第八話 面倒ごとは新人に
破棄案件は何人も攻略する事が出来ないとして、ギルドが破棄した案件だ。大概が大規模な犠牲者を出すなど、凄惨な結果に基づく事が多い。それは冒険者を必要以上の危険に晒さないようにする為の規制措置でもある。
クローズクエストに命を賭けて攻略する……。
この危険極まりない契約条件を知っていて、竜刻館への入居を薦めたのではないかと、ナルセは勇者と店主を大いに疑った。
「酷い! 私はナルセの為を思ってザインを紹介してあげたのに、そんな疑いをかけるなんて! 私は……悲しいぞ!」
「いや、何も泣かなくても……」
「女を泣かすなんて、お前は最低か?」
この機に乗じてナルセを問い詰めるのは店主だ。
アケミの涙に思わず動揺したナルセは、ばつが悪そうに目線を落とす。
「す……、すみません。そういうつもりじゃ」
謝罪の言葉を待っていたとばかりに、アケミはあっけらかんと。
「しょーがないなー。許したげるよナルセ君。おねーさんは寛容なのだ。さ、オヤジ! 酒場に行くぞ!」
「ああ! チクショー! やっぱり知ってたんだ!」
ナルセはアケミと店主を指差して叫び、疑念を確信へと変えた。
アケミと店主はあからさまに両耳を手で塞ぎ、「アーアー、聞こえないー」などと言いながら、そそくさとその場を離れた。
悔しさに上がるナルセの肩をポンポンと叩き、ザインが言葉をかける。
「ま、観念することじゃな。今は剥奪者には生きづらい世の中じゃ。アケミの判断もあながち間違ってはおらんぞ。ここ竜刻館に住むものは皆、元冒険者であり、全員が剥奪者じゃ。……この儂を含めてな。皆でクローズクエストでも攻略せん限り、他に生活できる術が無いのもまた事実」
「うー、そうならそうと初めから言ってくれれば……勇者さまってば、ちょっと可愛いからって、女の武器を使っちゃって! 何故か僕が謝る流れになっちゃったじゃないですか!」
人を信じやすい性格は、若さ故か天然か。どちらにしろザインには攻略したい案件が一つあった。
「さて、早速じゃが、クローズクエスト初心者のお主にぴったりの案件がある。ここから南方、暗黒騎士が棲む廃城の攻略じゃ。立ち話もなんじゃ、竜刻館には待合室があっての、そこで詳細を話そうぞ。ピーツ、案内してやってくれ」
† † †
待合室と言っても竜刻館に客人が来ることなど滅多にない。そのため待合室は専らクローズクエスト攻略の為の作戦会議場となっていた。
竜刻館に入るとすぐにロビーがある。そこを右に曲がった処が待合室である。天井は高く、部屋を十分に照らすことができる照明が一つ。その下に大きな八人掛けのソファーがローテーブルを囲うようにコの字に配置されている。
「好きに座ってくれ」
ザインはそう言ったが、各人いつもの場所があるのだろう。ナルセが座ろうとした場所には、知らない女性が腰掛けた。深々とフードを冠る女性……そのため表情は伺えない。だが美しい緑色のお下げ髪が二つ見えた。
ナルセは彼女の隣に座った。
ザインも定位置があるのか、当然のように上座へ座る。
部屋には四名。
ナルセ、竜刻館オーナーであるザイン、管理人兼メイドのピーツ、そしてナルセの知らない『フードのお下げ』
部屋の奥にはカウンターがあって、その中には簡単な料理ができる小さめのキッチンが備え付けてある。ピーツはソファーには座らずカウンターに入り、湯を沸かす。そして「どうぞ」と言って皆に振る舞ったのは良い香りのする紅茶であった。
「うわー。この紅茶とっても美味しいです。ピーツさん、ありがとうございます」
紅茶を堪能するナルセを見てピーツは優しく笑む。
「お口に合うようで嬉しいです」
テーブルの上には簡単な菓子もあった。ナルセは紅茶と一緒に菓子を頬張る。
「ではピーツ。いつも通りクエストの説明を頼むぞい」
ザインも紅茶を一口飲むも、それよりクエストの説明が優先のようだ。
