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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第13話

 レダ市中央のオフィス街にある白く平らなビル。クラドアにおける外套競争グァイリスの歴史を学べる施設として開業されたのが、ここ外套競争グァイリス記念博物館である。


 施設に入ってすぐの所にはレースの成り立ちを解説した展示室が通路を兼ねて伸びていて、往年の名選手の記録や実際にレースで使用したマント、シューズ等が飾られている。ショーケースに入った品々をオレンジ色の照明だけが照らし、室内は薄暗く落ち着いた雰囲気に包まれていた。


「流石にこんな目立つところにはないか……」


 ここで特集されるのはレース界に名を残すような偉大な選手達ばかりで、ユオの親世代、あるいはその上の世代の人しか現役時代を知らないような古い時代の選手達だった。

 昔の選手の多くが元貴族の出身であり、外套競争グァイリスという競技そのものが上流階級の社会の中で発生したスポーツであると分かる。

 歴史の教科書でも見たことがある名字が並んでいるのを見ると、当時のレース界に庶民の居場所が無かったことは一目瞭然だ。当然のように獣人やエルフ、黒目の選手などは一人もおらず、全員が血筋に恵まれた上流階級のヒトである。


 名門一族が1級の上位を独占し続けている現在との変わらなさにユオは嘆息した。


 そして、少し進んでから自分の背丈よりも大きな写真パネルの前で、ユオは一瞬立ち止まった。


 優勝カップを手に、涙を流す若い男の写真だ。

 瞳の色は分からない。説明文キャプションにも記述は無く、白黒写真だけでは彼の虹彩が何色なのか判別できない。

 しかし、色の濃淡から察するにおそらくは緑か青だと思った。赤や茶色ではあるまい。

 この時代は今よりもずっと虹彩差別が激しかったのだから、劣っているとされた赤や茶色の瞳の青年が貴族だらけのレース界でやっていけるはずがない。

 写真の青年にだって彼なりの苦悩と努力があったのだろう、しかし、結局は瞳の色が決める時代の選手に過ぎない。勝負の舞台にすら上がれない赤や茶色の者達の涙に比べれば彼の涙の価値などたかが知れている。


 ユオは再び歩き始めた。貴族選手の栄光には目もくれず資料館を目指す。

 薄暗い展示室を抜けると廊下が2つに分かれていた。『資料館はこちら』の案内看板に従い左に曲がって進むと、目的の場所に到着する。


 見た目は図書館そのもの。県立図書館と比べれば小さいながらも、ここに蔵書される全てがレースや選手に関わるものである。記録開始以降、全ての公式レース記録がここにあるのだ。

 対戦相手の情報を求める学生選手も多く利用する施設であり、ユオ自身、何度も訪れていた。


「お探しのものがあれば、気軽にお声かけ下さい」


 機械的な声の男性司書に挨拶を済ませ、そのまま2階へ向かう。

 2階はレース記録の閲覧や映像記録を視聴できるお堅いエリアになっている。室内のデザインも2階は簡素だ。一つでも多くの情報を収蔵するためにハンドルが付いた背の高い移動棚が密集している。金属色がむき出しの無機質な光景がどこまでも続いていた。


 辺りを見回しながら進んでいく。

 探すのはメドハギ・ブラックの選手情報。

 レース記録をしらみつぶしに探すと時間が足りない。よって、まずは10年前の選手名鑑を調べることにした。

 そして、探し始めてから僅か5分後。特に苦労することなく目当てのものは見つかった。辞典並みに分厚い1冊を背伸びをしながら引っ張り出して、索引からメドハギの名を探す。


「あった……」

 

 ユオは思わず呟いた。

 彼がプロだったことを疑っていたわけでは無い。

 驚いたのは彼が選手名鑑に載っていたからではなく、記載された情報が異常だったからだ。

 ページをめくる手が止まり、ユオの全身が固まった。


「16歳でプロ入り……その年の成績は……に、21戦21勝……距離は短距離から長距離まで、都市型コースと自然コースの両方で活躍……2年目にあたる今年、2級に昇格……何これ……」


 意識がページに縫い留められた。

 なんだこのメチャクチャな記録は、と。


 まず初めに飛び込んできた情報。16歳でプロ入り。確かにプロの規定では16歳以上とされているが、学生リーグが存在する現代において猛者がひしめくプロリーグにその若さで飛び込む者はまずいない。どんなに若くても18歳から、というのが常識になっている。

 次に初年度の出場回数。21戦。2級昇格を狙う新人ができるだけ多くのレースに出場する光景はよく見られるが、プロでは年間で10レースあれば多い方なのである。しかし、彼はその倍以上を初年度からこなし、その全てに勝利している。

 そして距離適性もコース適正も関係なし。いわゆるオールラウンダー型のプロ選手は何人もいるが、ここまで多種多様なレースに出場し、勝利した選手など聞いたことが無い。

 ざわつく胸を抑え込んでユオは年代順にメドハギの軌跡を追っていく。


「デビュー年に新記録レコード2回……優秀新人賞受賞……すごい……」


 以降、2級に上がってからは初敗北を喫し、出場回数も10回前後まで減ったものの、それでも活躍に陰りは見えず、デビュー4年目には19歳という若さで1級に上り詰めていた。

