第七話 破棄案件《クローズクエスト》
GWが始まったので、投稿頻度が上がると信じたい。
「メイド型最終兵器ロボ……。……ろぼ?」
ナルセには聞きなれない単語だった。
メイドという言葉は知っている。
最終兵器も物騒だが言葉の意味は分かる。
だがロボとは?
「ナルセ君が知らないのは当然だ。ロボは地球で使ってる言葉で、『ロボット』という単語の略称なんだ。そうだなぁ……、アナムネの世界で言う所のゴーレムみたいなモンかな。つまり魂は入ってないが、誰かの命令によって動かされている人形って事だな。もっとも、そこら辺のゴーレムと違ってピーツの体は泥で出来てる訳では無いけどね……」
ピーツが人間では無い事は、ナルセにも分っていた。
肌はまるで陶器の様な光沢を持つ乳白色。太腿まで伸びる黒髪は癖の無いストレート。そして着用するメイド服と相まって、全身が『白と黒』という極端に彩りが無い佇まいであった。だが唯一、瞳だけは吸いこまれそうに輝く青藍色である。
「なんて語ってるけど、実は私もピーツについて詳しいことは知らないんだ。何故ロボの概念がないこの世界に、ピーツが存在するのか……。それでも『メイド型最終兵器ロボ』と、ピーツ自身がそう答えるんだから受け入れるしか無いんだが。なあ?」
アケミはピーツを見ながら呼びかけた。
「はい。当機はメイド型最終兵器ロボです。機名はピーツ。ナルセ様、今後ともよろしくお願い致します」
ピーツは深々とお辞儀をして、顔を上げナルセを見る。
「ヨ、よろしく……お願いします」
ナルセは妙に礼儀正しいピーツが何処か不気味に見えた。
説明を受けた為か、ロボという単語の意味はなんとなく理解できた。が、今度は『最終兵器』という言葉が異質を放つ。自らを『最終兵器』と名乗るその真意は……。
「なんじゃ? 最終兵器じゃからってビビっておるのか? 案ずるな、ピーツが持つ大きな獲物は唯の箒じゃし。ピーツ自身も何やら変形するようじゃが、体を幾ら調べてみても、最終兵器要素は全くのゼロ。じゃから儂は、ピーツを管理人として任命し、この竜刻館をメンテナンスさせておるんじゃ」
「……へぇ」
ザインの説明を聞いて、少し安心したナルセ。にっこりと笑みを浮かべるピーツに微笑み返す。
「改めまして、ピーツさん。よろしくお願いします!」
「さぁて、挨拶が終わったところで早速入居手続きをしようかの。ピーツ、書類を用意してくれ」
「はい。ザイン様」
するとピーツは掌を上にしてナルセに差し出した。途端に掌は腕にかけて二つに割れ、細長い棒が出てくる。棒は体に対して横向に列ぶと、カシャン、と小さな音を立てて棒から突起が現れた。そこから光が投写されると、半透明で板状の光が、ピーツの掌から浮かび上がった。
「うわ! びっくりした!」
ピーツの突然の変形にナルセはまだ慣れない。
「ピーツ曰く、これはホロタブと言ってな、書類を映し出す不思議な棒じゃ」
半透明の板状の光は、文字を浮かび上がらせる。
「っほぅ! これはすごい! 初めて見た。これは地球にも無いぞ。タブレットの様でいて、いやそれ以上の技術だな。画面がホログラム状に浮かび上がってる……」
アケミは似たような物を地球で見たことがある様子だったが、ピーツのホロタブは地球のものよりも高度な文明の代物のようだ。
「この文字に書かれている契約事項をよく読んで、問題なければ、サインを書いてくれ。解らない箇所があれば遠慮なく儂に聞くんじゃぞい?」
ホログラムの画面上には文字がびっしりと書かれている。ナルセが文字を、下から上へ、指でなぞる。すると次から次へと文字が画面へ流れて来る。
「うわ。文字が沢山……どこまで書かれているんだ。うーん。本当にサインしていいんだろうか」
分厚い辞書でもあろうかと言うほど、小さな文字でびっしりと、何項にも及ぶ契約文書に辟易のナルセ。とてもじゃないが全部を理解仕切れる量じゃ無い。
「何をしとるんじゃ? まさかサインの仕方が分からんのか? なーに、指を使って宙でサインを書けば、ホロタブに反映される。難しく考えるな」
「いや、そうじゃないですよ。こんな大量の文書、こんな所で読めないですよ。それにいきなり入居って言われても心の準備がですねえ」
「なんだナルセ! それでも男か!」
と言ってナルセの尻を「ペチン」と叩くのは武具屋の店主だ。
「ぎゃ!」
「ははは、ビキニアーマーだからか、ケツから良い音がするなあ」
「ち、ちょっとオヤジさん!」
ヒリヒリする尻をさすりながらナルセが振り向く。
「可愛い声まで出しちまってよぉ。いいから、さっさとサインしろよ。どうせココ以外じゃ住めるところも無えし、ちょうどいいじゃねえか」
「ええい。分かりました! 書きますよ」
渋々サインを書き始めるナルセ。店主が言うことも一理あるが、実際はサインするか、しないかで考えるのが面倒になったのだ。大したリスクもないだろうし、なにより契約書をいちいち全部読んで居られない。
「はい。サインを書きましたよ。これで良いんですか?」
サインを書き終わると即座にザインが反応する。
「よぉし、書いたな! 書いたな〜ぁ?」
「はい、ナルセ様のサインを確認しました」
ピーツが応える。
「ではナルセ。契約に従って、お主にはクローズクエストの攻略の任に就いてもらうぞ」
「は?」
「なーにが『は?』じゃ? だから契約事項をよく読めと言ったろ? ピーツ、書類の該当箇所を表示してくれ」
「はい、ザイン様」
すると、ホロタブの画面に、契約文書の文字がズラズラズラーっと流れて、ピタリと止まる。
「ここじゃ」
と、鱗が生えた指で画面を示す。そこには他の文章よりもひときわ小さな文字が表示されていた。
「いや、こんなの読める訳ないですよ!」
「何を言っておるんじゃ、ここをこうすれば文字は拡大されるんじゃぞい」
そう言うとザインは、親指と人差し指を使い、画面を摘み、そのまま広げる。すると画面ごと文字が拡大され文章が読めるようになった。
「ずるい! 知らないですよそんな操作!」
「なに? お主が聞かないからじゃろう? 決して隠していた訳ではないぞ? では読み上げるぞい」
契約書には次の様に記されていた。
竜刻館に入居するものは破棄案件の攻略が義務付けられる。
破棄案件とは冒険者ギルドが嘗て取り扱っていたクエストである。しかし余りの高難度であったり、呪われていたり、その他の要因によって迷宮入りする等、何らかの事由によって、クエスト攻略が不可能であると冒険者ギルドから破棄認定されたクエストを指す。
入居者は命を賭けてこの破棄案件を攻略し、賃料の代わりに案件報酬を家主へ譲渡するものとする。
「な?」
キリッとした眼差しで、ナルセを見るザイン。
「な? じゃないですよ! そんなキリっとした顔をしない! 滅茶苦茶な契約じゃないですかこれ」
すると、思い出したかの様に急にアケミが口を開く
「よ……よっし、じゃあ〜これで、あれだな。私の役目は完了だな。オヤジ昼間だが飲みに行くか!」
「お、おう! そうこなくっちゃな。さあ、さっさと行こう! アケミちゃん」
二人はそそくさとその場を離れようとする。
「勇者さま? オヤジさん? さては二人とも知ってて僕をここに連れてきたんですね?」