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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第22話

「はぁっはぁっ……!」


 サングラスの奥の瞳が少女を捉える。


 1周2000メートルのコースをインターバルを挟んで3週目。息が上がって苦しそうだが、飛行姿勢に大きな乱れは無く、速度も一定をキープできている。

 漆黒のマントと長い黒髪が風になびき、滑らかな軌道を描く。

 レベルが高い程、選手の飛行フォームは美しいと言われる。学生のユオはまだまだ粗削りな部分が否めないものの、同世代のラルフやニコラスとは比較にならないほど磨かれている。

 単に、彼女が幼少から飛行練習をしていたからではない。彼女の努力と才能があってこそだ。


『流石に我らが母校の生徒は違うな。よく鍛えられている』


 無線からクリスが感嘆の声が伝わる。

 だが、メドハギは驚いた様子も無く、鼻を鳴らした。


『ふん、この前の併せを見れば、これ位やれることは分かってたさ。関節の可動域が広いことは柔軟体操を見れば分かっていたし、軸の安定感はインナーマッスルが鍛えられている証拠だ』

『だが、分からんこともある。この間のエイダ君との併せでは一周しただけで倒れ込んでしまっただろう。なのに、今日は既に3周以上もしている。一体どういうことなのだ。ペースを落としているとはいえ……分からんな』

『無理もねぇさ。コイツの魔術路は特殊だからな。繊細なお姫様なんだよ』

『原因が分かっているのか?』

『まぁな———っと、そろそろ姫様がご到着だ。丁重におもてなししろ』


 飛び終えたユオがゆっくりと降下するのを確認して、メドハギは無線を切った。

 即応員としてコース上空を飛行していたメドハギも降下する。


 着地すると、クリスが何やら興奮した様子で捲し立てていた。


「すごいぞユオ君! 正直持久力は無いものだと思っていたのだが、この安定感ならば長距離のレースにだって出られそうだ!」

「はぁ、はぁ……ありがとうございます」


 ユオは手渡されたボトルに口をつけ、運動着の袖で汗を拭う。


「バーカ、タイムを考えろよ。どう考えても短距離、中距離向きだろうが。お前の目は節穴か」

「つい先ほどまで二日酔いでダウンしていた新人トレーナーにだけは言われたくない」

「おっと、先輩面するなら説教の前に俺の分の水も持ってきてくれ。午後からずっと飛びっぱなしなもんでね」


 嫌味っぽく笑うと、クリスは文句を言いながらもベンチの方へ走って行った。


 魔術路の故障によって飛行を制限しているクリスにとっては耳の痛い冗談だろうが、メドハギに言われる分には平気そうである。同じクラブで働くトレーナー同士、というよりも昔からの友人という前提の上に二人の関係は成り立っているのだ。


「クリスは甘いな。お前も、良い気になるなよ」

「分かっています」


 ユオがこちらを睨みながら答えた。


「それよりも……ハギさんの方がスゴイです」

「あん?」

「午後の練習が始まってもう2時間以上、他の練習生も見ながら一度も休みなく飛び続けるなんて……即応員ですから、選手と同様の負荷が掛かっているわけではないでしょうけど、それでもスゴイですよ……」

「そうだよ~、俺は凄いんだよ~? お前らが憧れるプロの世界にいた超人なんだよ~?」

「もう少し謙虚でいてくれたら素直に憧れられるのに……」


 ユオの息はすっかり元に戻っていた。

 クリスの言葉を否定した一方で、ユオの持久力はこの歳の選手としてはかなりある方なのは事実だ。


「頭痛がしたり、気分が悪かったり、ふらついたりはしないか?」

「はい、ペース抑えて飛ぶ分には平気です」

「よし、最後にストレッチをして今日は終わりだ」


 2人は練習場の端までやって来て柔軟体操を始めた。


 生徒を指導する時間は終わったが、メドハギの勤務は終わらない。

 事務所に戻って日誌を書いたり、指導内容をまとめる事務仕事が残っている。他にもプロ選手のウェイトトレーニングの補助をしたり、食事メニューの検討をしたりなど、スポーツトレ―ナーとしての仕事が残っている。

