第15話 裏垢で彼氏いるアピールはNG
「この際、SNSを使っていたことはどうでもいい。だけど、彼氏はいるのか?」
「そ、それは……」
言いづらい事だろうけど、これは大事なことだ。
昔に比べて彼氏彼女がいるかどうかは寛容になっている。
彼氏がいても少し炎上するぐらいだろう。
もしも彼氏がいるのなら、時期を考えて公表した方がいい。
むしろ、彼氏がいることを隠している方がまずい。
隠している所に、誰かからのリークや、何かの拍子でバレた時の方がダメージが大きい。
まだ匂わせツイートで匂わせておいて、徐々にファンにこのVtuberは彼氏がいるんだと刷り込むことによってダメージが大きくなることを防ぐことだってできる。
清純派のアイドルが、複数人の男と遊んでいたとか、何人も彼氏がいて浮気していたとか、そういう騒動が一番ヤバい。
Vtuberだって世間的にはかなり人気を得てきている。
企業コラボしていたら、契約違反金を払わないといけない事例だって今後出てくる可能性だってあるのだ。
「正直に話してくれ。彼氏はいるのか?」
「マ、マネージャー?」
「え?」
「マネージャーは彼女いたことある?」
「そ、それはどうでもいいだろ!!」
「ムキになるってことは彼女いないんだ……」
「俺はそっちの話をしているんだ!! これが大問題になることぐらい分かるだろ!!」
ブチギレそうだった。
というか、キレていた。
高校生と親戚のおばちゃんって、なんでこんな他人の色恋沙汰に興味津々なんだ。
俺が彼女いようがいまいが関係ないだろ。
「――いない」
「じゃあ、なんでこんなツイートをしているんだ」
間の取り方的に、これ、彼氏いるな。
なんですぐにバレるような嘘をつくのか。
「本当にいません!! こ、これは……」
「これは?」
「エア彼氏です!!」
耳鳴りがする。
初めて聞く単語だ。
女子高生の間でしか流行っていない言葉かな。
「そのエア彼氏っていうのは?」
「架空の彼氏です」
「そのまんまの意味だな」
「うわあああああああん!!」
キラリは両手で顔を覆って蹲る。
泣きたいのはこっちの方だ。
何が悲しくて、担当Vtuberがエア彼氏とかいうイマジナリーフレンドみたいな特殊な趣味を持っていることをカミングアウントされないといけないんだ。
「――っていうことは、この彼氏っていうのは嘘ってこと?」
「ええ!! そうですけど!! この彼氏と一緒に買い物に行ったとかは、弟ですよ!! めちゃくちゃ嫌がってますけど!!」
「分かった、分かった」
こいつ、最早開き直ってやがる。
スマホを見せられると、顔は映っていないが男と女が腕組みしている写真がSNSに投稿されている。
フォロワー数は二桁ほどで、本垢よりも人数は圧倒的に低い。
だが、だからといってこれは看過できない。
「迷惑を掛けないんだったらそれでもいい。だけど、このエア彼氏自慢はもう止めておいた方がいい」
「な、あなたにそんなこと言う権利あります!?」
「ある。俺はキラリのマネージャーだ。だから君を守る為にも口出す権利はある」
「ま、守るってどういうことですか?」
「裏垢は危険すぎるんだよ」
アカウントを二つ以上持っている人間なんて、学生は特に多いだろう。
昔のSNSは匿名で本音をぶちまけられる場所であり、現実世界とは違うもう一つの世界だった。
秘密基地みたいな空気があって、そこだけの仲間内でワイワイやっているのが楽しかった。
だが、芸能人がやり始めて、漫画家や会社が宣伝の為にSNSを使い、それに追従するように人が増加した。
そのせいで、SNSが公共の場になってしまった。
もう一つの世界どころじゃない。
SNSも現実世界と同化してしまっている。
今となっては現実世界の友人や知人とだってメールでやり取りするのではなく、写真や動画で近況報告してそこで交流するようになっている。
だから、ストレス発散するのなら、一つのアカウントじゃ足りないのだ。
アカウントを二つ所持して、表ではなく裏のアカウントが必要になる。
心が不安定になる思春期には言えないことを言える場所が必要なんだろう。
だけど、
「Vtuberみたいに有名な人は弱音を吐いちゃいけないんだ」
「そ、そんなの酷いじゃないですか。Vtuberだって人ですよ」
「違う。Vtuberは人じゃない。偶像なんだ」
敢えて言おう、人じゃないと。
人でなしの言葉だろうけど、人間のままじゃVtuberじゃない。
有名税って言葉があるけど、有名になるってことはそれだけ何かを背負わなければならないんだ。
綺麗事なんて言えない。
社会的地位を持つってことは、それだけで普通の人間よりも苦しい生き方をしなければならないんだ。
「スポットライトを浴びた人間は人間らしい振舞いなんて、厄介オタクからは期待されていないんだよ。理想のキャラにならなきゃならない。それが主人公になったキラリの役目なんだ」
「そんな……そんなの……」
将棋のプロが1000円以上の昼ご飯を食べただけでネットニュースになる時代だ。
お昼ご飯が高すぎる!!
俺達の昼飯代はこんなに低いんだぞ!! と叩かれるような時代。
人気者はその一挙手一投足に注意を払わなければならない。
みんなの理想を壊したらすぐに叩かれてしまうのだ。
「裏垢と本垢を混同して、裏垢で呟くツイートを本垢で呟いてしまった例なんて星の数ほどあるんだ。裏垢は今すぐ消すべきだ」
「で、でも、私はそんな間違いなんて犯さないです!!」
「百歩譲ってそうだとしても!! アカウントを乗っ取られたらどうする!? そしたら紐づけされているアカウントは全て世間に晒されることになる!! 世の中には他人の足を引っ張ることに人生をかけている人間だっているんだ!!」
まだ高校生には分からないかも知れないけど、この世の中には屑で溢れている。
漫画のラスボスや悪党で他人を傷つけてもせせら笑う人間はいるけど、あんなのこの世の中には沢山いるんだ。
自分の人生に絶望して好転できないと知ったら、他人の人生を滅茶苦茶にして幸せになろうとする人間だっている。
「そんな人います?」
「いるよ。――ここにいる。俺だって他人の不幸を願うことだってある」
自分の周りではなく、ネット越しの相手で、しかも相手Vtuber。
どんな酷いことをしてもいいと思う人間はいるだろう。
批判することで自分の承認欲求だって満たせるだろうからな。
「自分が幸せになれないから、誰かの不幸を願うことでしか自分を保てない人間だっている。そんなクズの為に、キラリは躓いたら駄目だ!! せっかく成功したんだから!! せっかく主人公になれたんだから!!」
こんなの俺の勝手な願望だ。
だけど、せっかくの成功者なのに配信以外のところで折れて欲しくない。
キラリは傷つきやすくて繊細だけど、それだけ感受性が豊かってことだ。
誰かと接することが多いVtuberっていう仕事にピッタリな性格だ。
金の卵である彼女はまだ生まれていない。
俺が割れないように守っていきたいのだ。
「分かりました。エ、エア彼氏との偽デートや嘘いちゃつき垢は削除します」
「よ、良かった……」
かなり恥ずかしそうにしている。
バレるの嫌だったろうな。
俺だって中学二年生ぐらいに作ったポエムが他人に読まれたら、顔から火が出るだろう。
「その代わり――」
頬を紅潮させながらキラリは、覚悟を決めたかのように胸に手を当てる。
「マネージャー、私の彼氏になって下さい」
 




