第五話 かつての仲間に恨まれて
冒険者ガイドに書かれてある通り、ギルドは勇者の助援機関である。ゴブリンやスライムといった矮小で数多いモンスターの駆除や、強大なモンスターを勇者と共に戦い討伐援助を行う、はたまた壊れた外壁の修理など、勇者が魔王を倒し易い環境を整える間接的援助や、直接戦力となることが主たる役割となる。
ギルドが勇者助援のために人材を募集する案件は『クエスト』と呼ばれる。クエストは誰でも受けることが出来る訳ではなく、ギルドへ冒険者登録を行った者だけがクエストを受けることが出来る。一方で解決して欲しい案件の依頼は冒険者でなくても、報酬さえ設定すれば誰でも行うことが出来る。ギルドはこうして世界から集まるクエストを冒険者へ斡旋するのだ。
クエストはモンスターの討伐依頼が一般的だが、勇者助援を建前に人間の討伐が掲げられる事もある。その場合、多くは逃亡した犯罪者の逮捕、或いは極刑代行が依頼内容となり国や公安が依頼主だ。
ところが近年、討伐対象が人間で、依頼主と受注者が同じ人……というクエストが見られるようになった。それは公に殺人を予告するものに他ならず、人々はいつしか殺人予告クエストを『決闘』と呼ぶようになった。
この野蛮な風潮が蔓延してはならないと、決闘を好まない民衆はギルドへ対応を迫った。まずギルドが取った措置は決闘の禁止だ。つまり、依頼主が自分で登録したクエストを自分で受注出来ないルールにしたのだ。しかし、それでも決闘は減らなかった。今度は討伐対象者がクエストを受注するようになったのだ。それは決闘の申し込みを、受ける意思を表明したことになる。皮肉にもギルドが取った措置は決闘を助長させるものとなってしまう。
そもそも人間を討伐クエストの対象とすること自体が間違っていると、民衆はギルドを猛烈に批判した。とはいえ人間討伐クエストは、治安維持に一役買っている面もなくは無く、それ以上に国家のあからさまな圧力もあった。(面倒事はギルドに丸投げしたかったのだ)また、決闘は沢山の観客が集まる決闘場が出来るほど人気のイベントに成長。ギルドの重要な収入源にもなっていた。それもあってクエスト対象から人間を外すことも出来ず……。
そこでギルドが取ったのは、『冒険者同士の決闘はクエストとして認めない』という、半端な規制だった。つまり冒険者では無い一般人なら変わらず討伐対象となり得る。ギルドは民衆ではなく、国家権力の顔色と金を取ったのだ。
かくして、シュンは冒険者落ちした一般人ナルセを討伐対象としたクエスト『決闘』を設定したのだった。
† † †
「おいおい決闘って、まさかお前、決闘を承諾したのかよ⁉︎」
店主が驚くのも無理はない。決闘は討伐対象者がクエストを受注しなければ成立しない。言い換えれば、ナルセがシュンの申し出を買わなければ、決闘をせずに済む。
しかし彼はクエストを受注し、決闘を成立させたのだ。ナルセは店主に頷いて見せた。
「ん……、まあお前がいいならいいケドよ」
二人はシュンを無視するように歩き出し、無言で横を通り過ぎる。
「決闘の地は決闘場だ。オヤジ、ナルセの最後を見届けてやってくれよ。ハハハ」
二人がちょうど真横を通り過ぎるその刹那、シュンは顔を合わさず、背中で台詞を吐き捨てた。
店主は足を止め、捨てた台詞を拾うように言葉を投げかける。
「あのな。過去のナルセがどうだったかは知らねえが、今のナルセを舐めてると痛い目を見るぜ?」
「ふん。そうか、それは楽しみだな」
するとシュンは背中に背負っていた二つの剣を抜く。
ジャキン!
一つはナルセに。もう一つは店主に刃を向ける。
「この双剣が言っている。早くナルセの血を吸いたいとな」
──よく磨かれた双剣だ。ただイキってるだけのガキじゃねぇんだな。
店主は突きつけられた切っ尖を見つめて感じ取った。道具の手入れが行き届いた剣士に弱い者はいない。
だが残念ながらナルセの装備は全て伝説の勇者武具で揃えられている。この青年が如何に優秀な剣士であろうと、勝てないことは店主には分かっていた。
「ちょっとシュン! 止めなよ! 街中で剣を抜くなんて、公安にしょっぴかれるよ!」
シュンは女に促されるまま剣をしまう。しかし青年の目はナルセと店主を捉えて離さない。女は半ば呆れるように「ハァ」と、ため息をついて話を続ける。
「あのね、ナルセが許せないのは私も一緒よ。だからこそ決闘までに、レアスライムを狩ってレベル上げるんでしょ? 今はナルセに構ってないで。さっさと行くよ」
シュンは女に手を引かれ去って行く。ナルセはその様子を見ることはなく、店主に連れられそそくさとその場を離れた。
† † †
店主はナルセをザインの居る所まで案内しながら、どうにも若者たちのやり取りが気になっていた。一時期であれ、かつての仲間から、あれほどまでに恨まれるものなのか? シュンと呼ばれていた青年と、その傍に居た女。二人から恨まれているのは間違いない。だが決闘までに発展するか?
──なあ、ナルセ。お前一体、何をしでかしたんだ……?
店主は余りに不思議なナルセ達の状況に、何度もこの問いが頭を過ぎった。しかし冒険者は、お互いの過去を詮索しないという暗黙の了解がある。
ナルセは何も喋らなかった。そして店主も何も喋ることは出来なかった。店主には、男二人の足音がザッザッとやけに大きく聞こえた。
「さあ着いたぞ、ここにザインが居るんだ」
十五分ほど歩いただろうか。ナルセが案内されたのは店主が営む武具屋から、そう遠くない場所。商業区と居住区のちょうど境にある集合住宅であった。
「おう! 遅かったな。どこほっつき歩いてたんだ?」
聞き慣れた声が耳に入る。
「いい? なんでお前が居るんだよ⁉︎ ってか何だよその格好!」
店主は声の主を見て驚いた。
白いシャツにベージュのスカート。その上から黒のライダースジャケットを羽織った女性がこちらを向いている。
ナルセも店主と同じく驚いた。
「ええ⁉︎ なんで勇者さまが居るんですか?」