プロローグ
「よし!これでクリア100回目‥!」
そう呟いて、私は20時間ゲームをやり続けて固まり切った身体と熱を持ったコントローラーをベッドに投げ出した。
ベッド脇の窓から外を見上げると、空から雫が止めどなく降り注ぎ、その一粒一粒がいつもの景色に沢山の境界を作っている。
「もう雨は見飽きたなぁ‥」
…言ってはみたけど、部屋に引きこもりっぱなしの私が言う台詞じゃないな‥と一人で苦笑する。
金曜日の仕事終わり。
同僚からの飲みのお誘いと、遠回しな残業への誘い(またの名を手伝って欲しいアピール)をやんわりとお断りして、雨に濡れたアスファルトを少し早足で歩く。
本当は全力で走り出したい気持ちだったが、29歳という年齢と少しのヒールがそれを許さなかった。
歩道橋から世界を見下ろすと、雨が咲かせた傘の花たちが踊り、濡れた地面に反射したヘッドライトがキラキラと輝く。普段は不快なだけの雨も気分次第で変わるものだなぁ‥と思いながら早足で歩いていたら、いつの間にか一人暮らしの自宅の前に立っていた。
「よし‥やるぞ‥っ!!」
夕飯もお風呂も簡単に済ませて必要最低限のスキンケアを済ませた私は、毛玉のつき始めたスウェットの足を投げ出してテレビの前に座る。
今日は大好きな『フルール・ファンタジア』が発売してからちょうど20周年のとてもおめでたい日なのだ。
作品のキャッチコピーは『貴方と奏でる最後の世界』。
発売当時、他の大人気ゲームと発売日が被ってしまったことと、前回出したソフトが大不評だった会社からの発売だったこともあり、実はほとんど売れなかった。
しかし内容は最高の出来となっており、一部のファンの中では未だに語り継がれる名作となっている。
何を隠そう、私もそのうちの一人だ。
20年前の私の誕生日、同時発売の大人気ゲームを買ってくるはずだった父親が、何を思ったか間違えてフルール・ファンタジアを買ってきてしまったのだ。
『こっちの方が女の子が好きそうな見た目だったから‥』と、罰が悪そうに言っていたのを今でも覚えている。
母親は少し抜けている父親に怒っていたが、私はその美しいパッケージに一目で心を奪われていた。
沢山の花が咲き乱れる中、勇者のような格好をした男の人と綺麗な女の人が向かい合って手を取り合っている。
内容もその通り美しくて切なくて、少しおませな小学生だった私はすぐに虜になってしまい、それから20年、何度も何度もやり続けているのだった。
そして今日は記念すべき100回目のクリア。
「ああ‥何回やっても切ないなぁ‥。」
大好きな作品だけど、1つだけ変えられるなら変えて欲しいところがある。
それは超絶悲劇的なラストだ。
世界を救う旅に出ていた勇者ウィル一行は、沢山の町を巡り沢山の人と出会いながらどんどん成長していく。
そして最後に訪れた町で一行は知ってしまう。
勇者の犠牲なくして、世界を救うことはできないということを。
ずっと共に旅してきた仲間達は旅をやめようとウィルを諭す。お前の犠牲の上の平和など、何の意味もないのだと。
その時は旅を辞めることを了承したように見えたウィルは、その次の日の早朝、一人で最後のボスのもとへと向かったのだった。
仲間達が気づいて追いかけた時には、既にボスを倒した後。
満足そうな笑顔のウィルが、なきじゃくる幼馴染みの巫女・アリアナを抱き締めて消えてしまう。
もう本当に救いが無さすぎるのだ。
イベントの達成率をあげればウィルは死なないとか、追加ダウンロードコンテンツで生き返るとか、そういったことは一切ない。
そもそも20年前のゲームにダウンロードコンテンツも何もないんだけれど…。
勇者だけが死んだ世界で、巫女であるアリアナが「私はこれから‥何のために祈ればいいの‥?ねぇ‥答えてよ‥」と思い出の場所で呟き、ジ・エンド。
何回プレイしても涙なしでは終われない作品だ。
高台から見える美しい町並みを背に泣きじゃくるアリアナを涙で歪む視界に捉えながら、思わず呟く。
「私がゲームの中に入れたら、絶対勇者を死なせたりしないのになぁ‥。」
『それ、本当?』
驚いてテレビ画面を見ると、アリアナが涙を流したままこちらを見つめていた。
「え‥!?」