第5話 まだ死んでない?(後編)
「久しぶりねぇ、東次。しばらく見ない内にすっかり老けちゃって」
俺と鈴は池袋で待ち合わせ、喫茶店に入っていた。
反対側の席に座る幼馴染。
かれこれ約9年ぶりに会う鈴はすっかり印象が変わり、落ち着いた大人の女性という雰囲気だ。
「そうだな、もうおじさん一歩手前だよ。年は取りたくないね」
「ホントそれ。まあどうせ東次のことだから、今はウマ令嬢おじさんにでもなってるんでしょ?」
「お、よくわかったな。ちなみのおじさんの推しはAMWの三人とデジちゃんだ」
「AMWに対してデジちゃんキャラの落差よ」
「デジちゃんこそ俺たちオタクの代弁者……推す者は推される運命にあるのだ」
今話題のソシャゲの話で盛り上がり、くすくすと笑い合う俺と鈴。
「……変わんないね、東次は。あの時と同じオタクのまんまだ」
「人のこと言えないだろ。お前も全然オタクじゃねーか」
「まあね……でも昔みたいにはいられなくなっちゃった」
どこか寂しそうな顔をする鈴。
彼女がそんな表情をする理由に俺は心当たりがある。
だがあえてしらを切ってみよう。
「なにかあったのか?」
「うん……実はさ、アタシ今婚約者がいるんだよね。だけどその彼がアニメとかゲームが大嫌いでさ、オタクなんて社会の癌みたいに思ってるの。だから堂々とはオタ活できなくなっちゃった」
「……その言い方じゃあ、まだ好きなことに変わりないんだな」
「そりゃそうよ。アタシの生き甲斐だもん。それにここ最近は女性向けのアニメやソシャゲも豊富だし、女性向けラノベなんて黄金期なんだから。オタクをやめろって方が無理」
「そうか……そうだよな……」
やっぱりまだ鈴はオタクなんだ。
オタクでいたいって思ってる。
それなのに婚約者相手がそれじゃあ、ストレスが溜まる一方だ。
「なんでそんな奴と結婚するんだよ。もっとオタクで気の合う男を選んだ方が絶対いいだろ」
「そうもいかないよ。アタシの独身を心配した両親が、お見合い席まで用意して紹介してくれた人なんだから。それに決して悪い人ってワケじゃないの」
なんだか俺は心の中がモヤモヤしてくる。
自分の好きな物を好きと言えない――
自分のことを理解もしてくれない相手と結婚する――
それでいいのか?
それが鈴の望む人生なのか?
違うだろ。違かったんだろ。
だから、お前は――
俺の内心を知ってか知らずか、鈴はふぅとため息を漏らす。
「……こんなことなら、あの時東次に言われたことを真剣に考えるべきだったかも」
「え?」
「言ってたじゃない、高校二年の時だったかな。〝オタクを続けたらお前自身が不幸になる。だから鈴はオタクを卒業しろ〟ってさ。あの時は意味わかんなかったけど、今は身に染みるわ」
「――――ッ!」
俺は驚きを隠せなかった。
その言葉は――俺が夢の中で鈴に言ったものだ。
俺が10年前、高校二年生だった頃に戻って彼女に言った言葉。
鈴が将来自殺をしてしまうことを知っていたからこそ出た警告。
それを彼女は覚えてる?
ってことは、やっぱりあれは夢なんかじゃなかった?
なら俺は間違いなく10年前に戻っていて、現在――いや、未来に干渉した?
急に自分が体験したことが現実味を帯びてきて、武者震いを覚える。
「でも、やっぱりアタシはオタクをやめられなかった。もしすっぱり卒業できてたら、こんなに悩むことはなかったのにな」
「鈴……」
「ゴメンゴメン、なんだか湿っぽくなっちゃったね。久しぶりに会ってする会話がこれじゃ、アタシももうおばさんだ」
「バカ言え、おばさん名乗るなんてお前にはまだはえーよ」
俺はぐっと身を乗り出し、
「いいか鈴、もしなにかあったらすぐ俺に相談しろ。絶対に一人で抱え込むな」
「なによ、妙に優しいじゃない」
「当たり前だ。お前は俺の幼馴染で、俺の一番のオタク仲間なんだからよ」
放ってなんておけるか。
俺は鈴を死なせたくない。
オタクであることが原因で自殺なんて――そんな未来、俺が変えてやる。
俺の言葉を聞いた鈴は小さい声でポツリと、
「一番、か……その言葉、もうちょっと早く聞きたかったな」
「あ? なんて?」
「なんでもなーい。これだからオタクくんはチー牛ってバカにされるんだって思っただけ」
「なに!? お前、チー牛は差別用語だぞ! それに三色チーズ牛丼はすき家が生んだ神の食べ物だろうが!」
「はい名前間違ってる~、正しくは3種のチーズ牛丼って名称で~す。神の食べ物をネットの見過ぎで呼び間違えるからオタクくんさぁ……って言われるのよ~」
「ぐっ!? 反論できん……!」
昔みたいなやりとりで、昔みたいに盛り上がる俺たち。
ホント、こうしてると高校生の頃に戻ったみたいだよ。
「それじゃ、アタシもう行くね。あんまり男と一緒だと婚約者もいい顔しないし」
「ああ……なんかあったらいつでも連絡しろ。待ってるから」
「うん。ありがと、東次」
――この日、俺たちはこうして別れた。
念を押しておいたし、あの感じだと大丈夫そうだな。
しかし……俺が過去にタイムリープしたことや、その時の発言が現在に影響を与えてるのは一体どういう……。
いや、やめだやめだ。
考えても仕方ない。
俺は鈴を死なせなければそれでいいんだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は自宅に戻った。
そして、まるで何事もなかったかのように俺は翌日を迎える。
俺にとっては二度目の6月30日。
違和感こそあれど仕事をしていれば時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば退勤時刻となった。
「じゃ、先に上がりますね。お疲れ~っす」
俺が言うと「お疲れ~」という声が事務所の方から帰ってくる。
時刻はもう夜の10時。
今日も家に帰る頃には11時近くになっているだろう。
……以前は、この帰り道に鈴の訃報を聞いたんだっけ。
俺はいつもの帰路の中を足早に歩く。
まさか同じことは起きまいと思いつつ、やはり漠然とした不安は心の中に残っていた。
でも鈴にはしっかりと忠告したんだし、なにかあれば俺に連絡してくれるだろう。
大丈夫だ――大丈夫――
そう思っていた、まさにその時だった。
ズボンのポケットに入っていたスマホから、着信音が鳴る。
「!」
俺は心臓が一瞬跳ねる感覚を覚え、恐る恐るスマホを取り出す。
そして着信相手の名前を見ると――そこには母親の名前が。
震える手で、俺は電話に出る。
「……もしもし母さん?」
『ああ、東次? 遅くにゴメンねぇ。ちょっと大丈夫かしら?』
「大丈夫、だけど……」
『ならよかったわ。アンタ、栗原鈴ちゃんって覚えてるわよね。昨日LINEで聞いてきた幼馴染の子』
「鈴が……どうした……?」
『落ち着いて聞いてほしいんだけど……その鈴ちゃんが――――』