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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第一章
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取調べ

窓のない白い部屋に連れていかれた。事務机を向かい合わせに置けばいっぱいになる殺風景な空間で、正面と横顔の写真を撮られた。どんな姿なのか気になったが、見せてくださいと言える雰囲気ではない。


写真を撮り終わると、手錠を外されてパイプ椅子に座り、取り調べが始まった。若くて快活な警官と、大柄でこちらを威圧するような中年の2人組。


若いほうは千裕を取り押さえる現場に加わっていて、中年のほうは立場が上らしい。現場の様子を聞いた中年は顔をしかめた。


「女の子一人捕まえるのに時間をかけすぎだ」

すみません、と若いほうが謝る。


「建物が入り組んでて視界が悪かったのと、妙にすばしっこくて。何かスポーツやってたの?」

「ああ、いや。別に」

そんな質問を受けるのは初めてだった。


警官は、少女が何の目的でどうやって侵入したのか、盗みが目的なのかを知りたいようだった。


──自分は20代男性で、仕事終わりに駅で電車を待っていたら工場のプラントで目を覚ました、なんて話しても信じてもらえないよな。


指先を組んで目を伏せた。手は一回り小さく、手の甲は筋が目立たず滑らかだった。余計なことは言わず、動機については「何も覚えてません」「気づいたらここにいました」と繰り返した。


中年の警官が千裕のリュックを開けて、中身を机の上に並べた。眉間にしわを寄せて汚れた作業服を取り出し、袖をつまむようにして折りたたむ。


「男物を着るのは身元をごまかすためか?」

「いえ」


若い警官がスマホを手に取って指先でつついていた。千裕に「これ何?」と問いかけて、暗いままの画面を向ける。アプリを開かず画面を点けないまま向けられたことに違和感を覚えた。


「スマホです。Androidの」


すまほ、と繰り返してしげしげ観察した後、側面のボタンを押して画面がついたのを見て「お」と声をあげる。


この人はスマホを知らないのか、と不審に思う。高齢者ならともかく、同じ世代の警官の反応とは思えない。中年のほうが「板状の電子機器と記録してくれ」と指示を出して、青年がボールペンで書類を書いていく。


財布の中身を目の前の机に並べられ、これはなんだと問い詰めた。見れば分かるだろう、と戸惑いながら「お金と免許証です」と答えると、馬鹿を言うなと返された。紙幣に載っている顔が違うという。


若い警官が、千裕の財布の中身を不思議そうに眺めていた。


「おもちゃにしては凝ってるし、偽札なら肖像画の顔はわざわざ変えないでしょう。免許証も書式が違いますし、この写真は本人じゃないですよね?」


僕のです、と口の中で呟く。学生時代に教習所に通ったとき、卒検に落ちて追加料金を払い、教官から「きみは公道に出ないほうがいい」と忠告されながらもなんとか取ったものだ。


生活を支えて身元を示す一切のものが、ここでは意味を失っていた。足元が揺らぐような感覚だった。

警官が話を切り上げて荷物を回収したところで、千裕はトイレに行きたいと申し出た。


手洗い場に鏡はなく、自分の顔は分からないままだった。便器を前にして数秒迷った後、投げやりな気分でズボンと下着を下ろす。無修正の現実がそこにあった。


なんとか周りを汚さずに用を済ませて個室を出ると、入口で待っていた中年の警官から「遅かったな」と苦言を言われた。こっちは初めてなんだから待ってほしい。


取り調べが終わってから女性職員に引き渡された。全身をくまなく検査されてスウェットに着替えてから、居室に連れていかれた。しばらくはここで生活してもらうと告げられて、扉が閉まる。


──畳が敷いてあるだけの2人部屋。赤い髪を後ろで束ねた女性が、壁に寄りかかって座っていた。


色彩の薄い空間で、鮮やかな赤色が目に焼き付く。年は自分と同じぐらいか。今まで出会ったことのないタイプの人間だし、いつも通りに過ごしていれば接点はないだろう。


「名前は?」

「早川です」

「ダメだよ、本名教えちゃ」


女性は「トマト」と答えて、千裕に床に座るように手振りをした。

こういう場所ではあだ名を使うのかもしれない。確かにトマトみたいな色をしている。


少し距離を取って、壁際に体育座りする。今の自分が女性なら、あぐらをかくのは変かもしれないと思ってのことだ。同室者を見やると、器用に足を折りたたんでお姉さん座りをしていた。足をもぞもぞ動かして真似てみる。


「なんでここ来たの?」

ここ来る人はだいたい万引きか薬だけどね、と言葉が続く。


「違います」

「えー違ったか。じゃあもしかして、これ」


トマトと名乗った彼女は、自分の首に手を当ててすっと横に引いてみせた。


万引きも薬もやったことはないし、人殺しだと思われてはたまらない。ここに来る前に自転車を盗られたのを思い出して、回らない頭で出任せを言う。


「自転車、盗りました」

「泥棒とかさいてー。死ねばいいのに」


トマトは軽く手拍子をして「死ね」と何度か言った。廊下に音が漏れない微妙な加減だった。


自分に向けられた言葉の、軽さと明確さにぞくりとした。


「ほんと、そう思います」


思わず同意した千裕に、トマトは「盗っといてそれ言うか」と笑った。

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