 5名のプロ選手の指導は会長オーナーが直々に担当していると聞いているが、補助的な役割はメドハギとクリスの仕事になっていた。

 シドールにいた頃に取らされたマッサージ師や栄養士の資格が思わぬ形で役立っており、若い頃の貯金って大事なんだなー、と陳腐な感想を持った。

 栄養学や解剖学といったスポーツに活かされる科目はスポーツ科では必修だったので、勉強嫌いなメドハギも真面目に取り組まざるを得なかったのである。


「お前、身体柔らかいな」


 開脚して地べたに座るユオの背中をグイグイ押していく。いとも簡単に上体が地面に着いた。


「スポーツの選択科目は体操を取ってますから……」

「なるほど、道理で」


 手足が長く、細身な体形は確かに体操選手を思わせる。運動着越しに掌に伝わるしなやかで柔らかい筋肉の感触はバレエダンサーのようにも感じられた。

 骨は細く、体重は軽く、脂肪は少ない。女子ならばこの線の細さに憧れるのだろうが、メドハギからしてみれば折れはしないだろうかと少し心配してしまう。


「ちゃんと飯食ってんのか? アスリートは身体が資本だぜ」

「食べていますよ。昼食は学校の食堂を利用しますから、バランスも問題ないかと」

「朝と夜は?」

「朝は焼きたてのパンとサラダですかね、夜も……パンとあとは……まぁ適当です」


 ユオは立ち上がって足を肩幅にまで開き、上体を逸らし始める。

 補助が不要になったので正面に回ったメドハギが言う。


「パンばっかりだな。タンパク質は重要だぞ? 卵とか肉とか、あと牛乳もおすすめだ。ちゃんと食わねぇと大きく育たねぇよ?」


 突如、ぐっ、ぐっ、と胸を張っていたユオが中途半端な位置で停止した。


「今、どこ見て言いました?」


 何故だか急に低い声になって半目でメドハギを見つめるユオ。


「私、身長168センチあるので、そんなに小さい方ではないと思うのですが……今、どこを見て言ったんですか?」

「あ」


 メドハギは瞬時に理解した。

 特定の部位について言及したつもりはなかったが、彼女の地雷はそこにあったのだろう。

 15,6歳の子供は他人と比べてどうだとか、理想と現実の狭間で悩んだりする多感な時期にある。体型のコンプレックスを持つが故に過剰に反応してしまうのも無理はない。


 とはいえ、メドハギはあくまでアスリートの身体づくりの観点からアドバイスをしたに過ぎない。ここで『そういう意味じゃ無かったんだ』とか言い訳臭いことをするのも筋が違う気がするし、何より彼のプライドがそれを許さない。勝手に勘違いをした彼女に非があるのだから、こちらが気を使ってやる義理は無いはずだ。

 そしてトレーナーとして、大人として、子供には余裕を持って接さなくてはならない。慌ててはならない


 そんな考えを1秒でまとめたメドハギはユオの肩に手を置いた。


「胸の大きさは遺伝的要因が大きいとされているが、栄養バランスと睡眠、ホルモンの関係から二十代半ばまで成長するって話だ。全然諦めるような時期じゃねぇよ。それにな、女の魅力は胸の大きさなんかで決まるもんじゃねぇ、大事なのは人間性だ。気休めになるかは分からねぇが、少なくとも俺は小さいのも大きいのもイケる口だ」


 立て板に水の如くフォローの言葉が流れ出る。メドハギは自分の優しさにちょっぴり震える。それほどのパーフェクト・コミュニケーションだった。

 だが、ユオにとってはそうでもないようで、


「退会手続きは事務所に行けばできますかね。理由は『トレーナーのセクハラ』と書いておきます」

「ちょっと待とうかお嬢ちゃん! お話しよう!」

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