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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第11話

「平気か?」

「はい……少し休めば大丈夫なので……」


 なので———、その先を言うことはないが、「あっちに行け」と暗に言っているのだろう。


 練習場から離れた駐車場の隅。水飲み場に頭を突っ込んだユオ。ただでさえ抜けるような白い肌が青みがかって、病人のような有様だ。

 併せを終えたユオは練習場から姿を消した。メドハギは施設内を走り回ってようやく発見し今に至る。


「全力を出した後はいつもこんな調子か」

「……」


 答える気力もない、というわけではなさそうだ。横目でメドハギを睨んでいる。


「ほら、少し横になりな。魔力切れの時の頭痛と吐き気はどうしようもねぇ。2日酔いと同じだ。効く薬はねぇから休むしかねぇぞ」


 メドハギは肩に掛けたマントを外して丸めると、それをすぐそばの木陰の下に置いた。ポンポンと叩いて枕にするように促す。


「なんだよその目は……。言っておくが俺はまだ27だ、加齢臭なんかしねぇぞ? それに毎日耳の裏を削れるくらい洗ってるからな。正直、体臭で言うと思春期のお前らの方が———」

「……」


 無言のまま、ユオは芝生の上に寝転がった。使われることのないマントが寂し気に鎮座している。


「お前、可愛くねぇな」

「……道具は大切にしろ、というのが両親の教えです……それに、そのマントはこのクラブから借りたものでしょう……」

「はいはいそうですねー。マントは選手の魂ですもんねー」


 鬱陶しそうな視線を向けられていることは分かりつつも、メドハギはユオの隣に座った。


 木漏れ日が銀の瞳に反射し揺れて輝く。仰向けに寝そべったせいで黒く長い髪が乱雑に広がっていた。


 彼女の首の後ろから両耳にかけて薄いイヤーマフのような黒い布が張り付いている。すっぽりと両耳を覆うそれは通常、彼女の長髪によって傍からは見えないようになっていた。細かく見てみると耳当ての部分はメッシュ構造になっていて通気性と聴覚を確保するようなつくりだ。


「それ、痛くねぇの? エルフの耳は横に長いだろ。そんなにきつく押さえつけて良いものなのか」

「……もう慣れました……あなたのサングラスと同じです……」


 ユオは今更といった調子でイヤーマフを撫でた。


「でも……どうして気づいたんですか……、こうやってカバーをつけているからといっても私がエルフとは限りません……他のエルフと違って黒髪ですし」

「ただの推測、そうじゃねぇかなって思っただけだ。それに親がエルフなんだろ?」

「……エルフのハーフは外見的特徴が遺伝しづらいです。親がエルフでも、もう片方の親がヒトだった場合、ほとんどの子はヒトの特徴を持ちます……」

「でもお前は耳を隠している。奇跡的な確率でエルフ的特徴を受け継いだんだろうな、と推測するには十分だ。実際、そういうケースが無いわけじゃない。世界にはお前のような例がいくつもあるのを俺は見てきた……」


 エルフやドワーフ、竜の形質を持つドラゴニアンに不老のヴァンパイア。東方には未だに『妖怪』と呼ばれる種族が出ると噂され、メドハギも実際にそれらしい存在と出会ったことがあった。

 それを伝えると、メドハギの放浪記に興味を持ったのか、ユオは僅かに興奮した様子で身を起こした。


「ドラゴニアンって何ですか」

「大陸北東の外れの地方にいる獣人だ。ヒトの頭脳に竜の力を持つ変身種族でな、動物を狩る時に竜の姿に変身するんだ」

「……馬鹿にしてるんですか?」

「本当にいるんだって。滅多に他の種族と関わろうとしないからあまり知られてねぇんだ……ま、この国は獣人も少ないからな、ドラゴニアンなんて少数民族を知らないのは無理もないか」

「……獣人なら学校に何人もいます。でも、犬や猫の獣人がほとんどで、せいぜいウサギの人がいるくらいです……。耳や尻尾に特徴がありますけど、変身なんてできません……、それに杖も使わずに変身魔術が使えるなんて、そんな人間がいるわけ」

