第1話 栗原、死んだってよ
この作品には一部懐かしい作品を意識したパロディが入ります。
わかる方には楽しんで頂けると幸いです。
知らない方でも読み飛ばせるよう書いたので、気軽にお楽しみ下さい。
「じゃ、先に上がりますね。お疲れ~っす」
俺が言うと「お疲れ~」という声が事務所の方から帰ってくる。
時刻はもう夜の10時。
今日も家に帰る頃には11時近くになっているだろう。
ここ最近はシフトの関係でずっとこんな生活だ。
俺の名前は芦川東次。
年齢は27歳、職業は生活雑貨店のしがない販売員。
夢なし、彼女なし、大きな稼ぎもなし。
食うには困らないが、働いたら帰って寝るだけのつまらない毎日を過ごすアラサーだ。
今の仕事が嫌ってワケじゃないけど、かといってやりたいことがあるワケでもない。
別に出世したい気持ちもないし、それなりに仕事してそれなりに休みが貰えればそれでいいと思ってる。
俺みたいになんの才能もない一般人は、平々凡々で退屈な日々を享受するのが関の山だ。
俺はポケットからスマホを取り出し、ふと日付が目に入る。
「今日は6月30日、6月も今日で終わりか……。今年も半分過ぎちまった」
今年はなにしたんだっけ?
ただ働いてただけで、他になんもできてない気がする。
去年も一昨年も似たようなことを思って、結局無為に一年が過ぎてるだけ。
我ながら奴隷みたいだなと感じるが――そんな俺にも趣味くらいはある。
それはアニメ、漫画、ラノベ、ゲーム――それらサブカルチャー全般だ。
俺は所謂オタクという奴で、この趣味は学生時代の頃から一貫してきた。
俺が学生の頃――およそ20〇○年頃はオタク文化が世に浸透し、オタクであることが社会的ステータスですらあった時代。
多くの人々が深夜アニメを噛り付くように観ていた。
○○という作品は一話から最終回だったとか、今季の覇権は××で決まりだろという話をリアルで論議していた。
毎年夏と冬に開かれる大規模同人即売会には欠かさず参加していた。
イベント閉会後は秋葉原で変えなかったお宝本を漁り、家に帰ればネットでスタッフ名言集まとめを見て友人と大笑いしていた。
そんな時代に強く影響を受けた俺は当然のようにオタクになって、この歳になってもまだオタクをやっている。
別に今となってはオタクに社会的人権があるのは当たり前。
オタクだからと偏見の目で見られるなんてことは昔話。
だからこそ俺はまだオタクでいられるのだし、サブカルチャーは俺の癒しでもあるのだ。
……だけど歳を取って仕事に追われるようになると、昔みたいに好きな物に情熱を傾け続けるのは難しくなってくる。
ここ最近は趣味だと言い張るアニメすらも観る時間が減り、漫画やラノベも買う数が少なくなっている。
情熱が薄れていくのは仕事が忙しくなったから?
それとも歳をとって新しい物を受け入れられなくなったから?
いや、どちらも違う。
〝語り合える相手〟がいなくなったからだ。
――学生の頃、俺にはオタク仲間がいた。
そいつの名前は栗原鈴。
小学生の頃から一緒に遊んでいた俺の幼馴染で、高校時代はクラス一の隠れ美少女と名高い奴だった。
そんな美貌を持っているにも関わらず俺と同じ物を見て育ったがために、彼女は俺と同じオタクの道へ。
視聴している深夜アニメ最新話が放映されると、翌日は必ず学校でその話題になり、展開が原作と違くてよかったとか声優の○○は本当にいいロリボイスを出すよねみたいな会話をした。
当時、俺にとってはかけがえのないオタク仲間であり、彼女がいたから俺は存分にオタクであることを楽しめたんだと思う。
……けれど、そんな鈴とも学校を卒業するとすっかり疎遠に。
俺が上京して仕事を始めてしまったせいもあるが、滅多に連絡を取り合わなくなった。
「鈴の奴、今頃どうしてるかな……。まだオタクやってんのかな」
いや、アイツのことだ。
まだまだ全力でオタク道を突っ走ってるに違いない。
最近は女性向けのサブカル作品が豊富だし、むしろ今が黄金期とばかりに楽しんでるかもしれないな。
今度久しぶりに連絡してみるか。
そんなことを思いながら、俺は帰路を歩く。
もうすぐ住んでいるアパートだ。
この辺りは夜でも交通量が多いから、気を付けないとな――。
そう考えながら道を進んでいると、スマホの着信音が鳴る。
「? 誰だよ、こんな時間に。……母さん?」
画面を見ると、そこには母親の名前が表示されていた。
「もしもし母さん? どうしたんだよ、こんな時間に」
『ああ、東次? 夜分にゴメンねぇ。今大丈夫?』
「大丈夫だよ、仕事も終わったし。今絶賛帰宅中」
『それならよかったわ。……アンタ、栗原鈴ちゃんって覚えてる? 学生の頃よく話してた可愛い子』
「そりゃ勿論覚えてるよ。俺にとっちゃ幼馴染だし、あのオタク仲間のこと忘れるワケないって。それで鈴がどうしたんだ?」
『落ち着いて聞いてほしいんだけど……鈴ちゃん、昨日亡くなったって』
「え……?」
スマホの向こうから発せられた母親の言葉に、俺は茫然自失となる。
「な、亡くなったって……死んだってことか!? どうして!?」
『自殺だったそうよ。なんでも婚約者だった男に酷いフラれ方をしたらしくて。オタク趣味って言うの? 相手がそういうの嫌ってたから隠してたらしいんだけど……。しばらく前から悩んでたって親族の方が言ってたわ』
「そんな……嘘だろ……?」
――死んだ?
鈴が?
それも自殺だって?
俺の知る昔の鈴は、自殺なんてするような奴じゃなかった。
それがオタクだからって否定されて、命を絶つなんて……。
信じられない。オタクが一般的になって何年経つと思ってるんだ?
ありえないだろ、このご時世にそんな……。
「鈴……どうして……」
衝撃のあまり頭が上手く回らず、茫然としながら道を歩いて行く。
そんな俺は――曲がり角の向こうから車が突っ込んで来ていることに、気付けなかった。
「あ――」
俺が最後に見たのは、眩いヘッドライトの閃光。
そして――――ぶつかった、そう感じた直後に意識は途切れたのだった。
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