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第5話 不作の世代

 マネージャーに就任初日。

 とりあえず今日は契約書の記入と、それから担当Vtuberと改めて顔合わせをすることになった。


 昨日の内に渡された資料には一応一通りの目は通しておいた。


 俺が担当するVtuberは『海星キラリ』。

 本名は河野 未来。

 現役女子高生で16歳。

 投稿動画本数は二本だけ。


 一本目は自己紹介。

 二本目は次の動画に対する相談。

 それだけの内容なのに、動画再生数は数10万を超え、登録者数は20万人を超えている。


 彼女の実力が凄いというよりも、『ビサイド』というコンテンツの強さが物語っている。

 年に一度程新人を数人雇い、グループを結成するやり方を『ビサイド』は取っており、彼女達をアイドルとして扱うことによって人気を高めて来た。


 その売り方が功を奏したのか、『ビサイド』というコンテンツの人気は凄まじいが、『海星キラリ』と同期の者達は世間からこう呼ばれていた。


『不作の世代』。


 彼女達は所謂四期生と呼ばれる世代の者達だ。

 三期生は『奇跡の世代』と言われ、三期生が一番人気であり、五期生は『バランスの世代』と言われ、突出した登録者数は持っていない分、全員人気である世代。


 ただ、四期生である『不作の世代』というのは、正直あまり人気ない。

『ビサイド』を箱推ししている人が知っているだけであって、他の世代の人間に比べると確かに人気がないのだ。


 だからこそ、俺みたいなマネージャー経験のない人間にもお鉢が回って来たのだろうが、何とかして俺は担当Vtuberをどうにかして上に上げたい。


 ――天音さん。

 ――はい?


 俺がマネージャーになることを決意した後、前澤社長は河野さんを下がらせてこういった。


 ――彼女ね、心にトラウマを抱えているみたいなの。

 ――トラウマ、ですか?

 ――ええ。やっぱり男性が怖くて、ううん、人間も怖くなったみたいでね。Vtuberっていうのは心を病む人が多いの。心理カウンセラーに通う人もいるぐらい。

 ――そんなに、ですか……。


 正直、そこまで大変な仕事とは思えなかった。

 Vtuberっていうと、明るく楽しく喋る仕事という印象だ。

 主にゲーム配信と、それから歌を出したり、踊ったりすることもある仕事で、キラキラした感じのイメージだ。


 芸能界のヴァーチャル版で、心理カウンセラーとは縁遠い職業だと思っていた。


 ――彼女は特にまだ女子高生だから、心が成熟していないせいで傷つきやすいの。だからあなたには頑張って欲しいと思っている。

 ――は、はい。


 聞けば聞くほど俺じゃなくて、女性が担当した方が河野さんも幸せになるんじゃないかって思えて来た。


 ――彼女、配信が出来ないみたいなの。だからまずは彼女に配信をさせて。それがあなたの最初で難しいお仕事。

 ――配信をさせる?


 それだけでいいのか。

 と思っていると、それが顔に出ていたのか前澤社長の顔が険しくなる。


 ――配信は大変なの。体力も使うし、気も使うし、人気Vtuberだったら一万人以上の人達に見られながら一挙手一投足を監視されるような仕事なの。そんなプレッシャーのかかる仕事はないわ。芸能界だってそんなプレッシャーはない。だから配信は難しいの。

 ――そう、ですね……。


 そう言われるとそうだ。

 芸能人は観客しか観られていないし、それに編集がある。

 ある程度口が滑っても編集でなんとか誤魔化せるし、もしも視聴率が跳ねなかったとしてもそれは番組のせいにできる。


 だけど、Vtuberはそうじゃない。

 一人で配信をするから責任は全部一人で背負うことになる。

 そして失敗した姿を一万人以上の前で晒すことになる。

 それが怖いんだろうな。


 ――もしも彼女が配信をしなくなって引退なんてしたら、私達会社が世間から責められるの。そしたらもう他のVtuberの人気も落ちて、会社が潰れるわ。そしたら、私達の抱える子達は全員路頭に迷うことになる。

 ――は、はい……。


 そう言われると責任重大になってきた。

 彼女の言う事はあながち大袈裟じゃない。


 Vtuberっていうのは今かなりの人気だ。

 最近人気が出たコンテンツだからこそ、みんな新しいことには敏感だ。

 引退や活動休止になるとSNSのトレンドに乗ることもある。


 そうなってくると、やはり会社の運営体制が間違っているんじゃないかって叩く人間は大勢いる。

 俺だってSNSで見ていた時は漠然とそう感じていた。

 だが、当事者になってみると胃が痛くなるってもんじゃない。


 ――お願いね。あなたに全てかかっているわ。


 すんごいプレッシャーかけられた。

 その為にはまずは彼女のことをよく知らないといけない。


「ねえねえ、次のコラボ配信いつだっけ?」

「来週の土曜日でしょ? マネージャーに確認とったら?」

「うちのマネージャーってレス遅いんだよね」


 前方から姦しい女性たちが歩いて来る。

 資料で見た。

 さっき考えていた『不作の世代』のメンバーだ。


 四期生のメンバーは全員で五人いる。

 その内の四人、俺の担当の『海星キラリ』を除いた面子が揃っていた。

 年齢はみんなバラバラだ。

 俺と同じぐらいの年齢の人もいる、というか同じ年代の女性が所属している事が多いみたいだ。


 俺達の世代はまさに配信世代だったからな。

 十五年ぐらい前は配信黎明期ともいえる時代で、あの頃の配信者に憧れてVtuberになった人も多いんじゃないんだろうか。

 あの頃はまだスマホがなく、ブログで現状報告する時代だったからこそ、動画配信の面白さが際立っていた。

 今のように綺麗で整備された動画は少なく、俺の高校時代のネット環境というものはカオスそのものだったが熱い時代だった。


「…………」


 俺は廊下の端のズレて深々とお辞儀をすると、メンバーから軽く会釈される。

 少し離れた所でみんなの噂話が聴こえてくる。


「誰?」

「さあ。どうせすぐ辞めるんじゃない? 一々覚えてられないって」

「確かにそうかもしれないアルね……」


 酷い言われようだったけど、それだけすぐマネージャーが辞めるぐらいハードなんだろうか。

 不安になってきた。


 あと語尾にアル付けている女の子いなかった?

 まだ自分の担当Vtuberの配信しかチェックしていないから詳しくないけど、キャラ付けかな。

 まさか日常生活でもアル付けで喋っているのか?

 スーパーで、


「袋いらないアル」


 とか言ってマイバック取り出していたら、変な目で見られそうだな。


「……ごめんなさい。忘れ物したので先に行っててもらっていいですか?」

「ああ、いいよ、いいよ」


 メンバーの中で一番気弱で声が小さい子が駆けて来た。

 しかもその子は俺の前まで来て立ち止まる。


「え?」


 一体何?

 どうしたのと思っていると、


「あの、さっきは皆さんがすいませんでした」


 頭を下げて謝ってくれた。

 よく分からないけど、凄くいい子だというのは分かった。



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