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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第14話

「ところでハギ、その恰好はどうにかならんのか? ネクタイを締めてジャケットを着るのが社会人としてのマナーだろう」

「オフィス勤めならそうかもしれねぇけど、スポーツトレーナーにそんな規定は無ぇだろ」

事前飛行スクーリングには記者もやってくる。トレーナーにも取材が申し込まれる場合だってあるのだ、あそこのクラブのトレーナーはいい加減だ、などという悪評を広められては困るのだよ」

「悪評ねぇ……」


 クリスの教え子であるラルフとニコラスのデビュー戦を明日に控え、メドハギはクリスに同行し会場にやって来ていた。


 会場と言っても普段の練習場と大差は無く、競馬場のような造りのコースが広がっているだけだ。しいて違いを上げるならば、ここは可変コースではない、ということくらいか。

 魔力に反応する特殊な粘土を使って形状を変えるのではなく、ここのコースは初めからコースが決まっている。

 一見、スタジアムの中に町の一区画がそのまま表れたように見える光景だが、その実、ビル等の建物の全てが映画のセットのようなものであり、中身や機能は伴わない。赤褐色の土で再現されたコースよりは、着色されている分、現実感リアリティがあるものの、やはり普段の練習場と大きな違いは無い。


「懐かしいだろう? ハギのデビュー戦もここだったな」

「まぁな、あんまり覚えてねぇけど~」

「見え透いた嘘を……。あの日の晩は騒ぎ通しだったではないか。通学生だったお前がいつまでも寮で騒ぐから、しまいにはハリントン先生までやってきてカーテンが燃える大事故になったではないか」

「そうだっけか」


 サッカーや競馬と違って、外套競争グァイリスにおける特等席とはコースに近い最前列、ではない。その逆、コース全体を見下ろせる位置である上階席の方が良い席とされ、料金も高い。


 2人は教え子がコースに出るのを最上階、関係者エリアで待った。

 やがて、前の組が30分の持ち時間を消化すると、次のグループに向けてアナウンスがあった。


 ラルフとニコラスが緊張した様子でコースに出るのを見下ろすクリスが言う。


「あの2人はずっとレースに出たかったらしいのだがな、中学は学校に外套競争グァイリスのクラブが無かったようで、うちに来てようやくデビューとなった」

「ってことは今、15、6なのか、遅いな。どうして校外のクラブに入ってなかったんだ?」

「競技には金がかかるだろう。マントそれ自体もそれなりに値が張る代物であるし、クラブに入れば会費がかかり、遠征費、合宿費、怪我をすれば治療費など、あまり裕福でない家庭の子にとって、外套競争グァイリスは敷居が高いからな」

「あぁ、学校にクラブがあれば負担額も減るけど、レースクラブがある学校ってほとんど私立だしなぁ、そもそもの学費が高いんじゃ、なおさら選手になるのは難しいか……うちのクラブは比較的安く済むからデビューの遅い奴が多いってわけね」

「そう『飛びたいのに飛べない』……俺はな、そういう子の為にトレーナーになったのだよ……俺自身が貧乏だったからだろうな……。誰もが私立の奨学生になれるわけではなく、奨学金制度から零れてしまって夢を諦めようとしている子供を見ると、悔しくてたまらないのだ……」


 クリスは遠い目をしながら言った。

 その眼差しは、まさしくかつての自分自身を見ている様だった。


「ハギは……まぁ、貴様は奨学生だったからそういう子の気持ちには共感しづらいだろうが……それでもあの子を連れてきたということは、若者を応援したい気持ちがないわけではないのだろう?」

「……」


 メドハギは返事に窮する。


 自分はどうなのだろう。あのユオとかいうガキにかつての自分を重ねているのだろうか。

 それとも引退から時が経った今でもレース界に未練があるのか。

 なぜ今日の練習に彼女が来ていないことに、こんなにも喪失感を感じているのか。


 分からない。


「別に……入会希望のガキを連れてこなきゃならなかったから、知り合ったアイツを連れてきただけだ。他意はない。連れてきた奴がたまたま才能があったってだけの話だろ」


 クリスが口角を歪めた。いつもの内心を見透かしたような調子で指をさしてくる。


「『才能がある』か……語るに落ちたなハギよ。知っているか、貴様は滅多なことでは素直に他人を褒めたりしないのだぞ?」


 メドハギが鬱陶し気に眉を顰めると、パッと明るい表情になったクリスはカバンの中から取り出した分厚いファイルを、彼の胸に押し付けた。


「んだよこれ……『私たちと一緒に勝利を掴みましょう! フレイザーズ・グァイリスクラブ』……?」


 中身は束になったチラシだった。ポップで情報が目につきやすい色使いで、いかにも若者に向けて作られたものだと分かる。


「それ、今からシドール校の正門前で配ってくれ、全部」

「あぁっ⁉ 今からだと!? お前が『これもトレーナーの仕事だから見学していけ』とか言って事前飛行スクーリングにまで引っ張って来たんだろうが!」


 紙束をファイルに入れなおして突き返す。急ぎでやらねばならない仕事でもあるまい。懐く様子の無い思春期の子供を相手にしなくて済むこの時間を手放すつもりは無いのだ。


「昨日、ユオ君と揉めていただろう? 貴様のことだ、どうせ彼女の気持ちも考えず強引に連れてきてしまったのだろうと思ってな」


 クリスはしたり顔を決め込みながら説明を始めた。ユオを勧誘したいメドハギ、だが彼女の居所が分からず、仕方がないので学校に侵入する強攻策をとる、不法侵入で取り押さえられる、取り調べでクラブのトレーナーと判明、結果クラブが風評被害を受ける。

 こういった事態を未然に防ぐため、彼が合法的に彼女と接触できる方法を考えたようだ。その結論が『チラシ配り』というわけだ……なのだが。


「無論、学校側の了解は既に取り付けてある。母校ということもあるし、会長オーナーの名前を出したら二つ返事で認められた」

「俺があのガキ追っかけて学校に侵入する前提なのが腹立つんだけど、何で俺がそこまですると思ってるんだよ!」

「変装用のカツラとコンタクトケ―スが職員ロッカーの前に落ちていたぞ?」

「な、嘘だろ⁉ あれはカバンの中に仕舞っておいたはず———あ……」


 クリスが白い眼を向けてきた。


「……カマかけやがったな」

「良いからさっさと行くんだ。貴様のビラ配りのおかげで入会希望者が現れれば、会長がボーナスを出すかもしれんぞ?」


 そうこうしている間に教え子の二人が練習を開始してしまう。メドハギはファイルを押し付けられ、追い出されるように関係者席を離れていった。


 ×××


 メドハギが階段を下りていくのを確認した後、クリスは教え子の練習風景を見守ることも忘れて、通路の方を観察した。


「お、おい……今のサングラスの男って……」

「まさか……いやでも……あのゴーグルみたいなサングラスは……」

「なんで関係者席に奴が……まさか戻って来たのか……隣にいるのはコールだな、タレント業を辞めてトレーナーになったはずだが……」


 遠くの通路でこちらの様子を窺う男達。しわの寄ったジャケットに咥えタバコという姿で手帳らしきものとペンを握り込んでいるのが見える。

 同業者トレーナーではあるまい。


「気を付けろハギ……屍肉食パパラッチが匂いを嗅ぎ付け群がってくるぞ……囲まれるなよ…………」


 冷静な男のブラウンの瞳には確かな怒気が宿っていた。

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