第5話 鋼の白姫様。
◇◇◇
やらかした。
『聖人の力』、癒しの聖力を使った。
淡く光るその左手で、ルーセルの切り傷を修復したのだ。
リコリーは王子の返り血を浴び、真っ赤になったその白い髪の中で、大大大、大反省をしていた。
(ヤバい、ヤバいヤバいヤバいぃぃぃ。バレた。バレた。確実にバレた。私が癒しの力を持つ者だってことが…。)
「ヤバいバレた。どうしよう?どうしたら誤魔化せる。どうやって誤魔化そう?」
「あのう、声に出てますよ。」
「ベルナール様、少し黙っていて下さいませんか?今わたし、大変なのです。どうやって誤魔化そうかと思案中なのです。」
「はい、どうやらボク、貴女への配慮に欠けたようですね。」
(誤魔化す?どうやって?んんんーーーー。思い付か無い。)
「あのう、リコリー嬢。」
リコリーの肩に優しく手を添えて学園長は言う。なるべく返り血で手を汚さないように…。
「知っているのですよ。辺境伯は。その、リコリーさんが『聖女』であることを」
「…へ?」
なんと言うことだろう。お義父様が知っている?何故?だって一度だって『聖力』を使用していなかったのだ。
(お義父様が知るはずが無い。だって、あの魔獣の襲撃の時だって、模擬試合の怪我の時だって癒しを使っていないのだから……、あり得無い。知るはずが無い。)
「なんで……。。。」
「いや、だってね、貴女が近くに居ると、『治る』、のだそうですよ?傷が…。そうお義父上が仰っておりましてね。入学案内会の時に…内密で、と、、、でもまぁ、内緒になさっている方が良いのでしょう。いろいろと面倒…周りの方々が混乱することになりますから。
と言う訳で、今ここに居るあなた方お付きの三名とベルナール君、殿下には今ここで見たことを秘匿していただきます。今、確書作りますから少し待っててね。」
そんなこんなで、衛士達と殿下、公爵令息ベルナールは、学園長から確書に知ったことの秘匿の同意の為、確書にサインをするのであった。
リコリーは、呆けていた。
だって、お義父様が知っていたと言う事実を知ったのだから……、「何故?」と思う。
知っていたのなら、積極的に『癒し』を行使させるべきではなかったのではないか、と……。
そう辺境伯が命ずるべきではなかったのか?と……。
(わたしを使え!そうしたのなら、無駄に亡くなる領兵はいなかった、はずなのにっ)
涙が出た。
「気に病むことはありませんよリコリーさん。先程僕は言いましたよね。『貴女が近くに居ると傷が治る』って、つまり、貴女は無意識に力を行使していたのです。…と、貴女のお義父上は仰っておりましたよ?
ですから……」
学園長はリコリーに言うのだ。
充分に兵士の助けになっていたのだ。と…。だから、胸を張りなさい。そう仰った。のだが……、腕を切って義手を着け損ねたルーセル殿下が一言、余計なことを口走った。
「…無い、です。リコリー嬢、張る胸、平ら……」
―――瞬殺。
再度、リコリーはルーセル王子に暴力を振るったのである。
もう、フォローの余地は無くなった。
新入生総代として答辞を行い、華々しく学園にデビューしたリコリー。クラスで偶然にも第一王子と隣席し今後、殿下と懇意になる可能性のある位置取りなリコリー。のはずだった。
にもかかわらず、二度も王子様を鋼の義手で殴り倒したリコリー。
殿下厨二発症で、「カッケー!」になっていた為か、はたまた出血での貧血で倒れたままだった為か、王子からの咎めはなかった。だが、入学初日に優秀な学生リコリーは学園地下の『反省房』へ一晩、入ることになったのだった。
殿下の返り血が残ったまま………。。。
◇◇◇
「あのぉ寮長様、ウチの白姫ちゃん知りません?リコリーちゃん。まだお部屋に戻ってないのです。」
寮の食堂でカロリーヌ先輩に声を掛けたグレース。同室の可愛い後輩、綺麗な白銀のお姫様、そのリコリーが見当たらない。
「あら?グレース様、お訊きになられていませんの?彼女なら、今日は戻りませんよ。」
「な、何故でしょうか?寮長カロリーヌ様。」
「ルーセル王子を二度も殴り倒したそうですの。」
「…は?で、殿下を殴った?」
「ええ、しかも二度目は学園長の前で、ですって。今年度初の反省房行きが、新入生総代とは、呆れてものも言えません。」
夕食時の食堂である。殆どの女生徒が訊いたことだろう。その噂…その事実はその日の内に拡散されたことは想像しなくとも分かるだろう。
その中で一人、主人に持って行くであろう夕食のトレイを持ち、興味深く聞き耳を立てていた侍女。
侍女は五階へ戻ると早速その話しを自分の主人に告げた。
「マジ?あはあぁー、なにそれ、面白過ぎですわっ!ざまぁー無いですわねぇ!ねぇねぇなんて娘?お兄様殴った娘。――――へえええーリコリー・ブランシュ?辺境伯の長女。社交では…あら変ねぇ。あの娘、確か御髪が茶色っぽかったと記憶してましたのに……。ねえマリー、もう少しその『鋼の白姫』のこと調べて下さいな。
――――ふふふっ、お兄様を殴り倒す白姫ちゃんだなんて…ワクワクいたします。そうねお近付きになってお友達になっちゃいましょう!」
◇◇◇
翌朝、反省房から出して貰えたリコリー。急いで教室に入った。入って、速、挨拶。
「殿下、ベルナール様。昨日は大変ご迷惑をお掛け致しました。本日もよろしくお願いいたします。
あ、おはようございます!」
きちんと挨拶が出来たと自負するリコリー嬢。
だが、リコリーにおはようの挨拶が返って来るよりも、聞こえて来る言葉は、作者さんが女性だったって言うのは何となく感じていたわたしって、結構凄いのです。的なリコリー自身の自負、錬金術師的な二つ名だった。
「鋼の…」
「鋼の白姫様」
「ああ、噂の『鋼の白姫様』だ」
「血濡れの鋼!」
「『鋼の白姫様』」
(なんだ?その二つ名はああああっっっ!)
「不躾かもしれませんが、リコリー嬢。授業の前にシャワーとお召し替えが必要かと思いますが…」
「べ?」
リコリーは自分の制服を見た。(ああ、殿下の返り血だらけだ。)今更気が付いた。そう反省房から、真っ直ぐ教室に来たのだった。
どおりで、
「どおりで、廊下ですれ違う皆様が変な顔をしていた訳ですね。納得ですわー!」