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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第15話

 彼女の名前はローラ。外套競争グァイリス記念博物館の資料館の司書さんである。緑色のエプロンというのが司書の制服で、彼女も他の司書と同様の恰好をしている。


「私ね、あの時お祭りのお手伝いを頼まれていてね、バルーンを結んでおく紐が緩んでないか確認する為に屋上に上がっていたのよ……そしたら急に風が吹いて、バランスを崩しちゃったのよ~」


 ユオは資料館には何度も訪れているため、彼女に見覚えがある。

 しかし、まさかあの一件の被害者だとは思わなかった。

 2階に他の利用者がいないこともあって、ローラは気軽な調子でお喋りを続ける。


「本当に死ぬかと思ったのよ~、あなたは命の恩人ね!」

「あ、いえ……助けたのは私じゃなくてですね……現場に居合わせた男の人が魔術を使ったんです……私はクッションになっただけで、特別なことは何も…………警察から事情は聴いていませんか?」

「あらそうだったの? う~ん、言われてみればそんな事を言われた気も……あはは、パニックになってほとんど聞いてなかったかも……あ、それでもあなたが動いてくれた事実は変わらないわ! 改めてお礼を言わせて。あの時は助けてくれてありがとう!」


 ローラが胸に手を当ててお礼を述べた。

 ユオは「気持ちの良い女性だ」と素直に思って、なんともむず痒い気持ちになった。本当に自分は何もしていないのだが、感謝を拒否するわけにもいかず、はにかむことしかできない。


「あ、そうそう! それで何かを探しているんだったわね、仕事だし、お礼ってわけじゃないけれど私にできることなら協力させてちょうだい」


 彼女の提案はユオにとってもありがたい。謝礼と言ってお金を渡されても困るだけだし、探し物は自分1人では効率が悪い。彼女は司書なのだから外套競争グァイリスにも詳しいだろう、

 ローラがハツラツと話すので忘れそうになるが、ここは静謐な資料館だ。声を抑えて聞く。


「あの……メドハギ・ブラックという選手についてな———」

「メドハギ・ブラック⁉」


 言い終わる暇も無く、ローラがぶち上がった。


「えぇ~⁉ 珍しい! あの頃はちょっとしたブームになってたけど、今時の子がブラックさんに興味を持つなんて! なになに、何が知りたいの⁉ 自慢じゃないけど私、彼の大ファンで一緒に写真撮ってもらったこともあるんだから!」


 この人、こんなに騒ぐんだ、とユオは引き攣った笑みを浮かべる。


「そ、そうですか……頼りになります……では」


 流石にこれだけ騒げば他の職員に注意されるかもしれないと思い至り、ユオはローラを連れてテーブルまで移動した。

 そして聞く。なぜ若くして1級にまで上り詰めた彼が消えてしまったのか。なぜ名鑑に名が載らなくなったのか。そしてなぜ彼への賞賛を聞くことが無いのか。

 すると、こちらが話す間に、テーブルを挟んで正面に座るローラの顔が落ち込んでいくのが見えた。


「そうねぇ……どこから話したものかしら……」


 ローラの赤い瞳が揺れる。ローラは少しの間沈黙してから切り出した。


「現役時代の彼、メドハギ・ブラックの評判は知っている?」

「いえ……少し前までは名前も、そんな選手がいたという事さえ知りませんでした……でも、これだけの活躍をしたんですから、きっと当時はファンも多かったはずですよね……?」


 ローラの首が横に振られた。


「え」


 1級。プロアマ問わず外套競争グァイリスを愛する者なら誰もが尊敬する1流の選手達。過酷なトレーニング、才能と運の壁を乗り越えた一部の者達のみが存在を許される頂。

 選手寿命の長さと、選手層の分厚さ故、新人たちは歴戦のプレイヤーとの勝負を避けられず、一説によれば宇宙飛行士になるよりも1級に上がることの方が難しいとまでされている。まさに選ばれし天才共の領域だ。


「ブラックさんはね、あまり人気のある選手じゃなかったの」


 表彰されるほどの選手に人気が無い? 