 1級は200人と定員が決まっており、獲得賞金額によって順位が決定される仕組みだ。つまり現役生活の長い年上の選手を相手に、メドハギはたった4年で1流の選手と同等の金額を稼いだということになる。

 以降の活躍はやや落ち着いていた。勝ったり負けたりを繰り返しつつ緩やかなペースで順位を上げていくに留まる。

 さしもの彼も、超1流プレイヤーを相手に勝ち続けることは難しいらしく、100位台前半で停滞気味であり、ユオは唇を尖らせた。


 いつの間にか自分自身を過去の彼に投影していた。そんなことには全く気付かない少女は翌年の名鑑を手に無邪気な声を上げる。


「やった……2桁だ……っ!」


 彼が22歳の年の名鑑には95位と記録されていた。


 ユオは席に着くことも忘れ、本棚の前で読みふけった。本棚のサイドテーブルに名鑑が高く積まれていく。

 メドハギの成績はドラマのようであり、レース記録と順位の変遷を見るだけでも胸が熱くなる。

 ユオは腕まくりをして、さぁ、次はどんな記録が飛び出すのだ、と胸を高鳴らせた。

 しかし、


「……あれ……載ってない……?」


 22歳の次の年の名鑑にメドハギの名は無かった。どれだけ探してみても彼に関する記述が無い。引退なら引退した、と記載があって当然なのに。

 楽しみにしていた漫画が突然打ち切りになってしまったように、昂った気持ちが宙ぶらりんになったユオは座り込む。


(活動休止……? いや、それならそうと書かれているはず……)


 以降の名鑑にも目を通すが、彼の名は出てこない。

 次第に興奮が落ち着き、冷静になったところで、座り込んだままため息を吐く。


「はぁ……こんなすごい人だったんだ……知らなかった……」


 言いながら感じる。

 自分と同じ歳にプロになって栄光を手にした彼の記録を見ると、自分の不甲斐なさが指摘されたようでひどく悔しかった。「俺はここまでのし上がったぞ、お前は何をしているんだ?」そう言われた気がした。キラリと光る想像上のサングラスが腹立たしい。


「でも……その通りだ……」


 そう、ユアは彼の様にはできない。実力で周りを黙らせる、と妄想はしても、体と心がついて行かない。彼の様な1流の選手にはなれないのだ。


「あれ……?」


 と、自己嫌悪の思考を巡らせたところでユオは、ふと自らの言葉に違和感を持った。


 1流の選手?


 ユオはゆっくりとした動作で、今一度名鑑を開く。彼がデビューした年の名鑑を。


 優秀新人賞受賞。確かこの年は新人が豊作だった年のはず。最優秀新人賞の受賞者は今でも現役で今年は1級の1桁までランクを上げたスーパースターだ。サングラスの男はその選手と同じ代で優秀新人賞を取っている。すなわち、その代で2番目の実力を持つと評価されたからこそ与えられた称号なのだ。


 それを、知らない?


 20代前半での引退はこの競技ではかなり早い方だ。しかし、レース協会に表彰されるような人物が僅か数年で人々から忘れ去られるだろうか。

 ましてや、自分は選手情報にはかなり詳しい方で、ハッキリ言ってプロレーサーのファンである。勿論、あのクラブにいたクリストファー・コールという選手も知っている。

 コール選手も若くしてプロの道に入ったわけだがその活躍は華々しいとはいえず、レースでの優勝は少なく上位入着賞金を積み重ねて1級へ上がった選手だ。どちらかと言えば地味で『いぶし銀』な選手である。

 それと比べて、メドハギはどうだ?

 16歳でデビューし、新記録レコードを叩きだし、表彰され、10代のうちに1級へ上がっている。

 凄まじい活躍、なんと華々しいことか。


 なのに、知らない?


 クラブにいた練習生も彼の事は知らない様子だった。

 わけが分からない。

 何故こんな選手がいたことを誰も知らない? 誰も話題にしない?


 脳内に疑問符が溢れ、ユオは手あたり次第に情報を探す。


「これも、これも違う……」


 なぜイライラしているのか自分でもよく分からない。

 痛くなるほど奥歯を噛みしめているのは何故だ。何故、自分はこんなにも彼を追っているのだ。

 記録ばかりが集められたこの階では彼が消えた理由を探すのは困難だった。

 ユオは無味乾燥な文字と数字の羅列を破ってしまいたくなった。


「何かお探しですか?」


 いかにも優しそうな、角の取れたまるい女性の声。

 通路の方を振り返ると、制服を着た若い女性が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 集中し過ぎて気づかなかった。


「あ、いえ…………はい……ちょっと調べ物をしていて……」

「まぁ、すごい量ですね」

「す、すみません……ちゃんと自分で片づけますから……」

「あぁいえ、注意をしようとしたわけではありませんよ? ふふ、あまりに熱心だったからお手伝いしようかなーって」


 やや砕けた口調になった司書にユオはホッとした。


「あ……あ……あぁ!」


 突然、司書が急に手を打って、こちらに一歩詰め寄ってきた。


「あなた、一昨日ビルから落ちそうになった私を助けてくれた、黒いマントの女の子でしょ!」


 資料室ではお静かに、という注意書きを思いっきり無視した司書。


「……あ、あああああアナタはあの時の!」


 不思議な顔をしたユオも、一瞬遅れてから素っ頓狂な声を上げた。

 メドハギによる救出劇の被救助者、あるいは被害者2名が、偶然の再会。

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