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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第二章
13/30

運び屋_02

──左に寄せて止まりなさい。


千裕はワゴン車のハンドルを握って、背後からのサイレンを聞いていた。なんでこんなときに来んだよクソ、と瞬が助手席で悪態をついた。


テレビのニュースの音声が頭をよぎる。防護服を着たまま店の窓ガラスを割って、金目のものを盗む輩がいる。当局は徹底的に捜査している、と。影響下を走る自分たちも、泥棒だと疑われたのかもしれない。


ペダルから足が離れて、ハンドルをわずかに左に切って、思考力は静かに落ちていく。治安当局と敵対することもあると教わっていても、実際に車で追われていると、もう終わりだと思えてくる。


呼び掛けに応じて身を任せれば楽になれるだろうか。この状況を終わりにしたいと願った。


実際には数秒のことだろう。

エンジンブレーキが作動して、速度がゆるやかに落ちた。気づいた瞬が左側から声を発する。


「飛ばせ。180km/h まで出せる」


その言葉に、意識を引き戻された。


盗みはしなくとも、何かの法に触れているのは変わりない。追いつかれたらいろいろ尋ねられて、また身柄を拘束されるだろう。


助手席には瞬がいて、後ろには仲間に渡す荷物を積んでいて、神戸には陽子や草平がいる。自分だけの問題じゃなく、周りの人にも危険が及ぶ。


──止まれない。


千裕は遠くを見るように顔を上げて、アクセルを強く踏み込んだ。助手席の瞬がシートに押し付けられて、座面に手をついて体を支えていた。こんなことは教習所でも教えない。


周りの建物の輪郭が高速で流れ去る。車は車線の真ん中に出て、ヘッドライトが照らすほうへと走った。


瞬は横から何度か手を伸ばしてハンドルを切った。2人の手が触れて、車は荒々しく揺れた。


追跡を振り切ってから車を降りて、地下街に飛び込んで身を隠す予定だった。口に出して確かめ合ったのか、どちらかの考えがもう一方に伝わったのかは分からないけど、同じことを考えているのは確かだった。


実現できるかは分からないが、他に方法はない。最後までできることをやる。


2人の手が重なって、「こっちだ」と左にハンドルを切る。


何かに乗り上げたような感触があった。千裕がその意味を理解するのと同時に、突き上げるような衝撃が来て、視界が暗くなった。


ワゴン車は縁石に乗り上げて横転した。


千裕は暗闇の中で、舗装された道路に横たわっていた。サイレンの音はもう聞こえない。


体がばらばらになった気がしたが、まだ生きているらしい。肺が勝手に動いていて、生命を保とうと必死に呼吸をしていた。外のねっとりした空気を取り込んでは吐き出す。


指先に筒状のものが触れた。車に積んでいる懐中電灯だった。瞬はどうしたのかと思い出して、懐中電灯のスイッチを入れる。防護服の袋が車体の下敷きになっていて、自分たちが身ひとつでシャドウに晒されているのを知った。


「大丈夫か」

「……ん」


瞬は千裕の隣で横になっていて、身じろぎして応えた。


「足が」


片足を車体の破片に挟まれて動けなくなっていた。

千裕は隙間に腕を差し込んだが、とても動かせそうになかった。皮膚にぞっとするような嫌な感触があって、腕を引き抜いて瞬の両肩に回す。


上体を掴んで引っ張ると、瞬は足が痛むのか苦しげな声を漏らした。頑張れ、と呟いて一思いに引きずり出す。


解放された瞬の足からは血が流れていて、自分で立って歩けそうになかった。千裕が瞬に背中を差し出すと、瞬は「無茶苦茶だ」と抗議して、先に行けと千裕を追い払った。


自分には地理が分からない。背負っていくから後ろで懐中電灯を持って道を教えろと命令すると、瞬はおとなしく身を預けた。


暗い街の中を一歩ずつ進んでいく。肩越しに懐中電灯の白い光が揺れた。

額から温かいものが伝って、口に流れ込んだ。横転したときに口の中を切ったようで、鉄のような匂いを感じる。


瞬は男にしては身軽なほうだけど、千裕よりはいくらか大きくて、背負っていくとバランスが悪い。これだから女は不便だ、と思う。


瞬に言われたように道を横切ると、地下鉄の駅の入り口があった。地上と地下を区切るシャッターは半開きになっていて、蛍光灯が白く照らしていた。


シャッターをくぐって、震える足で階段を降りていく。


階段の中ほどまで来たとき、急に辺りが騒然とした。地下のシェルターに留まっている住民が、2人を見つけて救援を呼んだのだった。


瞬を引き渡した途端、千裕は力が抜けてその場に座り込んだ。2人は担架に乗せられて地下を運ばれていく。


「どこから来たの」

「……神戸。外からです」

「地上でこんな怪我したの!?」


蛍光灯の下で、千裕は自分の体を触って確かめた。

額からまだ血が流れていて、腕は車体の破片でざっくりと切れていた。唇も切れているらしく、口を動かすとひりひりと痛む。


担架で揺られながら、あちこち怪我してたんだなと他人事のように思った。

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