 ますます意味が分からなくなったユオ。唇を堅く結んで耳を傾ける。


「彼の飛行スタイルは良く言えば『変幻自在』、悪く言うと「舐めたプレー」だったの……。大体はそのせいね、確かに私を含め、一部の熱狂的なファンはいたけれど、『生意気だ』、『他選手へのリスペクトが無い』とか批判の声がほとんどだったわ」

「変幻自在……」

「そう……先行するかと思ったら急に後退してみたり、後ろから捲ったり、大逃げを決めたりね。これと決めた相手がいるレースで、進路妨害ギリギリのしつこいマークでリズムを狂わせることなんていつもだったのよ」

(あの人ならやりかねない……かも?)


 脳裏にサングラスの男が浮かび上がる。


「一番すごかったのは『オウルズカップ』ね、1級と2級の交流戦だったんだけど、前に出場した2級限定戦で彼、大逃げでわざと負けていたのよ? ふふ、信じられないでしょ」

「わ、わざと負けた……?」

「大逃げを仕掛けて、スタミナ切れで負ける……。すると、その記録を見た次戦の相手選手たちは『あいつのペースに付いて行ったらダメだ、どうせ自滅するから放っておこう』って思考になるでしょ? 彼はそこを突いたのよ、大幅リードで大逃げに見せかけたの。つまり、大逃げのフリね。無謀なリードに見えたそれは、実は作戦! レース中盤ペースを緩めたのに気づかず、後続選手は一定の距離を保ってしまった。終盤に差し掛かった頃にも彼のスタミナには余力があって、結果、ブラック選手の圧勝! いやぁ、自分の敗北を餌にした最高の逃げ戦術だったわ!」


 落ち込んだかと思えば、立ち上がって熱弁していた。


「それで……彼が批判されていた、と言うのは……」

「あ、ごめんなさい! 話を戻すわね。えぇっと……そう、そんな風にとにかく破天荒な飛行をする人だったから、伝統を重視する人たちは気に入らなかったのよ。彼自身もそういうお堅い人たちのことを嫌っていたようだから、ますます溝が深まっちゃってね、優秀新人賞を獲っても彼は多くの敵を作っていたの」

「そうですか……色んな個性の選手がいた方が面白いと思いますけど……」

「ね! そうだよねぇ! 私もそう思う! やっぱり若い子の方が思考が柔軟で良いなぁ!」


 いよいよエンジンが温まってきた様子のローラはその後も喋りまくった。

 メドハギ・ブラックがいかに素晴らしい選手なのか。どれだけ好かれ、嫌われていたのか。

 司書が語るにしてはかなり主観が入った解説だったが、とにかく現役時代の雰囲気を知ることができたので良しとした。


「彼、学校でもサングラスをしていたんだけど、それがまた恰好良くてねぇ~。実力で周りを黙らせるヒーローがもしかしたら自分と同じ色の瞳かも、だなんて当時は盛り上がってね———あ、ごめん、さすがに話し過ぎよね?」

「いえ……ただ……学校でもってどういう意味ですか?」

「あぁ! 言ってなかったわね、私、シドール校の卒業生なの。ブラックさんの2個下で、学校の彼も少しだけ知っているのよ? あなたもシドールの子でしょ?」


 世の中ってこんなに狭かったっけ?

 元貴族やお金持ちが多く集まる名門校のはずなのに、こんなにも身近なところに3人の卒業生と出会うとは、しかも短期間で。


「私は普通科で、彼はスポーツ科。学年も違ったし直接喋ったのは数回だけだったけど、ファンだってことを伝えたらすごく親切にしてくれてねぇ、レースとかインタビューの時とは全然違うの!」

「へ、へぇ……」


 情報の連続でお腹いっぱいだ。

 スポーツ選手としての彼、学生としての彼、どれもこれも自分の知らない話だった。

 唯一、ローラが知らず、自分が知っている事実は、彼の瞳の事くらいだろう。

 だが、まだ肝心なことを聞けていない。


「……それで、彼に何があったんですか?」


 彼の武勇伝や人となりも大変気になるが、ユオは自制して話を遮った。

 ローラはテーブルに上で組んだ指に視線を落として言う。

 コロコロ表情が変わる忙しい人だな、と思った。


「うん……実はね、まともな公式発表が無かったの……ある日本当に突然、登録抹消されたきりで……」


 理由が分からない?

