転生したら人生変わる!?異世界では俺が一番強い上に、周りには美少女しかいなくてもうこれチートと同じでしょ!!
主人公 山田賢二は一人暮らしの冴えないフリーター。趣味は小説投稿サイトに自分の妄想を盛りに盛り込んだ異世界チートハーレムものを投稿する事!!しかし夕飯の買い出しにコンビニへ立ち寄った帰りに猛スピードで車がこちらに迫ってきて…あれ?まさか自分も異世界転生!?
山田賢二が繰り広げる妄想は止まらない!これは妄想か!?現実か!?それとも……!!
特に太っているわけでも運動したわけでもないが、Tシャツは汗ばんで不快な湿気を帯びている。姿は見えないが激しく自己主張をするセミの鳴き声が重なると心の中の不快さは更に熱くなり、自然と舌打ちをしてしまう。何故俺がこんな目に…理不尽な暑さに対し理不尽な怒りをぶつけながら、先ほど買った夕飯をぶら下げて不快な坂道を一歩ずつ進んでいく。
こんな時でも頭の中ではあられもない妄想が駆け巡る。今思いついたのは「転生したら人生変わる!?」「いつもの帰り道、居眠り運転のトラックに引かれて異世界転生!?」「異世界は美少女だらけで、俺は努力しなくても強くて…」胸躍る展開が無数に広がっていくが、毎回妄想が最初から再生してしまうため中々その先に進めない。必死に派生を続けて奇抜なアイデアを思いつくと、一度も読み返した事の無い手帳に書き込んでいく。自分の好きな妄想を続けてやがてはラノベ・アニメ化、果ては有名人になってお気に入りの声優を侍らせる…おおよそ小説にはなりそうもない幼稚な妄想へ進んだところでふと我に返り、忘れかけていた不快さを追い払うように額の汗を拭う。
妄想を止めると現実を考えてしまう。入った大学の偏差値で周りを見下し、リクルートスーツを着て右往左往している旧友を鼻で笑っている時期もあったが、今では見下されるどころか、相手にすらされない所まで落ちてしまった。それでも自分は周りとは違う。自分は小説家だ―――――。
良くない事を考えていたせいだろうか、いつもより長く自分の世界に入っていた俺は気付かなかった。セミの不快な声に紛れて、サイレンを鳴らす車が走ってきていることに。
「あ…………!!」
異世界にいく人物は手に職をつけていることもあるが、大体は夢も希望もない平凡以下が多い。それは小説を読む人物が、努力せずにいい気分になれる主人公に自分を投影しているからだと考えていた。しかし、どうやら自分は平凡以下ですらなかったようだ。身体は買ってに前に進んで、背中を通る車両には指一本振れる事なかった。異世界に交通事故で転生する奴は、少なくとも交通事故の痛みと恐怖を経験している。自分は選ばれなかった―――――いや、選べなかった。
遠くから怒号が聞こえる。それはセミの声にもサイレンの音にも負けない怒りがこもっていたが、今の自分の心には届かない。信号機の足元に座り込み、大きく息を吸う。周りの不快さは相変わらず変わらないが、不思議と気分は晴れた。
結局、自分は周りと同じ人間なのだろう。学歴も職歴もすべてが異なるが、この世界にいるのはいずれも異世界転生できなかった奴らだ。都合のいい美少女も、最強の力もない。あるかすら分からない確率にすがるのはいい加減止めよう。
ポストにあった郵便物を確認する。興味もない広告の中に高校の同窓会の案内があった。はがきの裏にはSNSのIDが書かれている。
「………」
10分前の自分ならすぐに破り捨てただろう。スマホを取ろうとポケットを探ると、もう二度と使うこともないだろう手帳が出てきた。
結局、一度も読まなかったな。広告とまとめてゴミ箱に投げると、無意識のうちに妄想が始まる。
もし、あそこで本当に事故にあっていたら――――――
誰か見舞いに来てくれただろうか?
すまんの