギは大人になっていた。くだけた調子に社会人とは思えない態度はあったものの、それでも以前に比べれば落ち着いた性格になっていた。

 バーで青い目をしたチンピラが赤い目の老人に絡んでいた時、殴り合いの喧嘩に発展すると思った。メドハギはそういう男だった。

 だが、その時のメドハギは割って入りはしたものの波風を立てないように上手く立ち回り、実に大人な対応を取った。


 やんちゃだった若者が歳を重ねる毎に角が取れるように、メドハギも大人になったのだと思った。

 だが、この悪ガキっぷりはどうだ?

 わざと相手を怒らせ、あざ笑うかのような口ぶり。


 あの頃のまま、ではない。あの頃に戻っているのではないだろうか。


「あん? ……何笑ってんだよ」

「……何でもない。仕事に戻ろう」

「おう……にしてもあれだな、アイツらがハイエナなら俺たちは犬だな」

「どういう意味だ?」

「会社に飼われる会社員ペット

「ふっ、俺はそうかもしれんが貴様は…………ほら、トレーニングメニューの会議だ」

「しっかり働くとしますか、わおーん!」


 トレーナーとなったメドハギ・ブラックがこの世界に如何なる影響をもたらすのか。


 期待が7割、心配が3割。


 クリスの足取りは軽い。


 ×××


「こ、これが噂に聞くブラックのパパラッチ対策っすか……」

「その昔、ある記者はカメラそのものを破壊され、追跡されないようにタイヤをパンクさせられたらしい……噂じゃ半殺しの目に遭った奴もいるとか……」

「えぇ……本当に元アスリートっすかアレ? 頑なにサングラスも外さないですし、不気味っすよ」

「秘密だらけだからこそ暴いた時に大スクープになるんだよ……クソクソクソ! 俺は帰る! ベルは敷地の外で張ってろ、ブラックの写真取れたら帰って来い」

「えぇっ! 俺一人っすか⁉」

「当たり前だ! テメェがフィルムを掏られたんだろうがっ! 奴がサングラスを外す瞬間が撮れたら儲けもんだ」

 ペグは「それに」と付け加え、

「すぐに記事にしてやる。今の奴の写真が必要だ……舐めんなよクソガキが」

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