 ここまで長話を聞かせておいてそれはないだろう、と喉まで出かかった時、


「だからね、今から話すことは話半分に聞いて欲しいの。公式発表じゃないし、まして本人から聞いたわけでもない……大衆紙の憶測と私の見解をまとめただけになるけど、それでも良い?」

「はい、お願いします」


 ここまで来たのだから全部聞いてやる。

 このまま帰ったらモヤモヤした気持ちのままだ。

 

「ベテラン選手や協会役員のエリート達には種族と虹彩の差別意識が強い人たちも多いから、目を隠す彼に嫌がらせをし始めたの…………あなたの通うシドールは伝統ある名門校だからそこら辺の階級意識の雰囲気分かるでしょ?」


 ユオは耳のあるあたりに触れて首肯した。


「態度の悪い彼が気に入らなかったのね、伝統と格式あるレース界に現れた異端児を排除しようとした」


 レースに出場するには協会へ希望届を提出する必要があり、出場希望者が出場の定員を上回った場合『厳正なる抽選』が協会内で行われ、本番のレースメンバーが決定される、ということになっている。

 しかし、その実態は不透明であり、新人上がりの2年目の選手が集まるレースに、格上の選手が場違いな混ざり方をしたり、不自然なほど抽選に外れ続ける『不幸』な選手がいたりすることがある。

 実力差が明らかなカードが『意図的』に仕組まれているのではないか。つまり、協会の手によって『どの選手が勝つのか操作されている』と噂され、そうした疑惑は長年密かに語られていることであった。


 1級に上がる直前のメドハギはまさにその被害に遭っていたのだという。


 ローラはある年のレース記録が載った本を持ってきて、テーブルの上で開いて見せた。


「この戦績を見て、ブラックさんはこの時2級だったんだけど、この交流戦、相手は全員1級の中位よ……1級と2級の交流戦だから格上と戦うのは当たり前だけど、それにしたって不自然よね……。だって相手はわざわざ格下のレースに出る必要が無いほどのベテランよ? 怪我明けでもなく、調整でもないのにこんなレースにこれだけのメンバーが揃うのはおかしいと思うの……まぁ、それでも勝って1級になっちゃうのがブラックさんのカッコいいところなんだけど……」

「……潰しに来ている、と?」

「真相は分からない……けど私はそう見ているわ……それにこんなことが立て続けに起きているし……」


 この年、メドハギが出場したレース全てが圧倒的に格上とのレースだった。彼を下した選手全員が1級の中位以上、中には1桁の順位を経験したレジェンドまでいる。

 そして、ハイペースでレースに出続ける彼らしくも無く、出場していない期間がぽっかりと半年空いていた。


「で、でも……これだけでは何とも……」

「だから疑惑止まりなの……他にも、選手会が彼の誹謗中傷やスキャンダル報道に何の対策もしなかったことや、新聞やニュースで彼の活躍を報じる機会が不自然に少なかったこと、色々あったけど……全部疑惑で終わったわ……でもね」


 ローラは「一つ、決定的な噂があったのよ」と続けた。

 嫌な予感がした。

 もう既に起きてしまった過去の話だとは理解している。今更感情を燃やしたって意味がないと分かっている。

 それでも、

 彼のことなどつい先日まで何も知らくとも、これ以上の不幸があってほしくない、と思った。

 そして、ローラは言う。

 メドハギがプロの世界から消えることになった最大の原因を。


「彼、戸籍が無かったらしいの」

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