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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第二章
8/30

訓練開始

千裕は一人で地下街を歩いていた。

陽子が簡単な地図を書いてくれていて、それを片手に神戸の地下をゆく。


両側に店が並んでいて、防護服や検査キットの在り処を掲示していた。飲料水や日用品を買い求める人も多く、薬局の前に人だかりができている。脇を通り抜ける少女を気に留める人はいない。


──

ライトワーカーに入りますと伝えた後、千裕はまたバイクに乗って、マンションの一室に案内された。


狭いけどと前置きして、陽子は千裕に個室を与えてくれた。四畳半の部屋に、ベッドと小さな机、服を入れるキャビネットがあった。ベッドの上には畳んだタオルと着替えが置いてあって、用意が行き届いていることに驚いた。自分がここに来て生活を共にすることが前提の用意だった。


リビングの机には書類が広がっていて、壁際に男物のTシャツが吊るしてあった。ここには陽子のほかにも2人の住人がいるが、今は留守にしているという。


陽子は千裕に、地下の第七ブロックに行って木原という人を訪ねるように指示した。私の名前を出せば話は通るから、と。木原のことは一言「戦闘のプロ」と称していた。


──


神戸の地下街は、千裕の知っているものとは少し違っていた。こちらの世界ではシャドウへの備えが勧められてきたのか、影響が及ばない地下に集合住宅があって、ブロックごとに番号が振ってあった。


店が立ち並ぶ場所には案内板があったが、住宅が集まるエリアに行くと減っていった。そこに住む人以外は用がないから、親切な案内を出す必要はないんだろう。地図がないと迷ってしまう。


空いた公衆電話を見つけて小銭を入れる。一文無しで歩くのは危ないからと、陽子は千裕にお小遣いを渡してくれた。十円玉のデザインも千裕の知るものとは違っていた。


母親のスマホにかけると、自動音声で「おかけになった番号は現在使われておりません」と応答があった。父親の番号も同じ。職場の番号は覚えていない。


自宅の固定電話にかけると、呼び出し音が続いた。心拍数が上がるのを感じる。

数回のコールの後、鉄工所の誰それを名乗る男が答えた。野太い声で「どなたですか」と問われ、間違えましたと謝って電話を切る。もちろん千裕の実家は鉄工所じゃない。


スマホの電話帳を確認できない今、知っている番号はこれで全部。元いた世界に電話をかけようとするのはお金の無駄だ。今後はむやみに試さないようにしよう、と歩き出した。


第七ブロックの一角に「関係者以外立ち入り禁止」の鉄扉がある。扉を開けると下への階段が繋がっており、階段の先にはもう一つの扉。少し躊躇してから、教わった暗証番号を入力して扉を開ける。


がらんとした空間。地下駐車場のようだったが、そこに車はない。

蛍光灯の光の下で、梁のそばに一人の男が待っていた。


でかい、というのが第一印象だった。

今の千裕にとって、見上げるほどの背丈があった。短髪で目つきが鋭いうえ、顔に傷跡がある。圧倒されそうになりながら、千裕は挨拶を済ませて、山上さんに紹介されましたと伝えた。


男は自分を木原と名乗って、千裕を同志と呼ぶと、背を向けて道具を取りに行った。

揺らがない背中だった。


──巨人と戦うもなにも、この人が巨人みたいなものだろうよ。


「ちょっと確かめたいことがある」


戻ってきた木原は握力計を渡して千裕に握らせた。


千裕は少し戸惑い、グリップをゆっくり握って、結果を木原に見せる。

本気だとはいえないが、悪気があって手を抜いたわけでもない。不自然な結果を示しておかしいと思われないよう、若干小柄で細身な女の子の、見た目通りの結果を出した。


木原は数字を確かめて、一言「隠さなくていい」と答えて計器を返した。


なにをですか、とごまかす余地はなかった。目の前の人間には見抜かれている。

半ば無意識に「外見に見合った数字」を出そうとしていて、木原はそれを要らないという。


「何度か深呼吸をして、息を吐きながら一瞬で握れ。壊す気でいけ」


千裕は言われたままに深呼吸をして、普通の女の子であることを放棄した。


千裕の数字を見て、木原は納得した様子で「山上の目は正しかった」と話した。俺と一緒ぐらいだ、と言葉を続ける。


──嘘だろ。


女性の平均も男性の平均も大きく超えていた。高校時代の体力テストでも見たことがない結果に、千裕自身が戸惑っていた。運動神経が良い悪いの問題じゃない。


指先から腕にかけて、軽い痺れを感じた。この細い腕のどこにそんな力があるんだか、と手を動かして眺める。


「今は世間一般の普通とか平均とか考えるな。この結果はお前にとって“普通のこと”なんだから、普通のこととして受け入れて使えばいい。そのうち理解できるようになる」

わかりました、と答える。


その日は、防護服とハーネスを付け外す練習をした。シャドウの影響下に留まるなら、まずは防護服の扱いに慣れる必要がある。顔を覆うマスクで視界が遮られるうえ、指先まで手袋で覆っていて動きにくい。余った布を指先で触っているのを見かねた木原が、もう一回り小さいものを探すと言ってくれた。


着ては脱いでを黙々と繰り返すうちに夕方になった。

明日から本格的に訓練すると言われて、その日は解散して拠点に帰った。

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