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第41話 負け、汚れ、堕ち、それでも勇者は世界を救う(勇者視点)


「――魔王に負けたんだよ、俺は」

 

 告げた言葉に、ルカが息をのんだ。

 どうやら神殿勢力もこの件は知らなかったらしい。帝国の緘口令のおかげだろう。


 魔王の城は大陸とは隔てられた、空間の彼方にある。

 魔人たちの力によって別次元に築かれており、歴代の勇者たちは誰も城まで辿り着くことができなかった。

 けど幸か不幸か、歴代最年少にして第九九九段階を会得した、俺は違った。


 パーティーの仲間たちの力を借り、血で血を洗う激闘を潜り抜け、ついに魔王の城に到達した。

 だが、しかし。


「……惨敗だったよ。虎の子だった聖剣の最終形態もまったく通じねえ。俺の攻撃は魔王に傷一つ付けられなかった。今思い出しても震えがくる。……しかもよ、魔王の野郎、最後になんて言ったと思う?」


 鏡の向こうのルカへ語りながら、俺はギリッと奥歯を鳴らした。

 あの日の魔王を思い出し、椅子の肘置きを力任せに叩く。


「『子供をいたぶる趣味はない。気をつけて帰れ』だとよ! あの野郎、勇者の俺に情けを懸けやがったんだ……っ!」


 そして魔王は勇者に帰路を許した。

 だがそれまで血みどろの殺し合いをしてきた魔王の部下たちは違った。

 魔王城に巣食う、最上位の魔人や魔獣たち。奴らは手負いのパーティーを見逃さず、追撃を掛けてきた。


 多くの仲間が無残に殺された。

 どうにか生き残った者たちも敗北した勇者をなじり、恨み、罵倒して去っていった。


 残ったのは今、膝の上にいるメアリだけだ。

 気まぐれにエメラルド色の髪に触れると、その向こうで神官が愕然としているのが見えた。


「『まさか勇者が敗北してたなんて……っ』」

「笑えよ。滑稽だろ? 鍛えて鍛えて鍛え抜いて……挑んだ結果がこのザマだ」

「『シド……』」

「――だがな」


 鞘から剣を引き抜く。

 聖剣エンダリア――その切っ先を床へ突き刺し、立ち上がる。


「俺はまだ諦めるわけにはいかねえんだッ!」

「『えっ!?』」


 メアリを腕に抱えたまま、聖剣の柄を握って告げる。


「戦う手段は残ってんだよ。俺は悪魔の力を使い、聖女の魂を喰う。そうして機械仕掛けの神の『終幕の力』を手に入れて――今度こそ、魔王をぶっ殺す!」

「『なんだって……っ!?』」

「何を驚いてる? 問答無用で世界を終わらせる力だ。それがありゃ魔王だって敵じゃねえだろ?」

「『ちょっと待て。じゃあ、君は……っ』」

「ああ」


 決意を込め、頷いた。


「俺の目的は魔王の手から世界を救うことだ。その力を得るために聖女を食い散らかしにきた。世界を救うためならどんな犠牲も厭わねえ。悪魔に魂だって売ってやる。いや……」


 皮肉気に苦笑する。


「もう売った」


 かつて黄金に輝いていた聖剣は朽ちたように輝きを失っている。

 俺が悪魔を身に宿した時、その影響によって汚れてしまったのだ。

 だが敵を殲滅する力はむしろ増している。

 善神の加護による斬撃を手離した代わりに今は悪魔の力を使った、魔術の一撃を可能としている。


 それに悪魔の本質は魔素の集合体だ。魔王への忠誠心は他の『闇に潜むモノ(ディアベルズ)』と比べると皆無に等しく、アモンは俺が魔王に挑むことを厭わない。

 メアリの魔法による制御も効いているため、手にした『終幕の力』を魔王にぶつけることもできる。


「『本気でそんなことを考えてるのか……っ』」

「本気さ。冗談でできるかよ。悪魔を利用するなんて」


 俺は手を広げ、軍勢を示す。


「この悪魔憑きの騎士団(デモン・クラウン)は以前の勇者パーティーに成り代わって、魔王城への道を切り開いてくれる。魔術は『闇に潜むモノ(ディアベルズ)』にも効くからな。悪魔憑きになりゃ一般の兵士も魔獣や魔人と戦えるってわけだ。すげえだろ?」

「『で、でも……っ』」

「でもじゃねえよ。お前も神託の子だろ? 魔王打倒に頑張る俺らに協力してくれよ。聖女は七人。だが七分割の力が揃っちまったらさすがに制御しきれねえ。だから半分でいい。今、四人、お前のそばに聖女がいるな? それを俺に差し出せ」

「『出来るわけないだろ、そんなこと!』」

「よく考えろ。たった四人の命で世界が救えるかもしれないんだぜ?」


 なあ、と手をかざして問いかける。

 それこそ悪魔のように。


「わずか数人の女たちの命と世界の平和。選ばれし者として、お前はどっちが大切なんだ?」

「『……っ』」


 ルカは言葉に詰まる。

 それを見て、俺は肩を竦めた。


 ……即答できねえか。ま、そうだろうな、優等生は。


 今の言葉もただの嫌がらせだ。

 真っ当な人間には『真っ当ではない最適な決断』などできはしない。それを俺はよく知っている。


「今からその神殿を攻め落とす。聖女を差し出せば良し。抵抗するなら皆殺しだ。じゃあな――優等生のクソ神官」

「『あっ、待て! シ――』」


 皆まで聞かず、術を解除した。

 鏡が溶けるように消え、神官の鬱陶しい声も途中で途切れた。

 小さく吐息を吐くと、頬に手のひらの感触がきた。メアリだ。


「皆殺し……ね。できるの?」

「アモンは騎士団の悪魔すべてを掌握してる。騎士や兵士が聖女を喰っても、最終的にその魂はアモンを通して俺に献上される。問題ねえ」

「そうじゃなくて……あなた、人を殺したことなんてないでしょう?」

「ああ」


 自分でも情けなくなるほど、か細い声がこぼれた。


「だから……一緒に間違えてくれるか?」


 魔法使いは膝から下りる。

 青い空を背にして、彼女は泣きそうな顔で苦笑した。


「……分かった。それをあなたが望むなら、一緒に罪を背負いましょう」

「ありがとよ」


 苦笑を返し、頬の刻印に触れる。


「起きろ、アモン。仕事だ」

「『ケケッ、なんだい、シド様?』」

「悪魔を通じて全軍に伝えろ」


 コウモリ型の悪魔が舞い、堕ちた勇者は汚れた聖剣を抜き、丘の上の神殿を示す。


「総員、攻撃用意! 剣を抜き、猛き悪魔の力で神殿を攻め落とせ――ッ!」



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