「いないと言い切れるか?」


 ユオはハッと口を開けた。


「そう、お前と同じだ。確率的に常識的にあり得ない。だけど、彼らは確かに存在していて、生きている。知らないだけだ」

「あなたは…………なぜ詳しいんですか。他の種族と関わろうとしない方達なら、一目見ることも大変そうですけど……」

「俺はお前よりも年上だし大陸中を旅してほんの少し世の中ってやつを知ってるんだよ……そういうことに興味があるのか?」

「いえ……そういうわけでは……」


 プイ、とそっぽを向いてしまった。


 やはり慣れないことをするものではないな、とメドハギは後頭部を掻いた。

 雑談でもしながら今後のことを相談しようとしていたのだ。途中までは良かった。だが如何せん10代の、しかも大人しい女子との関わり方が分からない。

 深く踏み込んで、ハラスメントだと言われるのは避けたいし、急に距離を詰めようとすれば、かえって不審がられるだろう。


(せっかく職にありつけたんだ……どうにかしてこの子を入会させなければ!)


 、と意気込んではみたものの、やはり反応は芳しくない。

 学校や趣味のことを聞いても返ってくるのは2言程度。初めに話した亜人種の話が唯一、まともな反応があった話題だった。


(何か、何か面白い話題はないか⁉ 旅先で知り合った老人に頼まれた届け物を巡って起こったある夏の出来事……はダメだな、どこを話しても犯罪だ。あ、昔クリスと一緒に行った店の話! いや、これもダメだな、普通に下ネタだ……)


 メドハギが柄にもなくあれこれと悩んでいることに気が付いたのか、ユオが言う。


「仕事に戻ってください……、私はもう平気ですから……」

「あん? そういうわけにはいかねぇよ、誰かが見てないと」

「じゃあ、私が帰ります」


 立ちあがったユオはそのまま駐車場を歩いて行く。


「ちょ……待てよ、おい! …………ったく、やっぱこういう仕事は向いてねぇんだよ……」


 傷つけないように、上手く寄り添って。とりあえず試してみたものの、やはり彼のやり方ではない。

 そんなものは親や先生、カウンセラーの仕事だ。彼にできるはずが無かったのだ。

 だからメドハギは、先の事を考えず言った。


「お前、イジメられてるんだろ⁉」


 ユオが立ち止まる。


「学校に居場所がねぇならここに来れば良い。好きなだけ練習に付き合ってやるさ」


 少女は振り返らない。


「世の中はお前が思ってる以上に広いんだ、学校なんて狭い枠組みの中で縮こまる必要はない。その銀色の目でもっとよく周りを見てみろよ」


 メドハギは更に一歩詰め寄って、


「俺が絶対にレースで勝たせてやる。だから、明日もここへ来い」


 ユオは振り返らないまま言う。


「『レースに絶対はない』はずでは……」

「お、俺が絶対と言えば絶対だ」

「……できもしないことを言わないでください……あなただって、きっと私を見限る……そうに決まってます……」

「勝手に俺を値踏みしてんじゃねぇよクソガキ。俺がお前を知らないように、お前も俺を知らないはずだ。決めつけんな」

「っ……、知らないなら知らないままで構いません……っ、なぜそこまで」

「もっとお前を知りたいからだ」

「……嘘です……、私が入会しないと困るからですよね」

「確かにな。でもそれだけじゃねぇ」

「……?」


「お前には才能がある。その才能をもっと伸ばしてみたいんだ。絶対に枯れさせたくねぇ……」


「あなたに何が分かるんですか。トレーナーとしては新人では」

「あぁ……でも分かる。1級選手だったからじゃねぇ……俺だから分かるんだ」


 メドハギは絞り出すように言った。サングラスの奥の目が細くなる。

 相変わらずこちらを見ないユオは語気を強める。


「い、1級……っ、知りません、そんなこと! 勝手な事ばかり言わないでください! 何も知らないくせに!」

「だから、知りたいって言ってんじゃん」


 ユオはふらつく足で歩き始めた。窮屈で憂鬱な日常へ戻る為に……。


 遠ざかっていく背中にレース中の輝きは全くない。不安定で頼りない小さな背中をメドハギは見つめた。


「お前のその症状、多分、ただの魔力切れじゃねぇぞ! おい、聞いてんのか―⁉ 明日も来いよー! 来なかったらランニング倍にすんぞー⁉」


 翌日、クラブにユオの姿は無かった。

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