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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第一章
6/30

釈放

朝が来て、千裕はトマトと一緒に朝の点呼を受けた。


トマトの横顔を目にしたとき、痛みにも似た感覚を抱いた。これから誰かと同じ部屋で眠ることがあっても、隣の人を空想の種にして性欲を満たすのはやめようと誓う。いつものように壁に寄り掛かって朝食を済ませ、洗面で歯をみがくうちに、昨夜の空想は薄れていった。あれは悪い夢だった。


日課のなわとびを終えて居室に戻ると、若い警官が千裕を呼びに現れた。最初の取り調べのときに、スマホを手に取って不思議そうに触っていた警官だった。

別室に招かれて話を聞くと、千裕の身元引受人が現れたという。


突然のことに戸惑った。知らない世界に放り込まれた自分の身元を誰が引き受けるというのか。


身元引受人の名前は山上(やまがみ)陽子(ようこ)という。警官の話によると、罪を犯した青少年の更生を支える組織があって、彼女はそこの責任者を名乗っているらしい。知らない人だった。


話題はお金のことに移った。

深夜に化学工場のプラントに侵入した件で、千裕は罰金を科されていた。警備システムを作動させて業務を妨げたことへの罰金で、元の世界での年収数年分にあたる額だった。払えるわけがない。


──なんでこんなことに、と思ってしまう。

人騒がせな侵入者だという自覚はあったし、業務を妨げたのは事実だとしても、好きこのんで侵入したわけじゃない。駅のベンチで居眠りして、目が覚めたらプラントにいた。


法外な罰金のことを含めて、現状への疑問を書き出したらノート1冊ぐらいは埋まる気がした。施設でノートが支給されていたけど、トマトから「たまに職員が中身を確かめる」と聞いていたから、文句めいたことを書き連ねるのは良くないだろう。


そんなことを考えていた千裕に警官が続けた言葉は、さらに意外なものだった。


「罰金は山上さんが全額払ったから、君は昼前に釈放される」

「釈放」


そう、と警官は話を続ける。


「部屋の空きを待ってる人は多いし、シャドウが発生してバタバタしてるから、こっちとしても早く決まって助かったよ」

「あの、ここを出たらどこに行けばいいですか」

「当面の生活を山上さんが世話してくれるらしい。君からもよくお礼言っておいてね」

「……はい」


釈放されるのも急な話だし、罰金を払ってくれた人の素性もわからないが、言われたことを受け入れるしかなかった。千裕はトマトと相部屋だったが、千裕が去った後は午後からさっそく他の人が入るらしい。思った以上に入れ替わりの激しい場所だった。


部屋を出るときにトマトに挨拶ぐらいはしようと思ったが、取り調べに行っているようで不在だった。千裕は一人で部屋を出て、玄関に向かう途中で荷物を返してもらい、リュックと一緒に財布やスマホを取り戻すことができた。


スマホの電源ボタンを押して、諦めたように息を吐いた。


千裕が収容されている間に、スマホの充電は切れていた。この世界にスマホは存在しないし、もちろん充電器も手に入らない。元の世界とのつながりがまた一つ絶たれたのを感じながら、起動する見込みのないスマホを鞄の底にしまった。


施設の外に出ると蝉の声が聞こえてきた。

門を出たところに、若い女性がたたずんでいる。彼女は千裕に向かって「こんにちは」と口にした。


「早川千裕さん、だね」

「はい」

「出られてよかった。私は山上です」


髪が短くて姿勢が良く、思ったよりずっと若い。人助けを生きがいとする裕福なお婆さんを想像していた千裕にとって、目の前の彼女の様子はかなり意外だった。


何から質問しようと考え、いや質問より先に身元を引き受けてもらったお礼を言うべきだろうと気づいて口を開きかけたが、陽子はすでに足を動かしていた。


「これから街のほうに行く。話は着いてからにしよう」


向かった先にはバイクが一台停まっていた。


「乗るのは初めて?」

「はい。運転も、後ろに乗るのも」


初対面の人間をバイクで迎えに来た陽子は、当たり前のように千裕にヘルメットと手袋を渡す。


「それを着けて。乗ってるときはなるべく進行方向を見て。片手は腰に回して、もう片方は後ろのバーを掴んで。両膝で私の腰を挟んだら安定するよ」


陽子は簡潔に指示を出して、自分もヘルメットを被って手袋を着けると、千裕に後ろに乗るように促した。


後ろでくくっていた髪をおろしてヘルメットを被り、手袋を着けた。手袋は女性用らしく、指先が余らずちょうどいい大きさだった。恐る恐る後ろに乗り込むと、陽子はハンドルを握って発進させる。


加速度を感じながら、乗りやすい姿勢を探しているうちに、留置施設の建物は遠ざかっていった。

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