第2話 辺境伯令嬢の扇風機。
◇◇◇
「いいじゃん!貴女、染め粉いらない!染め粉禁止ね!ああぁー凄い綺麗……。白髪だなんて言うから、おばあ様…みたいの想像したけど、なに?ビックリする程、綺麗…、もう、艶やかだし…白?いいえーキラキラしてまるで…まるで、朝日に当たった雪?ううん、白銀、白銀よお!!絶対染めさせない!決定よ?これは『室長』命令っっっ」
学生寮で同室になった一年上のグレース先輩はそう宣言した。
ところで『室長』とは何時、決まったのだろう。まあ、二人部屋で先輩なのだから、『室長』で良いのだろう。。。
兎に角、入浴後から、グレースはこの調子でリコリーの髪色を褒め捲りだった。
「すみませんグレース先輩。やっぱりわたし、義手だし、お年寄りみたいだし、気持ちが悪いでしょう?すいません…。」
「リコリー、貴族がやたらと謝るものではありませんよ。」
「…………ぷっ!グレース先輩こそ、浴室ではあんなに謝っていたではありませんか。たくさん『ごめん』を連呼しておりましたよ?」
あはは…とリコリーは声をあげて笑った。
「それもそうね。お互い『謝りっこ』は止めましょ!
――――ところで、白姫ちゃん、ソレって『扇風機』?ってヤツでしょ?貴女のおウチ、意外とお金持ち?…、なのかしら?」
「…先輩、その『白姫ちゃん』ってなんですの?」
「ん?私が命名したっ!リコリーちゃんを今後、私は『白姫』と、呼称します。そして、その名を世に広めます。これは私の中の決定事項なので、例え白姫ちゃん本人であっても異議を唱えることは出来ませんしさせません。何故ならば、このワタクシこそ、このお部屋の『室長』なのだから。このお部屋での最高権力者なのだから。。。
んで、『扇風機』、貸して貰える?けっこうお風呂でのぼせたのよねー」
「では、お近づきの印に―――――、これをどうぞ!」
リコリーはベッドに置いた旅行鞄から、もう一台の『扇風機』を出した。
「っちょーっ!リコ…白姫ちゃんってば、なんで二台も持っているの?だってそれって確か、金貨一枚分もするのよね?日本円で20万円位よ?ホントにベルジュ辺境伯家って潤沢なの?お金持ち、なの?
どうしましょー、こんな凄い令嬢様と同室、だなんて……。」
「(日本円って何?)…先輩。あのう自慢する訳では無いのですが、、、」
そう言って、扇風機の裏面をグレースに見せるリコリー。
おもいっきり再度瞠目したグレースが見た裏面のラベルに『リコリー・ブランシュ製作所』と書いてあったのである。
「って、ブランシュって……成る程『白』、白姫だものねぇ……。じゃなくて、『リコリー・ブランシュ製作所』って…白姫ちゃん、会社持っているの?会社の経営者様だったの?」
「あ、はい。実はわたし、お父様…辺境伯様の実子、では無いのです。所謂、『拾われっ子』なのです。そう言う負い目、でしょうか。養っていただいているって気持ちがありまして、その、自分の『食いぶち』と言うのは自分で働こう、そう思いまして、考えた結果、『扇風機』を制作販売したのです。」
「…こう言う『魔道具』思い付くのも凄いけど、実際に作ったってのは、驚きだよー。
ねえ、どうして『拾われっ子』なの?『扇風機』どうやって作ったの?会社もどうやって立ち上げたの?教えて!教えて!」
「まあ、少し長いお話になりますが………」
と、自分語りを始めるリコリーであった。
六年前の初夏、リコリーはベルジュ辺境伯領領都『ポールエストゥ』の国境線の海の砦に墜ちてきた。
文字通り、空から降って来たのだと言う。
その海の砦こそ、辺境伯のお屋敷だったのだ。
砦の向こう、東は『帝国』。砦から西が我々の『王国』。
その王国側である辺境伯領の辺境伯邸にある斜塔を破壊した少女が、『リコリー』であったのだそうだ。
夜勤であった砦の見張り兵が少女を発見し保護した際、名前を訊いたのだそうだ。
「み、せ……、リコリー、六歳。」
そうはっきり答えたと言う話しだ。
斜塔が崩れる程の大事故であったのだから、砦の兵も領主である辺境伯自身も、その少女発見現場に駆け付けた。
大怪我の少女を保護したと言う兵士の報告で、常駐の医師が身体検査を行った。
その少女『リコリー』に目立つ外傷は、右腕の欠損のみ。着ていた寝間着はぼろぼろであったのにも関わらず、腕以外、擦り傷の一つも無かったのである。
煉瓦と石で出来た斜塔を破壊したにも関わらず。なのだ。
結局、崩れた斜塔や瓦礫の中に欠損部分の右腕を発見することは出来なかった。
翌日に少女は目覚め、改めて辺境伯自身が尋問したのだが、年齢と、その『リコリー』と言う名前以外何も覚えていなかったと言う。
「『リコリー』と言うのは、愛称であろうな。まあ良い。我が子として私が育てよう。」
と言うことになったそうだ。
「で、辺境って魔物も多くて、身体の欠損と言うのが結構あるようなの。だからなのかしら、いわゆる義手とか義足の技師様と言う方も多くって、私の義手も作って貰っていたの。
―――でもね、身体が成長するから、その都度作って貰うとすんごくお金が掛かるでしょう?だからいつもお義父様に申し訳ないなあって思っていたの。そんな時思い付いたのがこの三枚羽。こう言う『風車』を回したら、きっと風が吹いて涼しいのでは?って!
後は簡単。見本の三枚羽『風車』と、それを回転させる軸と『魔力』を通す為の銀線、魔力が軸を効率良く回せれば、って言うのを義手を作ってくれた技師様とかに見せて、、、」
「いやいや、見本だけじゃ、その『リコリー・ブランシュ製作所』って会社にはならないでしょ??」
「ううん、簡単だったの。わたし、意外と人望あって…、と言うのは、毎朝兵隊様達と朝の鍛練とかしたり、鍛冶屋様や技師様のお手伝い…アイディア出したりしてたの。だから砦の兵隊様や技師様皆様が資金の援助や力仕事で協力して下さって、砦近くに工場を建てられたのだわ。」
「『建てられたのだわ』って、それ、白姫ちゃん幾つの時?」
「8歳の夏に製作所建て始めて、翌年の芽月の始め頃から『扇風機』の制作開始だったかしら?
四年前の夏、猛暑だったから凄く売れたの覚えているわー」
「……。なんか白姫ちゃんじゃなくて、『白姫様』って呼称するわ私…。
――――ところで、白姫様は机に向かって何をお書きなのかしら?この唯の同室者、年上ってだけのグレース先輩にお教え下さるかしら?」
「ええっと、明日、入学式に…」
「そうね、入学式ですわよねぇ」
「うん。『答辞』の原稿の手直しを………」
――――ああ、白姫様は、『新入生総代』様でもあったわけですねー。
(なんだか凄いご令嬢と同室ななっちゃったわー。きっと、いろいろな案件に巻き込まれそうね。)
状況は始まったばかりなのだ!グレース。
リコリーを見つめるグレースの瞳のハイライトが全て消えたのである。