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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第9話

「ユオ君、せっかくだから君も併せをやってみないか?」


 クリスが事務室から帰って来たおかげで、練習プログラムは滞りなく進行している。

 準備運動を兼ねた基礎的な練習が終わって、いよいよマントを使った練習に入ろうとした時、晴れやかな表情のクリスが提案した。


「……私は……」

「シドール校のスポーツ科と共に飛ぶのは教え子にとっても良い刺激になると思うのだ。歳も同じのエイダ君あたりでいかがかな?」


 メドハギへの怒り冷めやらぬ集団の中から一人の少女が飛び出す。


「エイダ・シャーガーね~、よろしく~!」


 他の生徒と異なり、メドハギにも笑顔を振りまく。

 肩まで伸びた茶髪にタレ目の青い瞳。砕けた調子の彼女はスキップ混じりでメドハギの隣にやってきた。


「ちなみに~、私はブラックさんの意見に納得してますよ~。レースはどこまで行っても勝負ですからね~、負けても頑張ったから、成長できるから大丈夫、なんて甘い慰め、プロじゃ通用しないですもんね?」

「あ、あぁ……」


 他の女子に比べるとエイダは頭1つ程身長が低い。だが、その顔立ちと声色は大人顔負けの色香を感じさせ、既に女性としての完成を思わせる。


「私、学生の間にプロになりたいんですよ~。誰よりも速くなって勝ちたい人がいるんです~。だから~、見ててくださいね?」

「……おう、位置につけ」


 エイダの後ろ姿を見送った後、メドハギがユオに耳打ちをする。


「気ぃつけろよ~、あの子中々のもんだ。ここでのお前のライバルになるような予感がする」


 言った瞬間、ユオの眉根が寄って、困った顔になる。


「……私、まだやるとは言っていないのですが……」

「えぇ⁉ お前、ここに入るって言ったよな⁉」


 約束が違う。ユオは1000ライカを受け取る代わりに、その金から入会金を支払ってクラブに入会するという条件を呑んだ。だからこそ、今日ここにいるのだ。

 てっきり納得したものばかりだと思っていたメドハギは素っ頓狂な声を上げた。


 抑揚のない声でユオは言う。


「はい……ですが、考えてみれば既に学校の方のクラブに入っていますから……クラブの2重所属状態では公式レースに出られません……無視するのも後味が悪いので体験入会くらいはしようと思って今日は来たんです……その後、断ろうと———」


 何かが崩れ落ちる音を聞いた、気がした。


「あわわわわ……、やばいやばいやばい! 初日にクビになる⁉ た、頼む! ととととりあえず入会手続きは会長オーナーが来る日までにしてくれればいいから! ね? それまでお兄さんと飛ぼう? これからのことは、これから考えれば良いから! ね! じゃないとお兄さん無職になっちゃうからあ!」

「いえ……あの……」

「お願いお願いお願ぁい! 俺を助けると思ってさ! ちょっとだけやってみようよ! 絶対楽しいって、お堅い学校の青臭ぇガキ共とやるよりも、俺とやる方が絶対楽しいから! 絶対退屈にさせないから! 痛くも怖くもないから! 俺とやろう!」


 言い方が非常にマズい気がしなくもないのだが、ここで引き下がるわけにはいかない。彼女の存在に自分の命がかかっていると言っても過言ではないのだ。

 ダサくても良い。ベッドを目前にして渋る彼氏持ちビッチに食い下がる童貞の如く、みっともない姿を晒す覚悟はできていた。


「頼む! 言う事きいてくれたら俺もうなんでもしちゃう! どんな頼みでも叶えちゃうから! ブランドのバッグでも、新品のマントでも、何でも買ってあげる! 南国のリゾートでも外国の巨大遊園地でもなんでも手配するよ⁉ 俺、そういうのにコネあるからああああああ!」


 無様な絶叫にユオがたじろぐ。


「わ、わかりました……とりあえず今日はこのまま練習に参加しますから! やめてください、生徒達がグロテスクな目でこっちを見ています……!」

「本当⁉ っしゃぁあ! よし、スタート位置へ!」

「本当……何なんですかあなたは……」


 浮き上がって移動する彼女を見送ると、微妙な顔をしたクリスが聞いてくる。


「話はまとまったのか?」

「おう! ばっちし!」


 嘘つけ! と全員の叫びが揃った。


×××


「いつでも良いぞ」

『了解』


 スタート兼ゴールでもある教会の見える建物の屋上。

 メドハギは無線機越しのざらついた声を聞いた。

 即応員は事故発生時の対処の他に、レース中の反則を判定する審判員も兼ねることがある。協会主催の公式レースではそれぞれ分けられるのだが、毎日の練習の為に雇う訳にもいかないので、こうしてトレーナーがその役割を担うのが当たり前なのだ。


「用意…………始め!」


 クリスの合図と同時に2人の女子が走り始めた。

 10メートルを過ぎたあたりでマントが大きく膨らみ、進行方向の斜め上に身体が浮かび上がる。

 助走の慣性を利用したスタートだ。


 予想外の速さにメドハギは少し遅れて、ビルの上空を飛んだ。


『まさか即応員が追いつけない、なんてことはないだろうな?』


 無線機から、わずかに声を弾むクリスの声。


「んなわけねぇだろ。隠居さんのお前とは違うんでね……ただちょっと驚いた……。あのエイダとかいうガキ、スタートが上手い。助走から離陸、マントを使った加速までかなりスムーズだ。スタートだけならプロ並みと言って良い」

