第六話 訳アリが集まる場所
出張が続いてなかなか筆が進まん……
着ている服こそ、この世界には合わない地球風の……所謂女子大生ファッションだったが、間違いなく女勇者アケミがそこに立っていた。
「ビキニアーマーじゃないアケミちゃんも良いねえ〜」
羽織るレザーのライダースジャケットでも、アケミの最胸バストは隠しきれない。
「バカ。オヤジは私をエロい目でしか見てないのかよ」
アケミは自身の胸を隠して、店主をジト目で睨む。そんなやりとりに割って入るのはナルセだ。
「……いや。じゃなくって、なんで勇者さまがここに居るんですか? チキュウっていう異世界に帰ったんじゃなかったんですか?」
率直な疑問をアケミにぶつけた。ほんの十五分前、地球に帰ると言って姿を消した女勇者がここに居る。それはナルセでなくても疑問を抱く事だろう。
「ん? ああ、上位転移魔法は地球でも行使できたんだ。つまり私は『地球』と『アナムネ』二つの世界を行ったり来たり自由に往来できるみたいだ」
アケミが言う二つの世界。
特に『アナムネ』とは、この物語の舞台の世界の名称だ。
アナムネは剣と魔法が存在する、地球で言うところのファンタジー世界である。
「私にとって上位転移魔法はそんなに難しい魔法じゃないから、割とカジュアルに世界を往来できることがわかったんだ」
「よかった! じゃあ、魔王を倒す冒険は続けられるんですね?」
「あははは、いやいや。それは無いよ」
アケミは眉を潜めながら手を横に振る。
「へ?」
「だって、私にはもう魔王を倒す理由が無いからね?」
「じゃあなんで帰ってきたんですか?」
すると、大きな扉がゆっくりと開く重低音がした。
「それはな、儂に用があったんじゃ」
現れたのは年寄り口調の、それでいて若い女性だった。
だがその女性は人間では無かった。
長く、美しくライトブルーの髪をテールに束ね、頭から生える大きな二つの角。体の横からは羽と尻尾も見える。ただナルセが目を引いたのは悲しいかな異形のものではなく、アケミに負けずとも劣らない大きなバストだった。谷間こそ柔らかそうな肌色だったものの、その大半は硬そうな緑の鱗に覆われていた。鱗は胸だけでは無く、腕、足、腰、そして羽、尻尾も鱗で覆われていた。女性は燃えるような真っ赤な目でナルセを見据えた。
「儂はこのアパートを経営するザインじゃ。宜しくな」
──竜人だ!
ナルセは竜人を見たことはあった。だが面と向かって話したこともなければ、マジマジと姿を見た事すら無かった。
戦いに長ける竜人は常に前線に立っており、冒険者として梲が上がら無いナルセにとっては、一緒にパーティを組んだり、クエストに参加したことは無く、ギルドに集まる竜人の背中を遠くから眺めるだけの遠い存在であった。
「ふーん。アケミの言う通りビキニアーマーが似合う男じゃの。さながら男の娘といったところか。話は聞いておる。お主がここに入居するナルセじゃな」
「入居⁉︎」
「そうじゃ。ここは竜刻館。お主も知っとるじゃろ? この大きな竜の彫刻を」
ザインはそう言って、屋根を見上げる。
ナルセもつられて顔を上げた。
目に飛び込んできたのは、金ピカの大きな竜の彫刻。建物の上部にドンと鎮座した厳かな竜を象ったものだ。
ナルセはこの建物の近くを通ったことはあったし、その度に巨大な竜の彫刻が目に入っていたので建物自体の認識はあった。遠くからでも見える竜刻は街を移動するにあたり、簡易的な目印にもなっていた。
とはいえ、その他に知っていることと言えば、二階建ての古臭い洋館で、入り口には大きな扉が一つあるという事ぐらい。そこに誰が住んでいるのか考えたこともなかったし、自分が入居するなんて頭を過ぎったこともなかった。
「ど、どう言うことですか? 勇者さま?」
慌ててナルセはアケミを見る。
「君は剥奪者だろ? ここ竜刻館は君みたいな冒険者落ちした剥奪者が集まり、暮らす場所なんだ」
「え、でも……」
困惑するナルセに今度はザインが続ける。
「剥奪者は皆、訳アリの者ばかり。じゃから儂が其奴らを集めて竜刻館を経営しとるという訳じゃ。それに剥奪者は社会的信用を失うことはお主も知っとろう? どうせ碌な再就職先も無いし、それどころか今日泊まる宿にすら困るぞ? アケミはそれを憂いてお主を儂に紹介したんじゃ」
「うう、それは……そうですが」
理由こそ開示されないが、冒険者免許を剥奪された者はギルドから街全体にその情報が共有される。何故なら剥奪者に対して一切の援助を禁止するよう、ギルドが街に課しているからだ。冒険者免許が剥奪されると、社会的制裁を受けることはナルセも知っていた。これも冒険者ガイドブックに書かれてある基本事項だからだ。
「おーい。ピーツ、どこに居る? 入居手続き書類を持ってきてくれ」
ザインは辺りを見ながら声をかける。
「承知致しました。ザイン様」
どこからか声が聞こえたかと思うと、「ガシャン! ガシャン!」と機械音、その後「プシューッ、ゴゴゴゴ」空気が勢い良く噴出する音。上から何かが降りてきた。あっという間に土煙が舞い上がり、辺りの視界が奪われる。
「ゴホッゴホ! なんじゃ、また上に居たのか」
土煙が収まり、姿が見えてきた。
──メイドさん?
ナルセはその姿をみて『メイド』と思ったが、それにしては重装備に見えた。
「はい。当機は竜刻の清掃中でした。進捗率は73%です」
言いながら、メイドはガシャガシャと重装備を折りたたむ様に体内へ仕舞い、スッキリとしたメイド服だけの姿に変形した。次に、空から体の二倍はあろうかという極大のランスが落ちてきた。「ドシン!」という地面を響かせるも、メイドはまるで意に介さず片手でランスを受け止める。極大ランスを軽々とくるくる回し、槍頭を上に構えた。通常、槍頭と言えば尖り、敵を貫くように造られる。しかしこのランスはそうでは無く、穂が付いていた。
いや穂というか、これは……箒だ。
「ひゃー相変わらず、凄い迫力だなピーツは」
アケミは、さも毎度の事だと言わんばかりの口ぶりである。
「いや、もう竜刻の清掃はエエよ。いつも金ピカじゃないか」
「申し訳ありません。当機は、その命令を実行出来ません。ザイン様」
「あーはいはい。解った解った」
半ば呆れ顔のザイン。
「勇者さま? この方は?」
「ああ、紹介しよう。この娘はピーツ。メイド型最終兵器ロボだ」
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