第4話 まだ死んでない?(前編)
「あ――れ――?」
見知った天井。
まず俺の目に映ったのはそれだった。
自分がベッドの上で横になっていると気付いた俺は、上半身を起こす。
「お、俺の部屋だ……東京の……」
辺りを見回すと、そこは俺が東京で一人暮らししているアパートの一室だった。
27歳独身オタク男性が生活する、フィギュアやら漫画やらが置かれた女っ毛のない部屋。
直前までいた地元の風景はどこへやら、である。
次に俺は自分の身体を見てみる。
学生の頃に比べて筋力が落ちて細くなった手足に、ややハリを失ったアラサーの肌。
うん、間違いなく27歳の俺だ。
「さっきのは……夢だったのか……? ってヤベ、仕事――!」
俺は焦って、枕の横に置かれたスマホを手に取る。
そして曜日と時間を確認すると、今日は仕事が休日であることが判明した。
焦った……もし出勤日だったら遅刻確定だったぞ。
しかし――さっきのはいやにリアルな夢だったな。
というより夢だったという感覚がない。
完全に意識もハッキリしてたし、記憶もちゃんとある。
どう考えても、俺は10年前に戻っていたとしか思えない……。
まるで狐に包まれたような感じになりながら、俺は無意識にスマホの画面を見直す。
すると、あることに気付いた。
「ん……? 6月29日……? 昨日って確か30日じゃなかったっけ?」
今年も半分が過ぎちまった、みたいなことを思った記憶があるのだが……。
一日――戻ってる――?
違和感を覚えた俺は着信履歴を確認してみる。
すると、昨日の仕事帰りにあったはずの母からの着信がない。
「これは――」
もしや、と思った俺は急ぎ母にLINEメッセージを送る。
〝母さん、元気してる? いきなりなんだけど栗原鈴って覚えてるかな?〟
しばらくすると母から返信が。
〝こっちは元気。あんたこそどう? 栗原鈴って、アンタと仲のよかった女の子よね。覚えてるけど?〟
〝最近その鈴になにかあった? 連絡とか来てたりする?〟
〝いいえ、別に。あの子のことだから元気にしてるんじゃないかしら。どうかしたの?〟
「――ッ!」
――俺は驚愕する。
俺は母から鈴の訃報を聞いたのだ。
その母がこんなことを言う。
さらに鈴が自殺したのは30日なのに、今はその直前の29日。
これは、つまり――
「鈴は……まだ死んでいない……?」
全身に鳥肌が立つ。
俺は反射的にスマホの連絡先を開き、鈴の電話番号を確認する。
そしてすぐに彼女へ電話をかけた。
プルルルル――プルルルル――。
頼む、頼む出てくれ……。
祈っていると――
『…………もしもし、東次?』
スマホの向こうから声が聞こえた。
鈴の声だ。
「鈴か!? お、俺がわかるか!?」
『そりゃわかるよ。久しぶりね、もう高校卒業して以来? 今まで連絡の一つもなかったのに、突然どうしたのよ』
「あ、いや、それは悪かったよ。上京してから仕事に追われてな……。えっと、まずお前って今はどこに住んでるんだ?」
『アンタと同じ東京。こっちに越してきてまだ一年だけどね。アタシも色々あって連絡入れなかったのは悪かったわ』
「! そうか、東京にいるんだな。いきなりなんだけど、近々会えないか? ちょっと話がしたくて」
『へぇ~? なによ、もしかして東京に出ても彼女作れないからってアタシに目を付けたとか?』
「なっ、そんなんじゃねーよ!」
『冗談冗談、でもご愁傷様。アタシ今婚約者がいるから。……東次とは付き合えないよ』
鈴のその言葉に、ぐっと胸が締め付けられる。
婚約者――やっぱり鈴にはもう相手がいるのか。
でもソイツにオタクであることがバレたら――
「……そうかよ。それでいつ会えるんだ?」
『そうねー、正直今日ならなにも予定ないし暇かも』
「なら今日会おうぜ。待ち合わせ場所は――」