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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第四章
25/30

始動

任務の当日。

千裕を含む班のメンバーは、地下駐車場に集められて点呼を取った。


巨人は1週間以上前からあおむけで口を開けたまま、ほとんど動いていないという。周囲に作業用の車両を走らせても、物音に反応することはない。観測に当たる人々は、大口を開けて眠っているようだと報告していた。それを聞いたメンバーが「鈍い野郎だ」と軽口を叩いていたのを思い出す。


安らかに眠れ。そのまま消えろ。


皆が揃っているのを確かめると、木原は油性ペンを何本か取り出してメンバーに回し、左腕に自分の名前と電話番号を書くように指示をした。何か起きたらその番号に掛けてくれるんだろう。


千裕はペンを受け取って腕まくりをした。左腕に名前だけを書いて、隣の草平にペンを渡す。


皆が書き終えてから、出発するまで少し時間があった。車両を扱う班との調整があって、そちらの連絡を受けてから出発する。千裕と草平はクレーン車に取り付けたゴンドラに乗って、巨人の口元まで吊られることになっていた。


草平は手を挙げて、木原に声をかけた。


「どうした」

「ブレードの動きを確かめてきてもいいですか」


木原は了承して、時間になったら戻ってこいよと答えた。それに便乗するように、たばこを吸ってもいいかと尋ねる者がいて、木原は「俺に煙が来ない場所で吸え」と返した。


メンバーが適当に散らばってたばこを吸い始める中、千裕は自分のブレードを手にして、草平に続いて柱のほうに向かった。


「しっかし、飲み食いも排泄もしないなんてキレイな話だよな」

「不幸中の幸いってやつだ。あんな図体の奴に寝ながら(くそ)をされたらたまらん」

「ははは。尻にクレーン突っ込んで掻き回して鳴かせてやるか」

「そもそも突っ込む穴がないらしいぞ」

「前も後ろも?」

「ああ。座学で習ったろ」


久保田と何人かが集まって冗談を言っていて、千裕は背後にそれを聞いた。

彼らの笑い声を聞くと、手足の余計なこわばりが取れて楽になるのを感じる。

時として下ネタは身を救うものだ、と身に染みて思った。



刃が当たらないように2人の距離を取って、安全装置を外して刀身を晒す。

大型人型実体対応型組織層切断ブレード。愛称サクラ。巨大なカッターナイフのような刃が、蛍光灯を反射して鈍色に光っていた。分解して整備するのは昨日済ませていたから、刃が引っ掛からず動くのが分かればそれで良い。


ブレードを壁に向かって構えてみた後、刃を引っ込めて一体型のホルダーに収めた。


「異常なし」

「こっちも」


草平は自分の刃を引っ込めると、千裕に「これが終わったら何をしたいか」と話を振った。2人で壁のほうを向いたまま、隣り合わせで話をする。


「特に予定はないですけど。帰ったら犬と遊びたいです」

「へえ。犬を飼ってたのか」

「はい。かわいい柴犬です。玄関でしっぽ振ってくれて」

「そうか。犬は好きだな」

「写真があったら見せたいですよ」


家のことに触れたのは初めてだった。

地下組織では、生い立ちや経歴をあれこれ尋ねないのが暗黙の了解だった。相手が自ら話してこない限り、任務と関係ないことをあえて話題にする必要はないし、草平も尋ねてこなかった。


犬にかこつけて身の上話をしようかと一瞬思ったが、長くなるし面倒なので辞めておいた。別の世界から来ていても、中身が男でも女でも、これからやることには関係しない。身体が動いてブレードを扱えるのが全てだった。


草平は少し迷ったように、自分のことを切り出した。目線は足元のブレードに落としている。


「これが終わったら告白したい人がいる」

「……その人って“同志”ですか?」

「うん。早川も知ってるよ」


陽子さん、と問う。

草平が黙ってうなずいたので、千裕は下手な口笛を吹いて応えた。


巨人を倒して死ねたら本望だと言っていた草平が、生きて帰ってからの展望を抱いている。バディとして好ましいことだったし、陽子の想いを聞いた後ではなおさらだ。青空の下を旅行して卓球して温泉に入って寝てれば良いさ。


一通り冷やかして応援した後、靴のかかとを直して歩き出す。草平も後に続いて、皆のほうに戻った。



そして、出発の指示が来た。

千裕は皆と一緒に車に乗り込んで、巨人の発生地点へと向かった。車内では時おり無線のやり取りが響くほか、誰も無駄な口を利かなかった。防護服の袋を足元に挟んで静かに座っている。


窓の外を見ると、暗闇の中に光が浮かんでいた。今回の任務のために車両や機材が用意されていて、現場の人々が照明をつけているのだ。


やがて車が停まって、車内で防護服を着るように指示があった。外気に晒される部分がどこにもないように、帽子を被ってマスクで顔を覆い、手袋を着ける。自分が次に防護服を脱ぐのは任務が終わったときだろう。


透明なフェイスシールドの向こう。

淡い光に照らされて、巨人の姿が浮かんでいた。


体長は数十メートル。

粘土で適当に人を造ったような姿をしていた。


何も飲み食いしないというのに、丸々とした腹が小山のように空へと突き出している。髪の毛や手足の爪はなく、青白い肉の塊のようだった。赤い血の代わりに透明な体液が流れているから、血の気がなく青白いのだ。生き死にすら曖昧だが、腹がゆっくりと上下するのが見てとれた。


巨人が今いる空間には、数か月前までは集会所と図書館の分室があったと聞いたことがある。

怪獣のように走り回って火を噴いたりはしないが、圧倒的な重みで周りの建物は押しつぶされていた。


今から自分たちはあの腹の中に入るんだ、と思う。


千裕と草平は巨人の頭側に行って、クレーン車のゴンドラに乗った。瓦礫が散らばる中にクレーンを出すのは手間がかかっただろう。運転手が合図をして、2人を乗せた足場が上がっていく。


高さが上がるにつれて、地上の様子が見渡せるようになった。

地上の投光器がこちらに向けられて、自分たちを照らし出す。


誰かがこちらを見上げて敬礼していた。皆が防護服を身につけているから、誰なのかは分からない。

揺れる足場に立って敬礼を返す。


ゴンドラは巨人の口元まで上がって、一方の扉が開いた。


巨人の顔を見渡す。

眼球があるはずの場所には、2つの浅いくぼみがあった。水たまりのように薄く液体が溜まっている。

表情を読み取れない姿だった。


ゴンドラに腰掛けて、巨人の口元に足を伸ばした。口の中に歯はなく、ただ暗い空洞があった。

後ろに立つ草平が、無線機のボタンを押して降下を告げた。


「これより降下」

「了解」


ヘッドライトが行先を照らす。

2人は巨人の内側に向かって、ゆるやかな傾斜を滑り降りた。

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