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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第二章
16/30

そのために来た

クレイジーサイコレズ×TS娘(未遂)

臨時の地下鉄が走る日のこと。


千裕はキヨとヒナミに挨拶を済ませて、一人で駅のホームに立った。地面にマットを敷いて居場所にする者や、台車を押しながら地下鉄の到着を待つ者がいて、それなりに人が行き交っている。


乗ってどこかに行くことよりは、物資の積み下ろしや廃棄物の回収が主目的のようだ。


列車はいくつかの駅に停まってから、シャドウの影響範囲を抜けて逢坂港に向かう。


キヨとヒナミは、逢坂港から神戸に向かう船の切符代を渡してくれた。「あとで陽子さんに請求しとく」とヒナミが口にしたので、千裕は陽子の知名度の高さを改めて感じた。


列車が近づいて停まる。乗り込もうとしたとき、後ろからぱたぱたと軽い足音がした。

千裕が振り返ると、一人の女の子が立ってこちらを見上げていた。色紙を束ねたものを手にしている。


名前は分からないが、背格好には覚えがある。

子どもたちと遊んだとき、巨人を倒すための新聞紙の棒を一緒に作って、本番には交ざらず姿を消した子がいた。年は十にも満たないだろう。


彼女は、言葉が喉元でつっかえたように何度か口を動かしてから「ありがとう」と言った。


女の子が差し出したものを受け取る。色紙で数本の花を作って紐で束ねたもので、二つ折りにした紙が一緒に紐に通してあった。


千裕がその場で紙を外そうとすると、女の子は「あとで読んで」と背を向けて去った。返事をする暇もない別れだった。


千裕は列車が動き出してから、壁に寄り掛かって中身を読んだ。ノートの端に鉛筆の文字が連なっていて、簡潔に思いを記したものだった。


──来てくれてありがとうございます。わたしも大きくなったらライトワーカーになって巨人をたおしたいです。お仕事がんばってください。


不意を衝かれたように口を半開きにして、手紙を何度か読んでから畳んでポケットに入れた。


列車はいくつかの駅に停まって、千裕も一旦ホームに出て荷降ろしを手伝った。


飲料水や紙おむつや粉ミルクの箱があって、幼子を抱いた親がホームまで出てきていた。拡声器を持った人が、荷物が届いたことを周りに広めていた。


昼下がりに港の近くの駅に着いて、階段をのぼって地上に出た。


外はよく晴れていて、平坦な港町の風景が広がっていた。遠くに真っ赤な大橋が架かっている。日の光を浴びるのは数日ぶりだった。


風に吹かれながら方角を確認していると、道の曲がり角から女性が現れた。


胸まである赤い髪が風に揺れる。


忘れもしない。トマトの姿がそこにあった。


彼女は千裕を捉えて、ふっと目を細めて「また会ったね」と笑った。


何もわからないままこの世界で目を覚まして、留置施設に入れられたとき、トマトと名乗る彼女と同室になった。


自分は急に釈放が決まって、挨拶もしないまま部屋を出ることになった。ずいぶん昔のように思えるし、昨日のようにも思えた。


トマトは千裕に対して、釈放されたから友達に会うため逢坂に来ていた、と話した。千裕と会ったのは偶然だという。再会するような偶然があるんだろうか。


「出られたんですね」

「うん」


一言ふた言交わして別れるつもりだったが、トマトは内緒の話をするように正面から距離を詰めた。吐息が耳元に当たるほどの距離で囁く。


「せっかく再会したんだし、私といいことしない?」


千裕の薄い胸の中で、心臓が鼓動を早めた。その反応を知ってか知らずか、トマトは言葉を続ける。


「初めて会ったときから気になってたんだよね。顔が整ってるし、あんまり遊んでなくて純粋な感じだし。女には興味ない?」


「……興味なくはないです」

「ならいろいろ教えてあげるよ」


まったく興味がなければ楽だっただろう。

