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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第四章
28/30

覚醒

千裕は草平に覆いかぶさって、唇を重ねて「閃光」を流し込んだ。

意識が朦朧としているなかでも、草平はその味を毒だと認識したらしく、反射的に吐き出すように喉が震える。


──飲んで。


唇を離さないまま、寄り掛かるように体を押し付けた。もし草平が吐いたら一滴残さず押し戻して飲ませるつもりだった。それを汚いと思えるような「日常」は既に遠く。


草平は涙を浮かべながらも、喉を動かして飲み込んだ。


無事に飲めたのを確かめて、千裕は顔を上げて口元を拭った。

その瞬間、心臓が大きく打って、瞳孔が開き切った。


効き始めは早かった。

水で飲むのが前提のカプセルを噛み砕いたから、より急速に効果が現れた。ドラッグの経験がない千裕には快楽なのか苦痛なのかも分からず、神経を殴られるような衝撃を受けた。


巨人の体液を介してシャドウに曝露すると、人間の神経伝達を遮断して正常なはたらきを妨げ、手足の麻痺や脱力、呼吸の抑制などを引き起こす。

アッパー系ドラッグの「閃光」には、伝達の回路を開き、通常ではあり得ない量の伝達物質を放出させる作用があった。十分な量を摂れば、シャドウの影響を打ち破って動けるようになる。


閃光という名前はただの言葉遊びではなかったのだ。

千裕は作用機序を聞くこともなく、作用をその身で体感した。


少しの間、呼吸すら忘れていた。

深く息を吐いて、ゆっくり吸って、作用に慣れるのを待つ。何度か深呼吸をして立ち上がった。


光源は装備のライトだけなのに、辺りが光を帯びたようにぼんやりと明るくなって、物の輪郭が浮かび上がる。視界の隅で、先ほどまで倒れていた草平が起き上がった。


虚ろだった瞳に意志が戻って、自分の足で立っている。

千裕はその姿を見やって、短く尋ねた。


「目は覚めた?」

「飛び起きたよ」

「そう。行けるか」

「行く」


目が覚めたから、作戦に戻る。

2人の受け答えは確かだった。


草平が無線機のスイッチをを入れて、外側に連絡した。驚いたような答えが返ってくる。


「お前、倒れたはずじゃ」

「大丈夫です。作戦を再開します」


内側の任務に戻るから、投光器の出力を元に戻してほしいと草平は告げた。


千裕は防護服を脱ぎ捨てて、インナーウェアだけを着ておいた。

破れたものを着ていてもしかたがないし、裂け目から液体が溜まって逆効果になる。重い防護服を脱ぐと、拘束を解かれたように身軽になった。どこまでも行けそうだった。


無線機に近寄って、外まで届くように声を出す。


「俺も戻るぜ! こっから最高の空を見せに行くから応援よろしくなぁ!」


一般に、薬は小柄で体重が軽いとよく効くものだ。少女の姿をした千裕には、作用が強く出たのかもしれない。閃光の作用と戦闘による高揚で、言葉遣いを取り繕うことにまで気が回らなかった。


声を受け取った仲間が、草平に問い返した。


「バディは錯乱したか?」

「いや。作戦には支障なし」

「了解」


無線のやり取りが済んで、草平も防護服を脱いだ。

2人はブレードを拾って手にした。どっちが自分のブレードかは分からないが、二本とも手入れは行き届いている。どっちが手に渡っても問題はなかった。


横に並んで内壁に向かうと、足を踏み込んで、ブレードを振り下ろした。



青みがかった組織がブレードを飲み込む。刃先を取られる前に素早く引き戻して、組織が再生して、同じところをまた切り裂いて。


そのたびに切り口から液体が溢れてかかった。

閃光で神経が刺激されて汗が流れるのもあって、プールに入ったように全身が濡れていた。


「今、何時」

「さあ」


もしかしたら夜かもしれないが、任務は日が出ているうちに終わるものだと聞いていた。現在時刻について特に聞かされていないから、まだ日は出ているだろう。手を止めて連絡するのも惜しかった。


自分たちの呼吸の他に、さざ波のような音が鳴っていた。組織の中で液体が移っているんだろう。


考えるより先に体が動いていて、思考は後から追いかけてきた。

踏み込んで刃を振るうたびに、意識が今この瞬間に集中していく。帰ってからのことも、外の世界のことも考えなくなった。


どれぐらいの時間が経ったのかよく分からない。

再生速度はしだいに落ちて、切った跡が残り始める。ようやく終わりが見えてきたことを知った。


内壁の青みが増して、切り口からは黒っぽい液体が流れるようになった。インクのような液体が頬に散ったが、まだ閃光が効いていて、彼らに症状が出ることはない。


2人はブレードを離さなかった。


そして、厚さ数メートルの組織を切り裂いた先。

正面にある「核」に行き着いた。


青みがかった組織に包まれて、黒い球面の一部が現れた。内部では液体が揺れていて、ライトを反射して彼らの姿を映す。


静かで穏やかな瞳に見つめられているようで、千裕はその場に立ちすくんだ。

壊すために来たというのに、自分は何を躊躇しているのか。


シャドウが原因で多くの人が死んだ。

これ以上の被害を出さないためにも、今動かなければいけないのだと自分に言い聞かせる。

なのに、ブレードの刃先は足元に向いたままだ。


──どうして。


動けない千裕の傍らで、草平が一歩前に進んだ。

憎しみに支配されるでもなく、祈るように頭を垂れてから、顔を上げて前を向く。


そして、彼はブレードを振り下ろした。

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