『ふふふ……ハギがそこまで褒めるのは珍しいな』

「やけに嬉しそうじゃねぇか」

『それはそうだろう。教え子なんだからな』

「……あぁ……そういうこと。今のスタートはお前の直伝か。逃げ戦術、得意だったもんな」

『エイダ君の両親と知り合いでな、現役時代からたまに練習を見てあげていたのだ。とにかく自由に飛ぶことが大好きな性格を考慮し、逃げを薦めたのはその頃だ』

「たしかに身体に染みついているらしい。後ろを確認するまでもなく、一定の間隔を保ってやがる…………300メートル通過」


 コース上空を飛ぶメドハギが街中を翔ける少女たちを見下ろす。

 先頭はエイダのまま、レースが進行。

 急加速や急減速は魔力消費が激しく、飛行の上手さの差が生じやすい。

 だが、茶髪の少女の飛行にはそういった無駄が少ない。巧みで滑らかな魔力操作がマントの裏地の輝きに現れており、光の強さが一定だ。


(マントに与える魔力が強ければ強い程、刺繍が放つ光は強くなり、速度も上がる。カーブする時にその強弱がほとんどないってことは、それだけ効率的な飛行ってことだ……生意気だな、俺よりも上手いんじゃねぇの……)


 エイダはメドハギのように建物の壁面を蹴る壁走りはしない。マントの操作だけで器用に飛行する。


『教会の屋上からは見えなくなった。おそらくエイダ君がリードしているだろうが、ユオ君はどうだ? 引き離されているか?』

「いや、食らいついてる。コーナリングはそれほど上手くねぇけど、茶髪の嬢ちゃんが曲がって見えなくなると瞬間的に加速して見失わねぇようにしてるよ。ま、俺の想像通りってところかね」

『コーナー加速か……。最近では非効率だとしてあまり見ないな』

「距離感を確かめてるんだろ。逃げる相手に、どれくらいの加速をすればどの程度差が縮まるのかを測ってるんだ。揺さぶりにもなるしな」

『さすがシドール校スポーツ科、我らの後輩は優秀なようだな。……だが、エイダ君は生徒の中で平均飛行速度が最も速い。スパートをかける余力もあるだろうから、ユオ君が差すのは困難だろう』

「……あぁ、このコースの最終直線は100メートルと短い。ユオの最高速度が一体どれだけのものかは知らねぇが、このまま行けば加速しきる前にゴールだぜ」


 エイダのコーナリング技術は非常に効率的、それに対するユオはコーナー加速で技術の差を埋めようとしている。

 だが、2分が経過しても2人の距離は縮まることなく、そのまま最終局面に入ろうとしていた。


 最終コーナーに突入する際、これまで一度も後方を確認しなかったエイダが一瞬、振り向いた。


「編隊は変わらずー……、大体30メートルをキープしたまま茶髪の嬢ちゃんがリードで~す……」

『了解。こら、真面目にやらんか。エイダ君とユオ君に実力差があるのはしょうがないことだ。成長には人それぞれのスピードがあるのだ。トレーナーの貴様がそんな調子でどうする!』

「だってユオの奴、全くペース上げようとしねぇんだもん」

『もん、ではない!』


 展開が変化することなく、ゴールの教会広場が近づく。


 エイダとユオ、2人の中間の上空からここまで俯瞰してきたメドハギはこめかみに手を押し当てる。


(終始先頭有利のまま……ハイペースとはいえ差を詰められない速さじゃねぇ。このまま何もすることなく終わる気か? お前はもっと執念深い子だと思ったんだが)


 併せとは、人と一緒に飛ぶ練習。レースに近い状況で行うただの練習のことだ。

 だが、エイダのように本番さながらの気迫で飛ぶ必要はないにしても、ユオはただ淡々とこなしているように見える。

 メドハギは唇の内側を軽く噛んだ。


(やっぱりやる気は無いのか……)


 じきに狭い路地を抜ける。抜けた先は短い最終直線。ここからの挽回はプロでも厳しい。

 ユオの息が上がっているのが上空からでも分かった。


(それとも、付いていくだけで精一杯か……)


 ここまでか、と空中で肩を落として、気だるげな声で無線機に言う。


「先頭が最終直線に入る…………3・2・い———」


 刹那、真下から爆発的な何かが殺到した———。


『先頭を確認し———な、なんだ。おい、おいおいおい! なんだその強烈な光は‼ 白……いや銀色⁉ 何が起こった、事故か⁉ 状況を伝えろ! ハギ‼』


 通信が耳を素通りする。

 あまりの衝撃に脳が処理できなくなった。


(閃光……いや、魔力が……っ!)


 ビルや街路樹の影が消失する。莫大な銀色の閃光が辺り一帯の影を消し飛ばした。


 メドハギが無事だったのはサングラスを着けていたからだ。でなければこの至近距離での一発。一瞬で行動不能に陥っていた。

 それほどの光量。まるで音のないフラッシュバン。


「流石はエルフ......耳は隠せても溢れる魔力は隠せないか!」


 喜びに打ち震える手を握りしめて、下方を見る。

 直下にあったはずのユオの姿が無くなっていた。

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