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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第三章
18/30

青くて大きい

神戸を去ることが決まって、伊原木に向かうために荷物をまとめていた。荷物があまり増えないように、必要なものだけをリュックに入れていく。


鍵つきのキャビネットを開けて、中身を内側のポケットに移した。充電の切れたスマホと、デザインが違って使えない現金、前にいた場所の運転免許証。トマトから貰った錠剤も奥のほうに入れる。


ごみはリビングで袋にまとめている。

地下でもらった折り紙の花束を片手にリビングに行くと、草平と陽子が荷造りや掃除をしていた。玄関での平手打ちの件以来、2人が揉めるのは見ていない。千裕の知っている範囲では、今まで通りに協力して過ごしているようだった。


一段落したところで千裕は疑問をこぼす。


「もしシャドウがどこにも発生しなくなったら、ライトワーカーはどうなるんでしょうか」

「そのときは解散かなあ。元々シャドウを根絶するための組織だから、なくなったら役割も終わるよ」


そうですかと相槌を打つ千裕に、陽子は言葉を続けた。


「そしたらどっか旅行行きたい。温泉入って、卓球して、お風呂上がりに畳に寝転がって」


旅行か、と草平も繰り返した。

どうしてそれが気になったのと陽子から逆に訊かれて、千裕は握った花束を示す。逢坂のシェルターを出るとき、駅のホームで少女に手渡されたものだ。草平が興味をもったようで、花びらの部分を触って眺めていた。


「大きくなったら巨人を倒しに行きたい、っていう子がいたもので」

「何歳ぐらい?」

「十にもならないぐらいです」


草平は花束に付けてあった鉛筆書きの手紙を読んで、千裕の手から回収した。


「その夢は僕たちで盗っていく」


穏やかな声音でそう口にして、花束と手紙をごみ袋に放った。


出発の朝はよく晴れていて、千裕はマンションのベランダに出て空を眺めた。青空は見納めかもしれないから、もう一度見ておこうと思ったのだ。下に目線を向けると、制服を着た高校生が何かしゃべりながら歩いていた。


陽子と草平と一緒に外を歩いた。百貨店の脇に送迎の車が停まっていて、それに乗り合わせて拠点に向かい、先行のメンバーと合流することになっている。


シャドウの影響下に大勢で出入りして大丈夫なのか。警察に追われたら大変だろうと問う千裕に、陽子は大丈夫だと答えた。


「大丈夫。許可は取ってるから」


シャドウの根絶を求める世論が高まる中で、当局はそれに特化した部門を作って、ライトワーカーの手を借りることを決めていた。活動のために動くぶんには法的な取り締まりを受けることはなく、仮にメンバーが命を落としたとしても政府の責任ではない、という取り決めが水面下で成り立っている。


「あっちの言葉でいえば“官民協働”ってのかな。ここでも意見が割れてて、権力の犬として使われるなんてごめんだ、って組織を抜けた人もいる」


手柄を持ってかれるのは良い気分じゃないからね、と陽子は話した。

敵が減ったのはいいことだと草平が応えて、陽子は皮肉のように笑って「ほんと」と答えた。


確かにそうだ、と千裕は思う。

選挙権も保険証ももたない自分は、国や自治体が守るべき「市民」に含まれていない。政府に何かを求めたり抗議したりする気にはなれなかった。治安当局に追われる心配がなくなれば、シャドウへの対処に専念できるだろう。


信号を渡った先に中型車が停まっている。

3人が乗り込んで空いた席に座ると、運転手は何も訊かずにドアを閉めて車を出した。


15人ほどが乗れる車で、席は半分ほど埋まっている。静かな車内で千裕はぼんやり外を眺めていた。百貨店の売り出しが本格的に再開されたようで、入り口に行列ができていて、傍らに警備員が立っていた。街路樹の葉が風に揺れている。


通路を挟んだ反対側から視線を感じて、顔を通路のほうに向けた。珍しいものを見るように、中年の男がこちらに目を向けている。何かを話す雰囲気でもないので、千裕はリュックを膝に乗せて顔を埋めた。


浅い眠りについているうちに、車は闇の中に入った。


拠点に着いて車が停まったので、皆で防護服を着た。少しの時間でも、地上を歩くときは防護服を着るのが鉄則だった。


一列で車を降りて、地下に続く階段を降りた。全員が入ったのを確かめてから鉄扉が閉まる。


オレンジの服を着たメンバーが待っていて、本人確認をしながら作業着を手渡した。所属が一目で分かるように作業着の色が分かれていて、仕事をするときはそれを着て過ごす。

前線で巨人に対処する者は青色、地下に留まって後方を支える者はオレンジ色。


千裕が青色の作業着を受け取るとき「Mサイズだから君には大きいかもしれないけど」と前置きがあった。その足で部屋に荷物を置きに行って、着替えて昼食を摂ってから午後のミーティングに加わる。


陽子と草平はそれぞれに呼び出されて、千裕は一人で部屋に向かった。前線に行く者のエリアで、通路の端にある小さな部屋が割り当てられた。


入口に電気のスイッチがあって、壁際にはベッドが1台。簡素なつくりからすると、元々は用具庫だったのかもしれない。ここは地下だから、窓がないのはどこでも同じだろう。


ベッドの上に荷物を置いて、支給された作業着に袖を通した。

受け取るときに言われた通り、上着は腰が隠れるほどの丈があって、ズボンも長くて裾を踏みそうだった。成人男性が着るのが前提らしい。


不満を発散するように、色白で華奢な腕を何度か振ってみる。

上着の袖をまくって、ズボンの裾を折ってヘアゴムで留めてから、千裕は食堂に足を運んだ。

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