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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第二章
17/30

二人組

神戸のマンションに木原が訪ねてくることになった。


第七ブロックの地下で、防護服を着てブレードを提げたままハードル走をしていたときのことだ。木原は自ら防護服を着込んで手本を見せてくれた後、ストップウォッチを片手に千裕を眺めていた。


手本の動きには無駄がなく洗練されていて、千裕は内心で、木原が自分で前線に行けばいいのではと思った。


夕方に訓練が終わると、木原は千裕に対して、家を訪ねる予定を伝えた。任務の詳細やメンバーの編成について、陽子や草平が同席する中で話し合いたいという。


目の前の木原は個人の能力を上げることを主にしており、話し合いの席には集団での戦術の担当者を一緒に連れてくる、ということだ。


詳しいことは何も聞かされていないが、千裕は了承した。どっちみち家を訪ねてくるのなら、自分だけが先に質問するよりも、皆が揃って話を聞いたほうが効率的だろう。


家に帰って木原が訪ねてくる予定を伝えると、陽子はすでに知っていて「大男が2人も来るとむさ苦しい」などと嘆いていた。


わざわざ訪ねてくるのは相当大事な話だろう、と草平は真面目な顔で応えた。


当日。

玄関先に訪れて挨拶する人物を前に、千裕は自分の目を疑った。


──木原が2人いる。


同じ顔、同じ短髪、似たような服装。ただでさえ大柄で威圧感のある男なのに、瓜二つの姿が並んでいた。


違いといえば、顔に傷があるかどうか。顔に傷があるほうの木原が、いつも千裕を指導していたはずだ。


2人を交互に見ている千裕に、陽子が「木原さんは双子なんだよ」と説明を加えた。兄のほうが集団の訓練、弟は個人の訓練を担当している。


「え、言ってなかったっけ」

「初めて聞きました」


自分を驚かすためにわざと伏せてたんじゃないか、と要らぬことを考えた。


木原兄弟はリビングに入ると、片隅に目をやって黙礼した。瞬の私物だったミュージシャンのTシャツを壁に掛けて、飲み物や果物をいくつか置いていたのだ。


遺体は衛生を保つために地下シェルターの焼却炉で焼かれていたし、瞬や周りの人々はこれといった宗教を信じていない。信仰も血のつながりもない者の弔いだった。


同志への弔いを示した後、任務についての話が始まった。5人で話すには椅子が足りないので、千裕は自分の部屋から椅子を運んできて腰をおろした。


話が進むにつれて、木原兄のほうが人当たりがよく話しやすいという違いが見えてきた。


ライトワーカーは伊原木の地下に拠点を置いている。千裕と草平と陽子は、巨人の発生地に近い伊原木に移って、他のメンバーとともに動きを調整していくことになった。陽子は今まで通りに情報収集や連絡を担う。


草平は補給班に行くんだと千裕は思っていたが、木原の話ではそうではないらしい。


千裕と草平はバディを組んで、ブレードを持って前線に赴くことになった。前線の中でも、巨人の内部に入って内側から核を狙う立ち位置だった。


元々は別のメンバーが前線に派遣されるはずだったが、その彼が組織を離れたため、かつて訓練を受けた草平が代役として選ばれた。


それでいいかと尋ねられて、千裕は「はい」と答えた。自分が前線に行くのは変わらないなら、見知らぬ人と新たに顔を合わせてバディを組むよりは、草平と組んだほうが安心だと思えた。


草平が答える前に、陽子は横から「質問があります」と声を発した。このタイミングで陽子が質問をするのは場違いなことだ。


木原弟は元から厳しい顔をさらに厳しくして、兄のほうは「後でもいいか」と返したが、陽子は非礼を詫びて言葉を続けた。


「前任者が組織を離れたのはどうしてですか」

「任務の詳細が決まったとき、自分は自殺志願者じゃない、と話したそうだ」

「そうですか。分かりました」


弟の答えに、兄のほうは困ったように「訓練の成績は上位だったけどな」と付け足した。拒否する者を送り込むわけにもいかない、と。


自分を指導してきた木原弟は、つくづく嘘のつけない男だった。


前任者がそう話したとしても、怪我をしたとか適当なことを答えておけばいいのに。その問答無用な率直さに感動すら覚える。


改めて意向を問われた草平は、相手の目をまっすぐ見て、前線に行くことを了承した。

それが望みです、と草平は告げた。


木原兄弟は、昔の出来事を少し話した。

十数年前にシャドウが発生した際、治安当局は戦車で乗り付けて、巨人に向けて砲弾をぶっ放したらしい。

巨人は消滅したが、その直後に、もっと人口が多い地域に現れて、シャドウの被害も大きくなった。


不用意な攻撃のせいで被害が増えたとして、政府は国民の批判を浴びて、政権が交代するようなことになった。砲撃との因果関係が否定できないために、巨人に銃火器を使うのは禁忌となった。


兄弟はそのとき当局で巨人に対処する前線にいたという。作戦の失敗を機に、2人は当局を抜けてライトワーカーに加わり、やがて人を指導し統率する立場になった。


木原弟は顔の傷に手をやった。


「俺はシャドウにやられて前線から退くことになった。後遺症はなくても、一度影響を受けた奴がもう一度行くのは命取りだからな」


以前に曝露したことがあると、再び曝露したときの症状はより強く早く現れる。千裕は陰性だったが、陽性になった者はもう前線に戻れないことになっていた。


弟は神戸に残り、兄のほうが伊原木に移ることになった。


木原弟──第七ブロックの鬼教官は、後は任せたと言い残して、これからのことを兄に引き継いだ。


千裕と草平は、よろしくお願いしますと挨拶をした。人が変わったとはいっても、兄も弟も見た目が瓜二つなので妙な感じだった。陽子も挨拶をしたが、その声は微かに震えていた。



木原兄弟が帰って行った後、陽子はリビングの片隅から桃缶を拾って、草平に手渡した。


「これはあんたたちで食べて」


散歩に行ってくる、と言い残して陽子は一人で家を出た。元々さほど家に居つかないし、行き先を深く追及するのもよくないだろう。


草平が缶切りで桃缶を開けてくれて、シロップ漬けの果肉を2人で食べてから書類を読み合わせた。


急に空が曇ってきて、本降りの雨が降り始めた。窓を雨粒が叩く。


「……すごい雨。傘持ってるのかな」

「地下街にいるんじゃないですか」

それならいいけど、と草平は陽子の身を案じた。


陽子はずぶ濡れで帰ってきて、うつむいた顔から滴が伝っていた。


草平は玄関でバスタオルを差し出して、風呂に入ったほうがいいと勧めた。


「風邪ひくよ。今お湯張ってくるから待って」


廊下に立って2人を眺めていた千裕は、次の行動に息を呑んだ。


陽子は草平の腕を掴むと、空いた腕を振り上げて、草平の頬を平手で打った。はたからも予想できないことだった。


肌のぶつかる音が響いた。


打たれた頬を押さえる草平に、陽子は苛立った口調で吐き捨てた。


「それより自分の命を心配すれば?」


少しの沈黙があって、草平は陽子の名を呼んだ。


「同志、山上」

「……ごめん。大人げなかった。同志、草平」


陽子はバスタオルを受け取って頭からかぶると、風呂場に入って扉を閉めた。


これ以上暴力が続きそうにないのを確かめて、千裕は静かに自分の部屋に戻った。2人がいったいなにを揉めているのか少し考えたが、すぐに興味を失った。

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