「承知いたしました、ザイン様。クローズクエスト『廃城の暗黒騎士』についてご説明いたします。ここから南方にある廃城には暗黒騎士が棲まい、長らく討伐クエストが依頼掲示されておりました。しかし、A級を含む三名の冒険者パーティーがアタックしたものの健闘虚しく全滅したことを受けて、この度、当該案件は破棄となりました。噂によりますと、件の暗黒騎士は全ての攻撃が無効化され、こちらの攻撃が通らないようです。対して暗黒騎士の攻撃は、通常攻撃が全体攻撃効果を持つとのこと。さらにその通常攻撃には即死効果がついているとのことです」
「いーやいやいや、無理でしょそれ!」
思った以上の難易度にナルセは悶絶する。
「何故じゃ?」
「A級冒険者が全滅って……」
「ふむ。A級冒険者とは国に一人いるかどうかと言う程強い冒険者だ──。とでも言いたげじゃな」
「そうですよ! そんな敵倒せる訳ないでしょう。僕の最終ランクはD級だし」
「ハッハッハ。いつ暗黒騎士を倒せと儂が言ったんじゃ? そこまで期待しとらんし、倒す必要もない。破棄されたクエストはその報酬も取り下げられるんじゃからな」
「ナルセ様。我々の目的は暗黒騎士の討伐ではございません。攻略目標は廃城に眠る財宝となります」
「な……」
「左様、だから言ったじゃろ。D級ナルセにぴったりのクエストじゃと。プフ!」
「あー! 今馬鹿にしたー!」
「いやすまん、すまん。思わず吹いてしもうたわい。D級と言えば、冒険者ランクが一度も上がったことがないって事じゃからな」
「どうせ僕はポンコツですよ。だから冒険者免許を剥奪されたんです」
ザインとナルセが言い合っている間を縫って、『フードのお下げ』が小さく手を挙げた。
「クエストについてじゃないが、一つ質問がある」
「お? なんじゃ? 珍しい」
「こいつは誰だ?」
ナルセを指差しながらザインに問う。フードから二人のやり取りに呆れた表情が漏れ見える。
「あっ。はじめまして。ご挨拶が遅れました。僕はナルセ。今日から竜刻館に入居します。よろしくお願いします」
ナルセは改まって丁寧にお辞儀をした。
「アケミに押し付けられてな……。お主と同じじゃよ」
ザインは腕を頭に組みながら、ソファーに深く背凭れて、顔を上げる。そして片目でちらりと『フードのお下げ』を見た。
「ふん、なるほどね。あのお節介にハメられたって訳か」
そういうと、『フードのお下げ』は立ち上がる。
大きな胸がナルセの視界を奪ったかと思うと、次によく締まった細いウェストが現れて、そしてホットパンツと膝上まで有るロングブーツに挟まれた白い肌の太腿が目の前にやって来た。
「私はハーフエルフのユェンユェンだ。戦職は魔法使い。自然を操る魔法を使う。竜刻館は驚くことが多いかも知れんが、じき慣れる。よろしくな」
ユェンユェンの差伸べる手を握ろうと、ナルセも立ちあがる。
「はい! よろしくお願いします! ユェンユェンさん 僕の戦職は剣士です」
二人はしっかりと握手を交わす。
ナルセを握り返すその手は、魔法使いにしてはがっしりとしており、筋肉質に感じられた。
「ところでそのビキニアーマーはなんだ? アケミが着ていたものと同じようだが?」
ユェンユェンは女勇者アケミを知っているようだった。
「ああ、これは……訳あって、勇者さまから譲り受けたものなのです」
ナルセはこれまでの経緯をユェンユェンと、ザインとピーツにも説明した。
「ふ、傑作だな。男なのにビキニアーマーが装備できるとはな。武具までアケミにハメられるとは世話が無い。……でもあいつはそういうヤツだ。困ってる人を見ると放っておけない性格なんだ」
「ん? ところで、モミタはどこじゃ? あいつも今回のクローズクエストに参加してもらわねば」
ザインが部屋を見回しながらユェンユェンに尋ねる。
「さあな。自分の部屋で寝てるんじゃないのか?」
「またか……ったく。起こしに行ってくれんか?」
「断る。……面倒ごとは新人の仕事だ」
と言ってチラりとナルセを見た。
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