千裕の理性的な部分が、このひとと関わってはいけない、と警告していた。


薬物で捕まって、相手に薬を飲ませて事に及ぶのが好きだとか話していて、自分を扇動してくる。誘いに乗ったら終わりだ。


「やめときます。何日もシャワー浴びてないので」


今朝まで地下シェルターにいたから本当のことだが、トマトは嫌がる様子もなく返した。


「それならお風呂入れるとこ行こう。さっぱりして気持ちいいよ」


かつて髪を整えてもらった記憶が蘇って、精神を侵食した。


周りに人の気配はなく、遠くから工事の音が聞こえていた。肌がざわつくほどに五感が鋭くなっていくのが分かる。


自分の足元に目線を落とすと、白地のスニーカーに擦れた血の跡が残っていた。車が横転したときも運よく靴は飛んでいかずに済んで、履いたままでシェルターに来たのだった。帰ったら洗おう、と意識を反らす。


──なにか。他に俺を止めてくれるものは。


心の奥底にあった、刃物を握って何かを切り裂くイメージが引き出される。これまではあまり深く追わないようにしていたが、今は自分からそれを掴みに行った。


腕をおろしたまま空想の刃物を握って、手首を軽く振ってみる。刃渡りが非常に長く、刃先がアスファルトを擦るのを感じた。迷いを断ち切るような重みと手応えがあった。


千裕は相手を見つめて、神戸往きの船が出航するのでと誘いを断った。


今すぐ帰らなきゃいけないと話すと、トマトは少し残念そうに受け入れて、千裕の手に何かを握らせた。


「じゃあこれあげる」


手を広げてみると、小さな袋にカプセルが1錠包んであった。トマトは“閃光”の名前を口にする。

覚醒作用のあるドラッグの一種だと、かつて彼女が話していた。


戸惑った千裕に、トマトは「シャドウにやられそうなときのお守り」と付け加えた。


「これで救える命があるのに、みんな頭固いから広まらない。バカだよね」


ヤバくなったら飲んで、と。トマトは片手をひらりと振って、千裕がさっき来たほうへと足を進めた。駅の階段の向こうに姿が消える。


千裕は紙の花束と手紙と違法薬物を持って、神戸往きの船に乗った。

拠点に帰りついたのは夕暮れ時で、陽子と草平が迎えてくれた。


道中で受け取ったものを鍵付きのキャビネットにしまって、久しぶりに体を洗って湯船に浸かって、髪をドライヤーで乾かしてベッドで眠った。


次の日には訓練に戻って、地下の第七ブロックで木原と顔を合わせた。シャドウに曝露した状況と怪我のことを訊かれたので、検査結果が陰性で症状が出なかったことを伝えて袖をまくって見せた。


傷は跡も残さず治っていて、どこを怪我したのか見た目には分からない。


木原は千裕の様子を観察して、いくつかの特異な体質が重なったものだろう、と手短に感想を述べた。


その日から武器の扱いを教わることになった。人型実体の体内の核を壊すために、周りの組織を切り裂く必要があって、任務では刃物を扱うことになる。


大型人型実体対応型組織層切断ブレードというむやみに長い名前があって、木原は単に「ブレード」と呼んだ。


木原はブレードを両手で抱えて千裕に受け渡した。

ホルダーに刃が収まっていて、スライダーを片腕でずらすと刃が出るようになっている。


カッターナイフをより大きく頑丈にしたような作りだった。


両手で受け取って地面と水平に持つ。前のめりにならないように、足を軽く広げて前を向いた。

刃渡りが長くて、刃をすべて出せば床を擦る長さがあるだろう。


──これだ、と思った。

何かを握って切り裂く光景が、今この手に持っている刃と結びついて綺麗に回収されていく。


俺は誰かに利用されてるんだろうかと考えて、それでもいいかと千裕は思った。陽子や木原や、もっと大きな組織に利用されてるというなら、その中でできることをやろう。


巨人を倒してシャドウを根絶するためにここに来たんだ、と感じた。おかしな体質もそのために在る。

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