第12話 聖女白姫の商談。
◇◇◇
「其方の言う通りの後ろが真っ直ぐ平たい小舟を用意したが、その前に淑女に失礼とは思うが、もう一度、その義手を見せては貰えぬか?」
「はい。」
(やっぱり、騎士様方は身構えますわよねぇ。)
などと思いながら、袖を上げ白い手袋を外すリコリー。
キラキラした目で、リコリーの一挙一動を見詰めている。(ああ、やっぱり親子よねー。)と思ったら、王妃様もおんなじお顔で見ていたりするものだから、思わず吹き出しそうになるリコリーであった。
「触っても?」
と、陛下。「どうぞ。」とリコリーが言うと、パアーッとお日様のようなお顔になちゃう国王陛下。
「―――ほおー、本当に柔らかい、、、これが、剣をへし折る程の固さになるのか。ふむむ、これは金属なのか?」
「あ、はい。廃棄する予定のクズ魔石を玉鋼に混ぜたそうです。そうしたら、こう言う軟らかい剣になったのですが、鍛冶師様は、『失敗作』だと思ったのですが、わたしが魔力を込めましたら、凄く硬い剣になったのです。」
「では、私でも剣として使うことが出来るのだな?」
「その、それについて、なのですが、わたし以外使え無かったのです。もう、両陛下も存じ上げていらっしゃる通りわたしは『聖女』です。おそらく、聖の力が関係している。と愚考しております。」
「ふうむ、そうであるのか。残念ではあるなぁー。だが、面白い!益々気に入ったわ。やはり王家に欲しい。どうだろう王族にならぬか?」
「養女、でございますか?」
「いやいや、我が息子との婚姻だ。」
「えーーーーー!?」
「何でそんなに嫌がるんだよおっ!オマエ、いっつもそうやって、私を無下にするぅ。なんか泣けて来た。。。」
「だってわたし、わたしより強い人がいいもの!」
「誰もオマエに勝てるヤツ居ないじゃないか。あのジャンだって、二度も負けてるし……」
ルーセル王子は大きくため息をついた。そして、妹姫であるエステル王女に「よしよし」と、頭を撫でられているのであった。少し、泣いている様子だ。
「ところで、昨日の話だ。」
大きな袋を開けながら、「それはですねぇー、説明するより、実際にやってみましょう。」とドヤっているリコリーである。
城を囲む、お堀に浮かんだ小舟。櫂を持つ衛士と二人、リコリーは袋から出した背の高い扇風機を小舟の後ろに取り付けている。
国王陛下以下この場にいる全員が……。因みに、お堀の水面が随分と下なので、見学している皆様は、堀に架かる跳ね橋の上から見ているのだ。
リコリーが取り付けた扇風機は、完全に水中へ潜ってしまった。
誰かが、「ああー、成る程おー!」と言い、これから行うことが解った様子の人たちがチラホラ。
勿論、その予想は裏切りませんでした。
リコリーが、扇風機に魔力を込めると「スイィィィーーーー」っと、水の上を滑るように小舟が進むのだった。櫂を持った衛士様は方向舵、と言う訳だ。
「確かに……、確かにこれは誰かが思い付きそうなアイディアではあるなあ。成る程!」
国王陛下は、リコリーが戻ると、執務室に案内するのであった。
執務室で、リコリーは大きな図面を鞄から出した。
「これは?」
「船の設計図です。」
執務室に両陛下と二人の王女、バカ王子も居る。因みに、ルーセル王子はバカでは無い。只、入試で次席であるのだ。結構、優秀なのだ。
「商船とか客船を想定して図面を起こしております。」
「そのように大きな船を、か?」
「はい。」
「魔力で動く船か?」
「いいえ、魔力では限界があります。仮に動いたとして、目的地に魔力切れで行けない場合、海で漂流と言うことになります。この船は、『蒸気』で動きます。」
「リコリー。『じょうき』ってなんだ?」
「ルーセル殿下『蒸気』と言うのは『湯気』のことです。」
「『湯気』?湯気とは、あのお湯を沸かすとぽわぽわっと出て来るあの『湯気』か?」
「左様でございます。この図のこの部分で、石炭を燃やします。で、この中に入っているお水が沸騰してこの管を蒸気が通りまして、この缶とこの缶、缶は全部で四つです~に入った蒸気がこの棒…このように曲がっております棒を押し上げるのです。すると、クルクルと回った棒がこの羽、スクリューと言う物、そうです。風車でございますね。これが回って動力となるのです。
つまり、この船の動力は、魔力では無いので『魔力船』ではありません。燃料に『石炭』を使う『蒸気』で動く『蒸気船』なのです。
いかがでしょう?」
「これを、其方一人で考えたのか?」
「はい、陛下。ですが、わたしは少し狡をしているのです。」
「狡、とは?」
「陛下、『渡り人』はご存知でしょうか?」
「ああ、確かニシムラ侯爵の先々代がそうであったと訊く。ある功績を上げて家名を変えたのだ。」
「ニシムラ……。日本人ですのね。功績と言うのは?」
「船の船員が、身体から血を流して亡くなる奇病が流行ってな……」
「ビタミンC不足ですのね。大方、リンゴかキャベツでサワークラフトでもお作りになったのでしょう?」
「当たりだ。流石だな。もう一つは解るか?流行り病で、多くの臣民が亡くなったのだが、侯爵は『ペスト』だと言ってな、どうだ?」
「ネズミ退治に大量のお酒で消毒をしたのでしょう。貧民街を綺麗にしたり……と言うところでしょうか?」
「本当に『渡り人』なのだなぁ。知識もあり、剣技も魔法も、、、おまけに『聖女』だ。やはり王家に入らぬか?前向きに考えてはくれぬか?」
「陛下、陛下はお優しいのですね。一言『王命である』と言えば、わたしは逆らえませんのに……」
「なんと言えば良いのだろう。其方は少なくとも隣国の公爵でもある。いや、まだ公爵では無いが…。だが、今は辺境伯の養女であるのだが、名乗りを上げれば、其方は帝国人になる。我が臣民で無い者に王命もへったくれも無いのだ。優しい訳では無い。私は只、打算的なだけなのだ。」
国王陛下はそう言うと、肩を落とすのであった。
「ところで、リコリー嬢、其方は養父に帝国公爵であることを伝えておるのか?」
「……すっかり忘れておりました。」
「では、私から伝えるとしよう。その方がいろいろと都合が良いだろう。良いな?」
「はい。」
「もう一つ訊いても良いか?」
リコリーが首肯すると、陛下は、
「何故、魔力が暴発したのだ?」
と訊くのである。リコリーは、記憶が戻った切欠が、エステル王女が見せてくれた報告書にあった『ローゼリア』と言う名前を見たから、と答えた。「そうかそれは辛かったのだな。」と言う陛下の言葉で、頬を濡らしたのだった。